第2話「夕暮れが沈む村」

宿屋で朝を迎える。

あぁ。ベッドで眠れるって何て最高なんだろう。

異世界生活4日目にして初めてだ。

身体中の疲れが取れた気がした。


コンコンと部屋の扉をノックして、外から誰かが声を掛けてくる。


「ヒロシ。起きてるか?今日はもう一回ギルドに行って、手頃な依頼クエストを探す。まぁ、その前に朝食だ。とにかく準備が出来たら出てきてくれ。」

「分かりました!すぐに行きます!」

ベッドから飛び出して、俺は«収納»から自分の着替えを取り出した。


朝食を済ませた後、クエストを探すためにギルドへ向かう。

昨日はパーティー登録こそしたものの、クエストまで探す時間がなかった。

そこで、レアさんは今日改めてゆっくり時間を使いながら、慎重にクエストを探そうと提案してきた。そして俺もその意見に賛成したのだ。

だって、俺のスキルじゃ荷物持ち以外に何も出来ないんだ。慎重に簡単なクエストから経験を積まないと。


「大丈夫だヒロシ。何も心配要らない。昨日話した通りで行こう。」

「はい。大丈夫です。心配なんてしてないですよ。レアさんは信頼出来る人だって、俺も分かってきましたから。」

「フッ。流石は私の相棒だ。やはり私達は良いコンビになるな。さぁ、話を聞こうじゃないか。」


そう言いながら、レアさんがギルドの入り口ドアに手を掛けた。

朝のギルドは冒険者パーティーの人達であふれかえっている。

凄いな。昨日とは全然違う。

そして入るとすぐにレアさんは、人混みを掻き分けながら受付のお姉さんに向かってツカツカと歩み寄る。

テーブルに両手を突いて、威勢良く希望を伝えた。


「昨日登録したレアだ。クエストの紹介を頼む。出来るだけ強い奴と戦いたい。」


あー。あれかな?予定とか計画とか、一晩寝たら全部忘れるのかな?

いや目を輝かせてるけれど、受付のお姉さん困惑してるし。


「えっと……。昨日登録したばかりのパーティーですと……受けられるクエストの難易度に上限が有りまして……。」

「分かってる。一番歯応えが有りそうな奴を頼む。」


分かってねぇじゃん。一言目から嘘つくの止めろ。

お姉さんが気を取り直すように、一度メガネを上げる。


「分かりました。では……。初心者パーティーが受けられる難易度はDランクが上限なのですが、こちらのクエストは実質Cランク相当の難易度になります。これが一番難しいかと。」

「ほう!良いのがあるじゃないか?そいつは強いのか?」

「強いと言いますか……。難しい敵ではありますね。」

「難しい?どう言う意味だ?」


何故だろう?

お姉さんは少し言いにくそうにしている。


「討伐対象はアンデッドです。……物理攻撃も魔法も効きません。正直に言えば、下級パーティーには無理です。現にこれまでにも何度か、このクエストは失敗しています。個人的には、もっと難易度ランクを上げるべきだと思っています。」


お姉さんは優しい人なんだな。

そして、目の前にいるのが物理オンリーのイノシシみたいな戦士だって、薄っすら気付いてる。

レアさんはそこまで聞くと、ゆっくりと振り返りながら俺に言ったのだ。


「聞いていたかヒロシ。私達向けのクエストだ。」


お前こそ話を聞いていたのか。

物理と荷物持ちで、どうやってアンデッドなんか倒せるんだよ。

気が遠くなっていく。駄目だ。打開策を考えないと。


「お姉さんすみません。初心者パーティーにオススメのクエストって、本当はどんな感じなんですか?」


お姉さんは途端に、笑顔になって教えてくれた。


「今はちょうどユニコーンラビットのツノが生え変わる時期です。その抜けたツノを集めて来てもらうクエストをオススメしていますよ。難易度はEランクですね。」


レアさんの顔を覗き込む。どう思うだろう?

レアさんは真剣そのものだ。この人って、真剣な顔まで綺麗なんだな。


「ヒロシ。そのクエストが悪いとは言わない。でもな。言い方が悪いが、そういうのは戦闘には不向きな女性や、まだ仕事の選択肢が少ない子供達の仕事だ。簡単だからと言って、彼等の仕事を横取りするような事はしてはいけない。」


お姉さんが絶句している。

そりゃそうだ。分かりますよお姉さん。

だってこの人は女性で、俺は子供だもん。

あなたのその理屈で言えば、我々こそピッタリの人選ではないか。

それなのに何故そんな、完璧な正論で俺の事を諭してやったぞ、みたいな満足気なドヤ顔が出来るんだ。

ポニーテールが再び揺れる。


「うむ。これで我々の意見は一致した。受付の方。アンデッド討伐クエストを受ける。よろしく頼んだ。」


絶望する俺の肩にポンと手を置いて、興奮気味のレアさんが口早に告げる。


「さて。さっそく旅の準備をしよう。食料にキャンプ道具。お前のスキルが大活躍するぞ。まずは買い出しだ。」


……ツノを集めたい人生だった。


レアさんに市場中を連れ回されて、«収納»に道具と食料を大量に入れる。

慌ただしい旅支度だったが、かなりスムーズに出来たのは意外だった。

案外俺のスキル悪くないかも。戦闘以外なら結構実用的みたいだし。


街の入口に並んだ馬車の中から一台を選ぶ。

一口に馬車って言っても、けっこう種類あるんだな。大きさも形もバラバラだし、値段も全然違う。やっぱりタクシーとは全然違うんだな。

そして乗る馬車がようやく決まり、いよいよクエスト依頼をしてきた村を目指して走り始める。

出る頃には、もう少しだけ日が暮れはじめていた。

幌の中でレアさんと向かい合う。

レアさんは剣を鞘ごと腰から抜いて、膝の上に置いたまま馬車の進む方向を眺めている。


「あの、レアさん。レアさんは何で冒険者になったんですか?

「武者修行だ。私の国では、もう私に敵う者は居なくなった。それも小国故だがな。だから世界中を周って、大きな国や大陸に居る強い奴を探したい。それだけだ。」


正直分かる。まだ熊と殴り合ってる所しか見てないけど、この人は明らかに強い。剣士なのに、まだ剣を抜いてるの見た事が無いけど。


「あの……ちょっと聞きにくいんですけど。」

「何だ?何でも聞いてくれ。」

「レアさんって……実は剣技が苦手だったりします?その……何て言うか、この前も熊相手なのに素手だったし。」


フッ、と小さく笑って、返事をしてくれた。


「あれは稽古だ。アイツら相手に抜いてたら、一瞬で終わってしまう。だから抜かなかっただけだ。」


言葉のトーンで、嘘じゃないのが何故だか分かる。

虚勢や嘘を言う様な人ではないし。


「失礼な質問だったのに、ありがとうございます。すいません。」

「相棒の力量が気になるのは当然の事だ。気にするな。」


めちゃくちゃ大人やん自分。すっごく大人。

戦闘が絡まなかったら、もしかしたら常識人なのかも。


「それと転生した時に聞いたんですが、この世界って魔法があるんですよね?」

「ある。国や地方、文化や宗教。それらで多少の違いや系統も変わってくるがな。」

「レアさんの国にもあったんですか?」

「ああもちろんだ。私の国では、シンプルな炎系魔法がメインだな。」


うおっ!?マジかよ。じゃあ、


「レアさんも炎系魔法を使えたりするんですか!?」


レアさんは何故か俯いて、返事をしてくれない。

うん?聞こえなかったのかな?


「あの?……レアさん?」

「……幼い頃から、練習を欠かした日は無い。」


あっ。ごめん。ホントにごめんなさい。

何で俺はこの世界の人なら、皆魔法が使えるって思い込んでたんだろう?

でも何か逆にそっちの方がしっくり来るかも。レアさんが難しい詠唱とかしてたら、何か嫌だもんね。

うんうん!魔法なんて使わない方がレアさんらしいよ!


その時、唐突に馬車のスピードが落ちてやがて完全に止まり、馬車の主人が振り返って俺達に声をかけた。


「例の村はここからすぐだ。ただし、そこまで行くと俺が帰られなくなる。………悪いがここで降りてくれるかい?」

「主人。言われる事はもっともだ。ここまでありがとう。気を付けて戻ってくれ。」


レアさんは荷台から飛び降りると、腰に剣を差しながら俺に告げる。


「ヒロシ。ここからが本番だ。とりあえず村に入る。今晩はそこで泊まり、可能ならば軽い偵察だけしよう。」

「はい!お役に立てるか分からないですけど、精一杯着いていきます!」


馬車の主人と手を振り合って別れ、俺達は村の入り口へと歩く。


村の入り口と共に、向かって東側の小高い丘に建つ大きな建物が目に入ってくる。尖塔の上に十字架が建っているその建物は、教会なのだろう。

朧げながら村の全容が見えてきた。

……しかし教会が有るのに、アンデッドが寄り付くのか?神への信仰心の厚い村には、そもそも近寄れないんじゃなかったか?


「たしかギルドで聞いた話では、村の宿屋で部屋を取ってくれているらしい。……見ろ。入り口に誰か立ってる。迎えの方だ。ありがたいな。」


考え事の途中でレアさんに話しかけられて、ハッと我に変える。


「ホントだ。何だか嬉しいですね。こういうのを見ると、本当に自分が冒険者になったんだって気がします。」


村の方ともう声が届くぐらい近づいた時に、横の牧場の柵に出来た薄暮れの中で、うごめく何かが見えた。

アンデッドだ。

骸骨がボロボロの服を着てフラフラとフラつきながら歩いてる。

マズい。俺達よりも、迎えに来てくれた村の人のほうが近い。


その瞬間、突風が吹いた。

いや違う、横に立っていた人が風を切りながら踏み込んだんだ。


気付くと今横に居たレアさんが、何メートルか先で右足を大きく踏み込み、右手一本で剣を前方に向けている。左手は鞘を掴んだままだ。

アンデッドの頭はもう飛んでいた。


いやこの距離を跳んだの!?一瞬で!?

マジでこの人、剣技も半端じゃない。さっきの馬車での予感は間違ってなかったんだ。


切られた胴体は一瞬止まったが、またフラフラと今度は転がった頭の方へと歩き出した。


「ふむ。聞いた通りだな。物理攻撃は効かない。切っても足止めにしかならんか。」


その場に居た俺と迎えの方が唖然とする中、レアさんだけが平然としてる。というか、そう言いながら何のためらいもなく、他のアンデッドも切りまくってるし。

めちゃくちゃ早い。剣って初めて見たけど、見えないのがデフォなの?


「ヒロシ!敵の数が増えてきた。多分このまま行けば村全体が襲撃される。皆様の避難を手伝え。家に早く帰り、鍵を閉めて戸締まりを厳重に、と伝えろ!」


その声を合図にして、一気に身体を動き始めた。

アンデッドの呻き声がまた背中に届く。

振り返って見ると、レアさんの斬撃がまた何体かを同時に切り刻んでいた。

レアさんが右肩に剣を担ぎながら、いつもの笑顔で笑う。


「心配するな。殿は私だ。」



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