第9話「馬と馬車とモフモフ」
レアさんから、包帯の切れ端と薬草を少し分けてもらった。
薬草を切れ端でくるんで、鼻に詰める。
うん。ようやく鼻血が止まってきた。
そろそろギルドに戻らないと。
「レアさん。もう大丈夫です。戻りましょう。」
「分かった。動けるようなら、もう帰ろうか。」
立ち上がって、並んで歩き出す。
「今日はこれで終わりですね。明日もコツコツとクエストをこなしていかないと。」
「どうだろう。私としては、もうこんな簡単なクエストじゃなくても良いけどな。感覚的にはもう全快してる。大体、医者ってのは少し大袈裟に言うもんだ。」
確かに。さっき豪速球を放ってたし。もう全快に近いんだと俺も思う。
でもそれはお医者さんが変なんじゃなくて、レアさんの回復力が変なんだろうけど。
「まぁ、とりあえず今日はこれを届けたらお終いです。早く終わらせて、宿に帰りましょう。」
そんな事を話しながら、街に戻ってギルドに到着すると、ギルドの中はちょっとした騒ぎになっていた。
見ると、一人の男性が受付のルミアさんに、どうにかならないかと食い下がっている。
「この荷物を明日の朝までに、何とか王都に届けなきゃならん!誰でも良い。どうにかしてくれ!」
困惑した顔をしたルミアさんが俺達を見つけると、ハッとしながら俺達に声を掛けてきた。
「レアさん!ヒロシさん!お二人とも少しお話を聞いて頂けませんか?」
ルミアさんが立ち上がって手を振ってくる。
俺達とルミアさんは、この数日間でいくつも簡単なミッションをこなす内に、すっかり顔見知りになっていた。
「こちらの方が今お困りのようでして……。」
「ほう。御仁。私はレアで、こっちはヒロシという。何かお困り事か?」
「……ダルガだ。動物商人をしてるモンだ。今トラブルを抱えちまってる。」
「トラブル?」
レアさんの目が少し輝く。この人って実はお人好しだから、困ってる人とか見ると、放っておけないんだよな……。
「なるほど。それでそのトラブルの内容は?」
「今は王都に向けて献上品を運んでいたんだが、その最中に盗賊が襲ってきやがった。……それで何とか命からがらこの街に逃げ込んだって訳だ。だけど無理矢理走ったせいで馬車がオシャカになった。それで動けなくなっちまってる。」
でっぷりと肥えた口髭だらけの大男が声高に説明する。……怪しげなおっさんだ。
「だからその輸送と護衛を頼みたいと、この姉ちゃんに頼んでいたんだが……。」
ルミアさんが眼鏡を上げる。
「今はちょうど収穫期ですから、街の馬車も戦闘が出来る冒険者達もそっちに総動員されているんです。そちらで手一杯になってる状態ですね……。」
「ふむ。その荷物とは?」
そう言いながら、レアさんが俺に目配せをしてきた。
分かってる。荷物次第では俺のスキルで安全に運べるのだ。それ次第でこの輸送・護衛クエストの難易度が格段に下がってくる。
「秘密にしてぇんだが……見せねぇ訳には行かねぇよな?」
「見せて貰わねばな。作戦や対応も考えられないし、それに──。」
ダルガさんを見るレアさんの目つきが少し鋭くなった。
「申し訳ないが話だけでは信用出来ない。御仁の話が全くの嘘で、犯罪絡みの可能性だって有る。」
こういう時の頭のキレは流石だ。
とりあえず2人が話し込んでいる内に、ヤキュウ茸をルミアさんに納めて、報酬を貰っておく。
「……分かった。街の入り口にそのブッ壊れた馬車を繋げてある。荷物はそこだ。悪いが、そこまで着いてきてくれるかい?」
「ルミアさん。とりあえず荷物を確認してくる。クエストとして受けるかはそれからだ。行ってくる。」
三人でギルドを離れて、街の入り口へと向かう。
「お嬢ちゃん。あんたの言う通りだ。まずはモノを見ないと話にならねぇ。それが商売でも、仕事でもだ。」
入り口に1台だけ馬車が繋げてあった。あれがダルガさんの馬車だろう。……壊れてるのか?全体的に綺麗だし、幌も最近張替えたのか未だピカピカの新品だ。見かけじゃ全然大丈夫そうだけど。
「ダルガさん。確かにこれじゃもう走られんな。荷物を落とさなくて幸いだった。」
「だろ?街に入る頃には、荷台の方はガタガタ揺れて跳ねての大騒ぎだったぜ。」
2人の会話が全く理解出来ずにいると、察したレアさんが説明してくれた。
「これぐらいのサイズの馬車は基本的に、3軸6輪……片側に3輪ずつ付いてるのが普通だ。」
えっと、車で言うと、大型トラックみたいな感じかな?後ろに4本タイヤが付いてるタイプの。
「でもダルガさんのは付いてないだろ?4輪になってる。真ん中の2軸目が無くなってるんだ。」
言われると確かに変なバランスだ。……何か後ろ側の車輪が、妙に車体のお尻側に寄ってる。
「盗賊が良くやる手口だ。馬車を止めるにはこれが一番手っ取り早い。」
なるほど。当たり前だけどこの世界にも、そういう悪い事する奴らもいるんだな。
「さてさて。坊主への授業が終わった所で、品物を見てもらおうか。下ろせないから、荷台に上がってきてくれ。……正直こいつはとんでもねぇシロモノだ。驚くんじゃねぇぞ。」
荷台の後ろ側の幌を掻き分けながら、ダルガさんが手招きしてくる。
迷わず荷台にレアさんが上がったが、すぐに驚きの声が上がる。レアさんのこんな声を聴くのは初めてだ。
「ヒロシ!上がってこい!これはとんでもない品物だ!」
すぐに荷台に上がりこむと、そこには檻に入れられた一匹のモンスターの赤ちゃんが居た。
ふわふわした毛を持つ猫のような四足獣。猫とフェネックの中間みたいだ。耳が大きく立っていて、その先っぽだけが少し黒い。サイズ的にはトラの赤ちゃんぐらい?トラの赤ちゃんサイズの子猫って感じだ。
俺達の顔を見ると、不安そうに小さく震え始める。
恐る恐るレアさんが手を伸ばすと、レアさんの指にしがみつきながら、みー、と小さく泣いた。
……めちゃくちゃ可愛い。なんだこの生き物。可愛すぎんだろ。
「たまんねぇだろ?幻獣と猫のミックスだ。種類としてはルフリムっていう名前が付いてる。まぁ、幻獣と言っても、ペット用に品種改良された種類だ。つまり──」
「──つまり?」
レアさんがルフリムのアゴの下を優しく掻く。あっ……ゴロゴロ言い出したじゃん。
「最強可愛いビッグもふもふニャンちゃん、って事だ──」
いつの間にかルフリムを膝の上に乗せたレアさんが、真剣な眼差しのままコクン、と頷いた。
いやコクン、じゃねぇよ。その一言で何を納得したんだ。
……でもごめんダルガさん。怪しいおっさんだって思ってたけど、ただの猫好きブリーダーおじさんだったんだね。まぁ、やべぇ奴には変わらないんだけど、良い方のやべぇ奴だって知れて嬉しいよ。
「冗談はさておき、こいつの価値は本物だ。そこら辺の宝石なんかよりもよっぽど値が張る。今回はずっと贔屓にしてもらってる貴族の方に、引き取って頂く予定だった。」
「なるほど。今は収穫期狙いの盗賊が多い。アイツらからしてみれば、穀物かと思いきや宝石が出て来たならば、大喜びするだろうな。」
この子にはそんなに価値があるんだ……。でも分かる気がする。ダルガさんが言う通り、この子は『生きてる宝石』って感じだ。
「ダルガさん。ギルドが空いてる内にすぐ戻ろう。手続きだけは済まさないと。それからすぐに準備だ。明日の朝までなら、近いとは言えなるべく早く出ないとな。」
「しかし、お嬢ちゃん達は馬車を持ってるのか?こいつはもう走れねぇぞ?」
それを聞いた途端に、レアさんが俺の脇腹を肘でつつく。
やめろ。ドヤ顔だけで『ほら。役に立っただろ?』って伝えてくるな。たまたまじゃねぇか。
「私も一台持ってるんだ。……おいヒロシ。ダルガさんに披露しろ。……私が万全を期して、用意周到に購入した馬車をな!」
コイツいつかブン殴ってやる。
そう心に誓いながら荷台を下りて、手頃なスペースを探して、馬車を«取り出し»た。
「……坊主。お前が転生者なのは分かってたが、そいつは大したスキルじゃねぇか。」
ダルガさんの予想以上のリアクションに、内心ドヤ顔したい気持ちになるが、冷静に顔には出さないように努める。あのドヤ顔女王にだけは見抜かれたくないからな。
レアさんがダルガさんの馬を馬車から切り離しながら、荷物を移すようにダルガさんに指示をする。
載せ替えながらダルガさんが当然の質問をしてきた。
「坊主。そのスキルで、この子を仕舞っといて貰えねぇのかい?そっちの方がよっぽど安全だと思うんだが。」
「それが出来たら一番なんですが……何故かこのスキルって生き物は«収納»出来ないんです。」
「なるほど……。そりゃ何でもって訳には行かねぇよな。分かった。問題ない。今のままでも充分過ぎるってモンだ。」
そうして空になったダルガさんの馬車を«収納»した。
「こうすれば、俺がついでに王都まで壊れた馬車も持っていけますから、向こうで修理出来るはずですよ。」
ダルガさんがまたううむ、と俺のスキルに小さく驚いていると、レアさんがダルガさんに相談を持ち掛ける。
「ダルガさん。ここで一つ相談だ。」
「何でも言ってくれ。お嬢ちゃんの頼みだ。出来ねえ事以外は聞いてやる。」
「ダルガさんのこの馬達を貸してほしい。」
「そいつは構わねぇよ。構わねぇどころか、馬まで連れて行ってくれりゃあ、ここまで取りに来る手間も省ける。願ったり叶ったりだ。でも何故だ?馬の調子でも悪いのか?」
何一つ怯まずに、レアさんが真実を告げる。
「馬をな──持ってないんだ。」
「おっ、おう。……そうか。なら構わねぇ。俺の馬を使いな。」
それを聞いた途端に、レアさんが満面の笑みになって言葉を返す。
「ありがとうダルガさん!これでもう問題は無くなった!さあ、街の中に戻って、準備と腹拵えをしよう!」
言い終わると、振り返ってどんどんと足早に歩き出すレアさんの背中に、ダルガさんがボソッと小さな独り言を零していた。
「……何で馬車持ってるのに、馬持ってないんだ?」
困惑するダルガさんの横で、俺はこの異世界に来てから、今初めて誰かと同じ気持ちになれた気がした。
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