Ⅳ 取り調べ
二人が捕えた魔術師は、自らを『イラ・アガギシリ』と名乗った。冒険者で、年は三十四歳。火焔魔術を得意とする上級魔術師で、特定の者とはパーティーを組まず、主に一人で依頼をこなしているという。
イラは、オアシス消失事件の犯行を否認した。
一昨日の日暮間近にオアシスに寄ったとき、すでにオアシスは消えた後であり、持っていた永氷石は、燃え尽きたオアシスの中央部で見つけて拾ったものだという主張だ。
「だったら何で逃げ出したんだ」
永氷石を手に入れた経緯を話し終えたイラに、ロズが低音で問いかける。
ここは、ロズとディーがとった宿の部屋だ。中央部に置いた椅子に手首を縛ったままのイラを座らせ、その正面の椅子にはディーが腰掛けている。ロズは、少し離れた距離感を保つべく、自分のベッドの上に胡座をかいていた。
この位置関係になったのは、ロズが近くにいるとイラが怖がってまともに話ができなくなるからである。
「あ、あなたが、追いかけてきたからっ」
「嘘つけ。俺が話しかけた瞬間に、尻尾巻いて逃げ出しただろうが。何かやましいことがあったから逃げたんだろ」
びくつきながらも言い返すイラに、ロズがさらに高圧的に問いかける。
と、イラは必死に首を振った。
「違います! だって、あ、あ、あなたみたいな怖い顔の人が近づいてきたら、誰だって警戒しますよ。そもそも、声をかけられたときは、あなたがギルドの人だなんて思いませんでした。ガラの悪い冒険者かと……」
「お前だって冒険者だろうが。同業者である冒険者に声をかけられたら、いつでも逃げ出すのかお前は」
「同じ冒険者って言ったって、戦士職の人に脅されたらねえ! 魔術師は言う事聞く他にないんですよっ。だから先手先手の自衛が必要なんです。魔術師は本当に、冒険者の中では肩身が狭いんです」
「お前、上級魔術師だって自分で言ってたじゃねぇか。逃げ出さなくても、それくらいの自衛はできるだろう」
「あなただって知ってるでしょう。攻撃魔術を人に向けて使ったら、自衛のためだろうが、牽制のためにわざと外そうが、攻撃魔術規定法違反になって、問答無用で刑務所送りですよ!」
イラの主張は、言われてみればもっともなもので、ロズは黙ってその話を聞く。攻撃魔術は破壊力が高く非常に強力なものであり、その強力さ故に規制も多い。人に向けて使うのは何があっても禁止されている上、原則的に街中で使うことは許可されていない。
ロズが反論して来ないのを見て、イラはさらに言葉を続ける。
「たしかに僕は上級魔術師ですよ。火焔魔術の習得だけにすべてを注いできました。大抵の魔物の群れも一掃できるくらいの魔術は使えます。でもね、どんなに強力な攻撃魔術を使えたって、同じ人間相手じゃ意味ないですよ。それに比べて、戦士が自分の得意な剣や拳を人に振るったりしても、一般人と比べて特別罪が重くなったりしないんだから不公平ですよ。そういう歪な構図があるから、どこのパーティーでも戦士が大きな顔して仕切ってるんです。僕が基本的には一人で活動するのはそういう理由ですよ。この世の中は間違っている!」
妙なスイッチが入ったようで、イラは溜まっていた鬱憤に任せて滔々と語った。
「冒険者ってそういう感じなんですか?」
ディーに問いかけられ、ロズは軽く肩を竦める。
ロズは六年前に冒険者を辞めてギルドの職員となったが、元は上級冒険者で、『守護者』という戦士の派生系のような職についていた。
「まあ、そういう風潮もある……には、ある。けどなあ、たしかに多くのパーティーは戦士系の職の者がリーダーをやっているが、リーダーってのは適正の問題で、何も力で脅して仲間をまとめているわけじゃあねぇ」
「う、嘘だ。僕はいままで、さんざん酷い目に遭ってきました。この間だってポーニアの街の路地裏で、戦士二人に囲まれて脅されて、金を巻き上げられたんですよっ。だから金に困ってたんです」
「金に困ってたところに、オアシスで永氷石を見つけて、村を焼いて盗み出すことを思いついたのか?」
「違う!」
話の流れに乗ってロズが問いかけると、イラは勢いをつけて立ち上がる。と、ディーが座ったまま伸ばした長い足でイラの腹部を軽く押すように蹴り、再度椅子に座らせる。
「座ってろって言ったろ。立つな」
「ぐふっ……す、すみません。でも、違うって言ってるじゃないですか。何度も言いますけど、僕がオアシスに着いたときには、オアシスはもう消えてたんですよ。その日はオアシスに泊まるつもりでいたんで、結局砂漠の中で急遽野宿することになったんですから。朝になって、地面の黒くなってる中心部付近に永氷石があることに気づいて、売るためにここまで持ってきたんです」
話を聞きながら、ディーは外したサングラスのモダンを軽く自身の唇に押し当てる。
「じゃあ、どうして永氷石を砕いたんだ? アノスの像の形のままで売った方が、価値が圧倒的に高かったはず。でも、像の形のままだと足がつくと思ったんだろう」
ディーの鋭い指摘を受け、イラはきょとんとした顔つきをした。
「アノスの像って何です?」
「お前、アノスも知らんのか」
今度はロズが呆れたような声を出すが、イラは首を横に振る。
「もちろんアノスは知ってますよ。水の女神様ですよね。そうじゃなくて、アノスの像なんて僕は知りません。オアシスがあった場所の中心部で見つけたとき、永氷石はスライムみたいな形状をして、地面にへばりついてたんです。それが永氷石だと気づいて、手に入れるために地面からはがそうとしたら砕けてしまっただけで。わざと砕いたわけじゃありません」
主張を聞き終え、ロズはぎゅっと眉根を寄せると、いっそう低い声を出す。
「訳のわからない嘘をつくな」
「嘘じゃありません! 袋の中の永氷石を全部繋ぎ合わせたら元の形がわかるはずです」
「お前、それをやろうとしたらどんだけ大変だと思ってんだ。どうぜ時間稼ぎのでまかせだろう」
イラが持っていた永氷石はすべてが透明だ。仮に手作業で組み上げて復元しようとするならば、砕かれている形状を見極める以外には手がかりがない。
「だって、全部本当のことなんですもん!」
再び涙目になりながら必死に言い募るイラの様子を見て、ディーは悩むように顎に指をかけながら振り向き、ロズを見る。
「ロズさん、実は俺、修復術が使えるんです。俺が使える初級の修復術は、物が壊された現場に行かなきゃ効果が出ないんですが。ここにある永氷石の破片を全部持ってオアシスに行けば、魔術で砕かれる前の姿を確認することができます。一回、オアシスに戻りませんか? 俺のバイクも回収したいですし」
ディーの言葉を聞き、ロズは意外そうに片眉を上げて見せる。
「修復術とは、珍しい魔術を習得してるんだな。さっき使ってたのは浮遊術と捕縛術だったか? さすが王立大学校卒を豪語するだけはある多才さだ」
「はい。王立大学校で学べる魔術はすべて習得してきました。数えたことはありませんが、使える魔術は軽く百を超えてると思います」
褒められてディーは自慢げだ。
しかし、付け加えられた言葉に、ロズの驚きはディーが想定していたものよりもさらに大きくなる。どれほど凄腕の魔術師であっても、習得している魔術は普通十程度である。百を越えるほど多くの魔術が使える人間に、ロズは今までの人生で出会ったことがない。
「そいつは……本格的にすげぇな。王立大学校の学生は全員そうなのか?」
「いえ、普通は四つか五つくらいの魔術を選んで、その習熟度合いを深めていきます。特に威力が重要になる攻撃魔術なんかは、ここにいるイラみたいに一種類の魔術だけを突き詰める奴も少なくありません。兵士になるなら、そのほうがよっぽど使えるので」
ロズと一緒に話を聞いていたイラも同意するように頷いている。
ディーの話は続く。
「ただ俺は、入学当初から卒業後は王立ギルドに入ることを決めてたんで、戦うことに重点は置いてなかったんですよね。王立ギルドの職員として働くには何を習得しといたほうがいいのかもよくわからなかったんですけど、汎用性があったほうがいいかなと思って。全部の魔術の初級だけを習得してきたんです」
つまり、究極の器用貧乏だ。
魔術を習得するには、学校に通わなければならないというものではない。種類にもよるが、本人にある程度の魔力があることを前提とするのであれば、手引書などを読んでも習得はできる。多くの冒険者もそうして独学で魔術を学ぶ。
ただし、中級、上級と習得する魔術の難易度が上がるにつれ、師匠に弟子入りしたり、学校での指導を受けたりする必要が出てくる。もしくは、実践を繰り返し、時間をかけて技を磨くか、だ。
国随一の教育機関である王立大学校の事情をよく知る者からすれば、ディーの学習スタイルは、非常にもったいないことをしたと叱責されるレベルのものだ。
ただ、ロズは改めて感嘆の声を漏らした。
「さすが、首席卒業を名乗るだけはある。魔術の何でも屋ってわけか。そりゃあ頼りになりそうだ」
拘束したままのイラを伴い、ロズとディーがオアシスのあった場所に戻ってくることができたのは、その日の昼過ぎ。すでに太陽は傾きはじめている。
イラを連れて来なければいけなかった上、帰りにはディーの魔道バイクを回収する予定があったので、宿で借りた、砂漠を走れる馬車でやって来た。馬車を引いている二頭の馬のうちの一頭はロズの愛馬だ。
黒焦げになっている大地の端に馬車が止まると、ディーは砕かれた永氷石の入った袋を手に、イラを連れて荷台から降りる。
「ああ、よかった! 俺のバイク無事だ」
少し砂埃を被った程度で、昨日置き去りにしたままの姿でそこに佇む魔道バイクの姿を見つけ、ディーは表情を緩めて安堵の声を上げる。
御者台に座って馬車を操っていたロズがそばにやってくると、イラの身柄はごく自然な流れでロズが預かった。
「バイクの回収より先に、調査を済ませるぞ。イラ、永氷石を見つけたのはどのあたりだ? 案内しろ」
「こ、こっち、です」
ロズに促され、相変わらず緊張した面持ちのイラは広く円形に黒焦げになっている大地の中心部へと進んでいく。イラの肩に手を乗せたままのロズと、ディーも後に続く。
「ここです」
「間違い無いのか?」
「はい。まだ少し、地面に永氷石の粒のようなものが残っているでしょう?」
イラの示す箇所を確かめるべく、ディーはかがみ込んで顔を寄せ、近い距離から地面を眺める。すると、陽に照らされて、キラキラとした透明なものが薄く地面にへばりついていることがわかった。前回来た時にロズとディーが気づいていなかったように、言われなければ見つけられないような些細なものだ。
「本当だ。透明な欠片の残滓のようなものがあります」
「ディー、ここなら修復術が使えんのか?」
「はい。砕けた欠片が全て揃っていれば、元に戻るはずです。とにかく、やってみますね」
痕跡が残る大地の上に、ディーは持ってきていた袋からこぶし大の永氷石の欠片をゴロゴロと全て出し切り、袋を横に捨てた。しゃがみ込んだまま、両手を永氷石の欠片の山の上に翳す。
「サイズィガリダ」
ディーが小さく口の中で呪文を呟くと、彼の翳した両手から白光が放たれた。初めは淡く、次第に強くなっていくその光に包まれると、永氷石の欠片は徐々に震えはじめ、まるで磁石に引っ張られるように、それぞれがあるべき場所へと移動を繰り返す。
そうしてしばらく様子を見つめていると、欠片はゴツゴツとした断片と断片が完全に組み合わさり、一つのまとまった形を作り上げあげた。最後に、表面に入っていたひびが消え、完全に元の姿へと戻る。
そこに出現したのはアノスの像ではなく、扁平したスライムのような塊だった。或いは、水飴のような粘度の高い液体が、重力に従って地面にベッタリと広がったような。
「ほら! 僕の言ったとおりでしょう!」
泣いていた時を除いて、今までで一番大きな声を出してイラが主張する。
「つまり、これは……アノスの像の永氷石が溶けて固まった、ってことか」
ロズが驚きを隠すことなく呟き、ディーもロズへと視線を向ける。
「ロズさん、永氷石は絶対に溶けないって言ってましたよね?」
「そのはずだが」
ロズはぎゅっと眉根を寄せると、イラの両手を拘束していたロープを外した。解放されたイラは自分の手首を撫でながら、喜びに目を輝かせる。
「これで僕は疑いが晴れて、無罪放免ってわけですか?」
「いや、まだだ。この永氷石の塊に向けて、お前が出せる最上級の火焔魔術を使え。いいか? 絶対に手を抜くなよ。ちょっとでも手を抜いたことがわかったら、明日の日の目は見れないと思え」
喜びから一変、涙目になっているイラの鼻先に指を押しあてロズが凄んでいると、横からディーが声をかけてきた。
「それなら、俺が魔力鑑定術が使えるので、イラが全力を出しているかどうかくらいは判断できると思いますよ。もちろん、魔力鑑定術も初級ですけど」
ロズは険しい表情のまま、ゆっくりとディーへ顔を向ける。
「お前、本当に便利だな」
かくして、上級魔術師であるイラの火焔魔術の威力を確かめると同時に、あの透明な物質が本当に永氷石かどうかを確かめる実験が始まった。
イラを永氷石の元に残し、ロズとディーは安全を確保するためにある程度距離をあけて観察する。イラが息を吐き出しながら永氷石に向けて両腕を突き出したのと同時に、ディーもまたイラに向けて右掌を翳した。
この世界の魔術は、人間が作り出した、世界の理に関与する技術である。全ての魔術には理に関与するための鍵として、ランダムな文字列からなる呪文が与えられている。すわなち呪文とは、『パスワードを知っている者だけが特定の技術にアクセスすることができる』といった役割における『パスワード』であると考えるとわかりやすい。
しかし、その魔術を極めると、呪文を口にせずとも、己の身の感覚だけで魔術を操ることができるようになる。
「ベカリナンガ」
魔力鑑定術を行使するためにディーはそう呪文を口にしたが、イラは火焔魔術の使用に詠唱を必要としないようだった。
何の前触れもなく、イラの掌に眩い光が集まりだす。さらにその光が炎へ転じる間にかかった時間は、素早く瞬きをするほどの短さだ。
猛烈な勢いで辺り一帯を覆い尽くす白い炎は、しっかりと距離をとっているロズとディーが、それでも顔を向けていることができないほどの熱を放っていた。
目の前で放たれる炎のあまりの眩しさと熱に顔を背けながらも、ディーはイラに向けた右手は必死にそのままにしている。イラの放つ炎の影響でわかりにくいが、ディーの右手の掌からは青白い淡い光が漏れていた。魔力鑑定術が発動しているのだ。
自然発生することはあり得ない高熱によって凄まじい勢いで空気が動き、ごうごうと音を立てて風が吹いている。
ふと、風に押されたかのようによろめいたイラが突き出していた腕を下げると、炎が出現したときと同じ唐突さでもって炎がかき消える。
この場所からは燃える物質が全て失われているため、イラの放つ炎がなくなってしまえば、尋常ではない熱気を残し、先ほどと同じ黒焦げの大地が広がる光景が戻ってくる。先ほどからの変化といえば、地面の一部が再度マグマと化している程度だ。
イラは肩を上下させながら荒く呼吸を繰り返し、崩れ落ちるように地面に膝をついた。まさに全力疾走をした直後といった様子だ。
ロズは口元に自分の片腕を押し当てて残る熱気を堪えながら、イラの目の前にあった透明な塊のそばまで歩み寄った。恐る恐る、口元を覆っているのではないもう片方の腕を伸ばし、表面に触れてみる。
すると、指先に硬質な感触が伝わってくる上に、それは氷のようにひんやりとした冷気を纏っていた。自分が触れているものが、紛うことなき永氷石であることをロズは確信する。
「あまりにも凄まじい火焔魔術で驚きました。イラは間違いなく全力を出しきっていたと断言できます」
背後からディーにそう言葉をかけられ、ロズは頷いた。
「あれだけの高温に晒されても、この塊が溶けだす様子もない。『絶対に溶けない鉱石』という永氷石の触れ込みは正しいみたいだな。まあ、こうして溶けた姿で存在している以上は、何かしらがあって溶けちまったんだろうが」
そう返事をしながら、ロズはゆっくりと空を仰ぐ。
オアシスの中心地に置かれていた、永氷石でできたアノスの像は、オアシス全体を完全に焼き尽くした炎にまかれて溶け、再度固まった。イラの放つ炎では永氷石を溶かせない。つまり、イラにかかっていた容疑は完全に払拭されたということだ。
真実に一歩近づいたとも言えるが、オアシス消失事件の調査は振り出しに戻ったことになる。
「唯一得られた手がかりは、『オアシスを焼いた炎は、永氷石をも溶かす』というものだけか」
脱力するようにロズが呟くと、その場にしゃがみ込んだままでいたイラが、顔を上げる。
「他には何にも取り柄がない僕ですけど、火焔魔術にだけは自信があるんです。これ以上の炎を生み出すことができる存在なんて、ドラゴンくらいしかいませんよ」
表情には疲労の色が濃いが、そう語るイラの声には、その道のエキスパートらしい確信が宿っていた。
「ドラゴン、か」
吟味するようにロズは頷き、自身の髭の生えた顎をゆっくりと撫でる。
一方、サングラスに隠されたディーの表情はひどく苦いものになっていた。
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