7.My favourite pudding
夕食も、俺にちょうどいい量だった。
やっと極夜は俺が食べられる量が理解できたのか、と夕食後の祈りを捧げようと手を組んだ時、極夜が待ったをかけた。
「白夜、お祈りはちょっと待て」
「……なんですか?」
眼鏡は当然かけていないから、極夜の表情までは分からないが動きぐらいは分かる。極夜は狭いキッチン故に椅子に座ったまま、背後の冷蔵庫を開けたようだった。
なんだ?
首を傾げると、コトコトとテーブルに何かが並べられる。
……。
俺の前に三つ、極夜の前に三つのガラスのカップ。
「……は?」
目を眇めて見つめると、どうやら……プリン、の様だった。
テーブルの上のカップを見ていると、極夜の声が聞こえた。
「お前から見て、左から硬め、軟らかめ、焼きプリンな」
「……その、なぜ?」
「白夜、プリン好きだっただろう?」
この男がなぜ、俺がプリンが好きなことを知っているのかは……どうせ「知っているからだ」と言われるとは思っていた。だから次に言うべきはこれだ。
「こんなに食べられ」
「るだろう? お前、プリンだけはいくらでも食べられるもんな?」
「う……」
指摘されて言葉に詰まる。
――事実だからだ。
教会を預かるようになってからプリンは一度も食べていない。そもそもそう余裕のある生活でもないし、こんな高級そうなスイーツなんて手の出るものでもない。
ひょい、と銀色のスプーンが俺の前に差し出されて思わず受け取ってしまう。
「ほら、食べろよ。ここのプリン美味いって評判らしいぞ?」
評判のプリン……うぅ……。
絆された訳ではないが、プリンを食べるのは四年ぶりか? そりゃあ、食べたい、けど……。
「その……高かったのでは?」
「ん? 値段のことなんて気にするなよ」
……極夜の動きで、彼がプリンを口に運んだことが分かった。
うぅぅぅぅ。
「……ありがたく、いただきます……」
「ん、美味いぞ」
右側の焼きプリンから手に取る。
そっと表面を掬って口に入れる。
あ……美味しい……。
甘くて、優しい、卵とミルクの味。
そこからはあまり意識がない。
恥ずかしながら、夢中で三つのプリンを食べていた。
多分、極夜はそんな俺をニタリと笑いながら眺めていたことだろう。
コトン、と三つ目のカップをテーブルに置いたとき、極夜がもう一つ、俺の前に何かを置いた。
あ……。
ドクン、と心臓が大きく鳴った。
「でも、本命はこれ、だよな?」
極夜の声が耳から入って脳を揺さぶる。
「三個セットのプッチンプリン。俺とお前で一つずつ。残りの一つをお前が欲しがるから、俺はいつもお前にあげてたんだよなぁ」
――なん、だ……? なんだ、この記憶は……?
極夜の言っていることが、微かに、本当に微かにだが思い出せた。
『プリン、もう一個、僕の! ね、極夜、いいでしょ?』
急激に頭痛が鋭くなり、思わず側頭部を押さえた俺に、極夜の声が宥めるように響いた。
「悪かった、無理しないでいい。食べよう」
「……」
無言で、目の前のプッチンプリンに手を伸ばし、ペリペリと蓋を剥がす。
懐かしい匂い。
スプーンを軟らかいプリンに沈め、掬いあげて口に入れる。
舌で味を感じた瞬間、ポロッと水滴が零れ落ちた。
酷く優しい極夜の声が聞こえる。
「……落ち着いて食べろよ、もう一個あるから」
「……は、い」
なぜか分からないけれどボロボロと泣きながら、俺は極夜の目の前で二つのプッチンプリンを食べきった。
極夜はそんな俺を眺めながら、ゆっくりとプリンを食べていた。
二十七歳にもなって恥ずかしい。
なんで泣きながらプリンを食べていたんだろう。
それでも、俺は――もしかしたら極夜も――満足して食後の祈りを捧げた。
特別な、久し振りのプリン。
疼くような記憶と、極夜の声。
俺の中で、頑なな何かがほんの少し、変わり始めている気がした夜だった。
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