第3話「祈りへと導く篝火」

「アンデッドが出たぞ!早く家に入れ!」

「アンデッドだ!鍵を閉めるのを忘れるな!」


俺も他の村人も、口々に同じ様な事を叫びながら、村中を駆け回っていた。

子供とお年寄りから家に入れようとするが、混乱の中ではどうしても逃げ遅れる者がいる。

転んでしまった老婆や、親とはぐれてしまって泣き出す少年。

1人ずつ手を取り立ち上がらせる。


「立てますか?無理はしないで大丈夫ですよ。背負いますから。」


とにかくここから離れさせないと。

何往復かして上がった息を整えながら、自分達が来た入り口……レアさんが戦っている方を見つめた。

砂埃だけが舞い上がっているが、レアさんは見えない。


だけど分かる。無事だ。

俺達はまだ誰もアンデッドに捕まっていないのだから。

レアさんがあそこで全てのアンデッドをせき止めているんだ。


ふとその砂埃の方向に、民家の壁の側でうずくまる少女が見えた。

そして、それに近づこうとする棍棒を持ったアンデッドも。

マジかよ。……動けるのか、俺?


……動かなきゃ冒険者じゃねぇだろ。

«収納»から料理用に用意していた小型のダガーを«取り出す»と同時に走り出す。

大丈夫だ、間に合う。少なくとも一撃は庇えるはずだ。

間に合った。俺が少女に抱きつくのと、アンデッドが棍棒を振り上げたのはほぼ同時だった。

目を瞑り衝撃に備える。

壁が崩れる様な音がした。

痛く……ない。


恐る恐る目を明けると、アンデッドは胴体を貫かれ、更には横の壁に打ち付けられていた。

レアさんの剣で。

……投げてくれたんだ。

突如として砂埃の中からレアさんが駆け出して来た。

そのまま止まらず、走り込みながらアンデッドに飛び込みの左ハイを打ち込む。壁が軋む轟音が響きながら、アンデッドの頭部は弾けた土の塊の様に飛び散った。


立ち上がり、片手で剣を引き抜く。

怪我こそないものの、鎧に汚れや小キズが目立つ。


「ヒロシ。素晴らしい行動だったな。」

「いや……何もしてないし、結局リアさんに助けて貰いましたし……。」

「そんな事を言ってるんじゃない。お前はその子を身を挺して庇った。それが尊い行いだったと言っているんだ。」

「戻る。とにかく村の皆様の避難を終わらせてくれ。」


リアさんは返事も待たずに、また砂埃の中へ駆け去っていった。


ダガーを«収納»に戻して、女の子を抱きかかえる。

遠くから、泣きながら女の子の名前を叫んでる女性の声がする。

きっと君のお母さんだな。大丈夫。ちゃんとお兄ちゃんが送るからね。


声の方へと向かっていくと、駆けつけてくれた男性が、俺ごと少女を受け止めてくれた。

誰だろ。入り口まで迎えに来てくれた人だった気がする。


「先程は助けて頂きありがとうございました。村長の息子でシーファと言います。」

「今回ギルドより派遣されました冒険者のヒロシです。」

「お連れ様のおかげで、この子が最後です。全員避難出来ました。」

「分かりました。後はこちらで対処します。」

「でも……このままではお連れ様が……。」


そうなのだ。このままでは俺は避難出来るけれど、レアさんは避難出来ないのだ。

敵を食い止めているのがレアさんなのに、民家の前までアンデッドを引き連れて、逃げて来る訳には行かない。

かと言っていくらレアさんでも、無限に再生するアンデッドの大群と一晩中夜が明けるまで戦うなんて、到底無理だ。


考えろ。何か案を出せ。

始めから今までを全て思い出せ。

ここに来るまでに何を知って、何を見た?

……あった!!


「シーファさん!あの小高い丘にある、大きな建物って教会ですか?」

「ええ。……実はもう使っておらず、廃墟になってしまってるんですが。」

「祭壇は残っています?」

「残っているとは思います……。手つかずのままの筈ですから。」

「すみませんがお借りします。」

「構いませんよ。しかし何故あそこを……。」



確証はない。

むしろ、村に入ろうとしているアンデッド達がそれを否定さえしている気がする。

そういえば、来た時に思ったじゃないか。

あの十字架が建ってる教会が有るのに、アンデッドが寄りついてるなんて、おかしいって。


自分の思いつきを、自分の考察が否定する。

たとえ教会の中でも、廃墟になっていたらアイツらは入れるのだろうか?

本当にあの教会はセーフハウスとして機能するのだろうか?


……いや、どのみち他のカードなんて無いんだ。これに賭けるしかない。


教会へ向けて走り出す。もうすっかり暗くなって来ていた。レアさんはこの薄暗い視界の中で戦えているのだろうか。

«収納»を開いて、所持量を確認する。十分過ぎる量を持っていた。うん。これなら大丈夫。

来る前の買い出しで、無限に持てるなら多い方が良いっていう、レアさんの意見に助けられたな。


教会の石畳の前で、«収納»からランタン用の油を取り出す。別に太くなくても良い。でも、途切れないよう慎重に。

油で、この坂に一本の道筋を作るんだ。

垂らしながら、あの砂埃舞う村の入り口まで。

量は心配無いのに、気持ちが焦っているからだろうか、手が少し震えてる。

……焦るな、俺。もう少し頑張れ。

レアさんの所まで、確実に繋げろ。


ようやく入り口の前まで引き終わった時には、辺りはもう暗く、何か泥を叩き続ける様な音だけがしている。


「レアさーん!村の人達の避難完了しましたー!」


返事が無い。いや、微かに何か聞こえるが、良く聞き取れない。

信じよう。レアさんなら気づいてくれる。

マッチを一本擦って、油に落とす。

火は所々弱々しいが、途切れずに坂の上の石畳の前まで繋がってくれた。よし。これなら迷わずに上がってこれる。


これはランタンの油で作った篝火だ。

絶対にレアさんを一人にさせない決意の篝火。

もう一度砂埃の方へと呼びかける。


「レアさーん!!教会です!!教会まで続いてます!!」


返事が無い。でも、あの音が止まった?


すると、目の前にレアさんが転がりこんで来た。受け身を綺麗に取りながら振り返り、まだ目線は村の入り口を向いている。視界が悪くなってきたからだろうか。

さっき会った時とは段違いにボロボロだ。致命傷や大きな怪我は無いとは言え、身体に小さな傷が入ってる。


「助かった。正直、ここ1時間ぐらいは何も見えてなかった。次はここで戦えば良いのか?」

「そうじゃないんです!この火の道が教会まで続いてます。これを辿れば教会まで逃げ込めるんです。」

「村の皆様は?」

「全員無事です。」

「分かった。ならばお前は先に行け。」


分かってる。そう言うだろうと思っていた。

俺が一緒にいても足手まといにしかならない。

それに俺にはもう一つ仕事が残ってる。

小さく頷いて、振り返った俺にレアさんが声を掛けてきた。


「ありがとう。どんな形かは分からなかったが、お前がサポートしてくれると信じてた。この炎はお前が作ってくれた希望の道だな。」


大丈夫だ。この笑顔は信じられる。


「先に行って待ってます。」


火の弱い所に油を足しながら、俺は教会にまた戻る。

最後の仕事。実はこれが一番不安なんだよなぁ。どうやって信仰を教会に取り戻す?俺じゃちょっと駄目だよな……。


教会に戻ると、何故かシーファさんや村の男性達が集まっていた。


「シーファさんにそれに皆さん。どうされたんですか?」

「ヒロシさん達がここに避難されるとお聞きしたので。せめて窓枠などの補強ぐらいはと思いまして、今丁度やり終わった所でした。」


………これはチャンスだ。俺だけでは難しかった問題をクリア出来るかも知れない。


「とりあえず出来る限りの事はしました。何もなければ我々も足手まといになる前に、そろそろ避難しようかと。」

「シーファさんすみません。少しお話を。」

「はい。何でしょうか?」

「ギルドからはこの2ヶ月前ぐらいからアンデッドが出没しだしたと聞いてます。」

「ええ。おっしゃる通りです。大体2ヶ月前だったと思います。」

「ここが廃墟になったのは、いつからでしょうか?」

「……多分1年は過ぎてますね。2年にはならないかと思います。」


思った通りだ。およそ2ヶ月前に、この教会は信仰の対象ではなくなったのだ。

いや、正確に言えば、祈りがそこで尽きた。

祈りのガス欠だ。


「シーファさん。この教会ではどのように祈祷を捧げてましたか?」

「特別変わった事はしていませんでした。皆で膝をつき、手を合わせる。ただそれだけです。」


完璧だ。特別な儀式もなく、平民が当たり前に祈りを捧げる。自分や自分の家族の為に。


「シーファさん。皆さんで出来れば昔のように、お祈りをしてくれませんか?」

「分かりました。しかし失礼ですが、……それに何の意味が?」


言葉を間違えるなよヒロシ。

相棒の為にセーフハウスが作りたい、なんて言うな。

頭よ。捩じ切れるまで回れ。

お前の相棒はまだ今この瞬間も戦い続けている。


「信仰しなくなった事が、もしかしたらアンデッドの出没の理由かも知れません。」


少しでもセーフハウスとしての機能を取り戻す事に集中しろ。皆さんの信用を言葉で勝ち取れ。


「俺としては、ここが信仰の対象でなくなったからではないかと思っています。だから、この教会が息を吹き返せば、アイツらは近づけないかも知れないなと思いまして。」


村の人達に小さな動揺が起きた。それはかすかで小さな波だが、次第に彼らの心の中で大きく揺らぎ始めた。


「もうすぐ彼女がこの教会まで上がってきます。それまで、どうかお祈りを。」

「俺が行く。やっぱり信仰を捨てるんじゃなかったんだよ。」


1人が教会に入っていく。

ざわめき立つ人達を代表するように、シーファさんが俺に尋ねてきた。


「本当に……これで何か変わるのでしょうか?」

「俺にも分かりません。……でも、やらなきゃ何も変わらないと思うんです。」


コクンと小さく頷いて、中に入るシーファさんを追うように、一人、また一人と、教会へ足を踏み入れ始めた。


レアさん。全部用意出来たよ。だから早く上がって来てよ。出来るだけの事はしたつもりなんだ。


火を辿る様に、砂埃が登ってくる。

村の人達が祈り始めたのだろう。

最初は弱々しかった祈りが次第に声となり、響き始めている。

早く来て欲しいのに、まだ祈りは届いていない。


















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