第10話「追いかける者を追いかけて 前編」
「……これで、ギルドの手続きは済んだな。だったら、とりあえず次は食事だ。食事を取りながら作戦会議をしよう。準備は必要な物や用意を整理してからの方が良い。」
ギルドに戻り、正式にクエストとして依頼を受けた後で、レアさんがそう提案してきた。
俺もダルガさんもその提案に異論は無く、3人とも自然とバルの方へと足を向ける。
「お嬢ちゃん。作戦って言っても、大した事は出来ねえんじゃねえか?目立たず夜道を走る。そこで襲ってきやがったら、お嬢ちゃんに護衛して貰う。それだけだろ?」
バルに着いた。レアさんが扉に手を掛ける。
「それだけじゃない。一つ作戦が有る。……まぁ、話は中に入ってからだ。」
バルの一席に座り、料理を注文すると、早速レアさんが作戦を説明する。
その内容は言葉にすると単純で、料理が運ばれる頃にはもう説明は終わっていた。
「──というプランだ。しかし提案しておいてなんだが、このプランには弱点がある。輸送の成功率は跳ね上がるが、2人の危険度も跳ね上がる。そこをどう捉えるか、だ。」
説明を聞き終えたダルガさんが険しい顔になった。
腕を組んで、眉間に皺を寄せている。
「俺は構わねぇ。俺にとっちゃ、俺よりもアイツの無事の方が大事だ。しかし坊主。お前まで危険な目に遭わせる訳にはな……。」
「大丈夫ですよダルガさん。クエストの成功率が上がるなら、多少のリスクを負っても構いません。俺だって冒険者なんですから。」
俺の言葉を受けて、レアさんが微笑んだ。
「なら決まりだな。食事が終わったら、すぐに手分けして準備しよう。」
料理に手を付け出した2人をよそ目に、俺は残った疑問をレアさんに問いかけた。
「レアさん。……一つ良いですか?」
「うん?なんだ?」
「なんでわざわざ一回姿を見せるんですか?そのまま隠れるように行ってしまえば、それが一番安全なんじゃないんですか?」
「隠れるように行くのはナシだ。もし見つかった場合、こちらの本命が瞬時にバレてしまう。」
レアさんが一口水を飲んで続ける。
「でもまぁそうだな。誰だって普通はそう思う。だからこそ、だ。相手をミスリードする。勘違いさせるんだよ。『コイツは追跡者だ』って。」
横からダルガさんが続ける。
「それにな、坊主。これはそれだけじゃねぇんだ。これは俺達への『延命措置』でもある。長引けば長引くほど……王都に近ければ近いほど、この作戦は成功するからな。」
……なるほど。言われてみればそうだ。相手だって人間だ。だからこそ、そう思ってしまうんだろうな。
「ダルガさん。待ち伏せする場所と、二手に分かれる場所。どこか候補はあるか?」
「そうだな。待ち伏せなら平野の中で唯一あるあの丘かな。あそこなら近過ぎずに遠過ぎずで、お嬢ちゃんも距離の調整がしやすいはずだ。」
ダルガさんがステーキの最後の一切れを噛み切る。
「二手に別れるのは、橋を渡った後にすぐある丁字路だ。どっちに行ったって王都はもうすぐだ。距離は変わらねぇ。だが……俺達は左の山道を行く。曲がりくねった道なら、かえって馬車には有利になる。お嬢ちゃんは右の渓谷を抜ける方だ。お嬢ちゃんにとってもそっちの方が走りやすい。」
「うむ。異論はない。それでいこう。私は先に王都に向かって、最短で応援を呼んで戻って来る。」
食べ終わったレアさんが、ナイフとフォークを静かに皿に乗せた。
「ヒロシよく見ておけ。人間ってのは皆同じだ。色んな可能性を一気に提示された時に選ぶのは、自分に都合が良かったり、そう信じたい方を選ぶ。今回もきっとそうなるはずだ。」
食事を終えると、それぞれが各自必要な物を揃える為に、街中を回って買い出しをする。
それを終えて馬車に戻ると、騎馬に乗るレアさんが待っていた。
鞍を据え、手綱がしっかり結びつけられた栗毛の馬。鞍袋も左右に据えられており、荷物の携行量も確保されている。
そしてその背に、レアさんがフード付きのマント姿で悠然とまたがっていた。
大きなバックパックと斜め掛け用スリングが付いたジャベリンを背負うその姿は、正に旅路の騎士のそれだ。
「……凄い。レアさんってほんとに騎士だったんですね。
「フッ。何を言ってるんだヒロシ。私は出会った時から騎士だぞ。」
……思い出してみる。
素手、剣、素手、雷鎚、豪速球……うん。騎士じゃない。何かは分かんないけど、騎士ではない。
「この鞍袋は空だがな。……なるべく旅装に見えた方が自然に見えるだろ?」
「そうですね。大分紛らせられてると思います。」
確かにその方が良い。名案だ。荷物にとってはバックパックが小さいのだろうか。膨らんだそれが揺れている。
「さて。俺も準備出来たぞ。と言っても俺の方は片付けだけで、坊主が全部仕舞っちまったがな。」
後で荷台は俺の戦場になる。だから、なるべく何もない方が良い。檻だけを残して、俺は荷台に出来るだけスペースを作った。
「ダルガさん。昼間に貴方を襲った奴らはまた来ると思うか?」
「さあな。ただ分かってるのは、あいつらはプロだって事だ。俺がこの街に逃げ込んだのを知ってるんだぜ?見逃す手は無いだろうよ。」
馬上のレアさんが荷台の横に並ぶ。
「そうか。あいつらからすれば、それもそうだな。」
「ただな、お嬢ちゃん。あいつらがプロだって言う事が、逆に俺達にとっちゃ有利になる。無駄な殺しはしないし、空荷なら何も奪わず去っていく。」
「どうして分かるんだ?」
「俺は商人だからよ。仲間内の話は全部知ってる。実際に襲われちまった奴の話もな。」
なるほど、と相槌を打った後に、レアさんが手綱を少し引く。
「そろそろ先に行く。……今の状態じゃあまり早く駆けられないからな。待ってるぞ。」
フードを被りながらそう言い残して、バックパックが重いのか、少し揺らしながら馬を歩かせ始めた。
「お嬢ちゃんが作戦通りの丘に辿り着くには、時間がもうちっとだけ掛かる。……気長に行こうか坊主。」
ダルガさんが荷台に腰掛けたまま何本か煙草を吸った後に、馬車がゆっくりと進め始めた。不思議と檻がカチャカチャと小さく鳴る。
「坊主。お前の相棒はとんでもねぇな。ありゃ腕も相当だろう?」
横並びに座った俺にダルガさんがそう声を掛けてくる。
「はい。めちゃくちゃ強いです……でも腕だけじゃなくて、戦闘やクエストになると急に頭が切れるというか。普段はポンコツのくせにですよ?」
「ガハハ。違ぇねぇな。馬より先に馬車を買っちまうような人間だ。お前の言う通りだよ。」
豪快に笑った後に、ダルガさんが続けた。
「腕も頭もあるが、俺が何より気に入ったのは、あの肝っ玉だ。普通こんな作戦思いついても、怖くて誰も出来やしねぇよ。」
それはその通りだ。この作戦はレアさんの戦闘能力と言うよりも、頭の切れと胆力で成り立っている。
「坊主……早速お出ましだ。あそこの砂煙が見えるか?」
遠い渓谷から砂埃が近づいて来ている。
俺は後ろの荷台に移ると、«取り出す»物を確認した。
ダルガさんが馬に鞭を入れると、馬車のスピードが上がっていく。
「まずはあの丘だ!あの丘に着く前に捕まっちまったら、それで終いだ!この馬車は俺等二人しか乗ってねぇ!俺等で凌ぐぞ!」
段々と後方に回ってくると、姿が見えてきた。
盗賊だ。
暗くてはっきりとは分からないけれど、20〜30頭ぐらいが駆けている。
馬車だったら追いつかれるのは時間の問題だろう。
馬上だからか大声で叫んでるせいで、会話が聞こえてくる。
「荷台の所にガキが見えた!」
「早いとこ馬車を止めちまおう!」
「穀物はもう飽きた!違うモン持ってろよ!」
「慌てるな!いつも通りやれば良い!」
──ここからが俺の最初の出番だ。
荷台の後ろ端に座り、両手を外に出す。
そして使い過ぎないように量に気を付けながら«取り出し»ていく。
……夜ならほぼ見えないはずだ。効果はどうだ?
背後は月明かりすら届かず、闇と砂煙が混ざって渦を巻いている。
その黒い渦の中で、何頭かの馬がよろめき、蹄が砂を跳ね上げた。そこに後続が突っ込み、金属のぶつかる甲高い音と共に二騎ほどが落馬した。
「何かをあのガキがバラ撒きやがった!」
「追うな!距離を取れ!」
街の至る所で貰ってきた。鍛冶屋の金属片、割れたナイフの刃先、刃の欠けた矢の矢じり。捨ててあった割れた食器や酒瓶の破片、割れたレンガ。
いける。この『ゴミのマキビシ』なら。
盗賊が急に距離を取り出した。様子見か。それはそうだろうな。こっちにどれだけマキビシがあるか、アイツらは分からないんだから。
「坊主!丘まではまだ距離がある!あんまり張り切り過ぎるなよ!」
「分かってます!ストックはまだ大丈夫です!」
そう答えはしたが、正直に言えば、心許ない量しか持っていない。一つの街で数時間の内となると、集められる限界がある。
とりあえず一旦距離を置かせられた。
反転して馬車の前に移動する。
「ダルガさん。丘まであとどれぐらいですか?」
「そうだな……30分は掛からねぇ位だ。」
30分……。アイツらの出方次第だな。後ろ側に戻ると、アイツらの様子が変わっていた。
……少し揉めてる?何か言い争ってるようだ。
そして話がまとまったのか、一騎だけが近づいてくる。
なるほど。消耗戦を仕掛けてきたのか。
その一騎に向けてゆっくりと小出しで«取り出す»。
……このぐらいの量でどうだ?
馬は少し怯んだだけだったが、速度を落とした。
すぐさまそれと入れ替わるように、違う一騎がスピードを上げて近付いてくる。«取り出す»。また怯ませただけ。
これを何回か繰り返してる内に、段々分かってきた。ただ真っすぐ走って来てるんじゃない。見えてる大きな岩や、背の高い草は自然と避けながら走ってる。ルートを見破るんだ。
振り返り前を見ると、街道に沿うように馬車一台分だけの幅を空けて、大きな岩と木に挟まれた場所が見えた。
……なら、ここはどうだ?
通り過ぎるであろうタイミングを計って、また少量を«取り出し»た。
馬が大きく跳ね上がり、止まった。
落馬こそさせられなかったが、これで充分だ。
時間が稼げればそれで良い。
そう思っていた矢先に、今度は向こうが仕掛けを変えてくる。確かに盗賊との距離が大きく空いたが、今度はもう一度全員で上がってきた。
……マキビシの量は計られなかったが、威力は計られたな。
「ダルガさん!丘まであとどれぐらいですか!?」
「もうすぐだ!あと5分と掛からねぇ!」
顔を戻すと盗賊達はもう既に、かなり近付いて来ていた。
5分か。集中しろ。ここを最少量で凌ぐんだ。
顔の横にインベントリを表示して、また両手を外に出して«取り出す»。
5分保たせて尚且つ温存するとなると、この残量じゃあまり出せない。
盗賊達の馬はよろめきながらも食らいついてくる。
ちょっとずつ詰められてるな。頼むからこのまま丘まで持ってくれ……。
「丘だ!坊主!丘が見えたぞ!」
もう大丈夫だ。一息吐くように頭を下げる。これであとは──
パァン、と鞭のような風切り音がした。
直後に一瞬にして様々な音が聞こえ出す。
人間の叫び声。馬のいななき。吹き飛んだ甲冑が隣の甲冑に激しくぶつかる音。3頭の馬が倒れてもがいている。
その間も夜の丘にこだまするように、風切り音の残響音が残り続けていた。
顔を上げると、丘から投げられたジャベリンが地面に深々と突き刺さっている。
そしてその丘の上に立つレアさんが見えた。
レアさんが声高に叫ぶ。
「市井の民を狙うとは何事だ!その騎士道に反する振る舞いは断じて許せぬ。その方らを私が正してみせよう!」
そう宣言するとレアさんは腰の剣を抜き、馬首を翻して走り出した。
しかしその足取りは、いかにも装備が重たそうに見える速歩だ。
盗賊たちの目は未だにその騎士へと吸い寄せられている。
その隙にダルガさんが大きく距離を取ってくれた荷台の最後部で、俺は一人で息を呑んでいた。
──ここからが本番。輸送開始だ。
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