第3話 草薙 明の再就職

 緊張の面持ちでボウル アッパーの4階に登ると、フロントで「面接に来た草薙です」と言っただけで平の女性従業員が面接会場まで案内してくれた。


 一般のお客さんは絶対分らないが、4階の壁面にノブが無いドアがあり、リングをつまんでドアを開けると階段がある。階段を下に降りて行くと確かに3階は実在した。


 女性従業員は珠美さんのように髪が長く器量も良かった。ただ髪は派手な茶髪でほっそりとした珠美さんと比べると、ややぽっちゃりしていた。


 さらに奥に進んで行くと、小さな部屋に『第2営業部』という看板があった。

「帰り道は分るわよね」と名札に杉山と書かれた女性従業員がたずねる。

 草薙が「はい」と答えると、杉山さんは「面接頑張ってね」と返事をし来た道を帰って行った。


 草薙は珠美さんが教えてくれた通りにドアを3回ノックする。中から「どうぞ」と返事があり草薙がドアを開くと、意外と狭い部屋には第2営業部の波川(なみかわ)課長とボウル アッパーの阿野店長が待ち構えていた。

「初めまして、草薙 明と申します。面接にまいりました」


 2人は緊張感を感じさせないフレンドリーな対応で自己紹介をした後「まずは椅子にかけて下さい」と言われ、草薙は「失礼します」と言ってから着席をした。

 草薙が履歴書を机の上に提出すると波川課長から質問があった。


「事情は副社長から聞いている、ただ何故(なぜ)パチンコ店では無くボウリング場を希望したのかね?」


「関東金属株式会社で働いていた際に、毎週土曜日に社長がボウル アッパーに連れてきて頂きボウリングがやみつきになりました。どうせ働くのであれば、自分が好きな仕事で働きたいと考え応募いたしました」


 次に阿野店長から質問があった。

「好きな仕事で働きたいという考え方はありがたいが、ボウリング場のお客様と従業員は立場が違う。特に若い人は興味本位で就職しても力仕事でまいってしまう人が多い、君は力仕事に自信はあるかね?」


 草薙は待ってましたとばかりに目を輝かせて言い放った。

「関東金属では、搬入される部品と生産された製品を1トン リヤカーに積み下ろしし1人で運んでいました」


 これには2人は目を丸くして驚いた。

「1トンを1人で運んでいたのか?」

「はい、お疑いのようでしたら関東金属の社長に確認して頂いて結構です」


 2人は耳打ちして何か話をしていたが、阿野店長が話し始めた。

「良いだろう、ボウリング場の従業員の仕事は多岐(たき)に渡るが、ぼちぼち覚えてくれたら良い。波川課長から何かございますか?」


「アルハン位大きな会社になると、ただ単に利益を追求すれば良いのでは無く、社会に貢献する事が求められる。君はラッキーだ、真面目に仕事をこなしていたにもかからわず会社の犠牲(犠牲)となって失業する羽目にあった。


 我が社は業界のリーディング カンパニーとして社会的な弱者を救済する事も業務の一環として考えている。よって君を採用する。我が社に採用された事を素直な気持ちで感謝し、感謝の気持ちを忘れずに日々の業務に勤しんで欲しい」

 

「それでは採用して頂けるのですか?」


「ああ、この場で採用を決定する。それと母親に感謝する事だな。君の母親はアルハンの景品交換所で働いている事は調査済みだ、君の母親は長年景品交換所で働いているが、金銭トラブルの報告は一切無い。


 金額が合わなかった時も正直に申告している。現金商売においては365日計算上の売り上げと実際にレジに入った金額が一致する事は無い。その結果私は君も信用できると考えたんだ。後は会社の都合で4月1日採用となるが何か不都合な点はあるかね」


「いいえ、何もございません」


「それでは3月31日に制服を貸与(たいよ)するから、その際に今から渡す連帯保証人の書類や給料の振り込み口座の書類を必ず持参するように」


「ありがとうございます」


 草薙は退室時の際、深々と頭を下げもう一度「ありがとうございました。失礼します」と言って帰って行った。

 自宅に帰った草薙はウキウキした気持ちで私服に着替え父親の形見であるニッスンのアニーに乗って関東金属株式会社に向かった。

 

 関東金属に到着すると珠美さんが心配そうな顔をして待って居た。

「面接は上手くいった?」

「バッチリ上手くいって4月1日から採用が決まったよ」

「おめでとう、給料やボーナスの話も出来た?」

「しまった、受かりたい一心で全く聞く余裕がなかったよ」


 矢崎先輩と馬淵先輩は機械を停止して社長と朱美さんまで揃って話を聞いた。

「どうだった」4人の視線が集まる中、草薙は無事再就職が決まった事を話した。

「おめでとう」社員全員の祝福を受けながら、社長は草薙に3つ注意をした。


「いいか草薙、アルハンはうちの会社とは規模が違う。1年目はともかく、2~3年もすれば給料やボーナスは充分満足できる額になるはずだ。辛(つら)い事があったらリヤカーで1トン荷物を運んだ事を思い出せ。


 もう一つ、うちの会社は社員数が少ないから和気藹々(あいあい)に仕事が出来た。しかし大きな会社になると1つの部署で1人や2人気難しい職員が居る、理不尽な命令やいじめに遭(あ)う事があるかも知れない。試練だと思って乗り越えろ。


 最後に知って居るかも知れないが、社会保険は3月31日で切れる。4月1日以降で都合の良い日を選んで保険証をうちの会社に返却市に来て欲しい」

「分りました」


「本当は送別会位してやりたい所だが……今日を含めて3月31日までは有給休暇とする、この位が今の私に出来る精一杯だ」

「社長、充分ですよ。この会社でお世話になった事を忘れません」


 草薙は小石社長に言われたことを嚙み締めながら、キャリーバッグと2つのボールを片付けてサニーのトランクに積んだ。帰り際、関東金属株式会社の看板を見ると、色あせたインクが寂しげに写った。











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