第25話 リンダ夫人からの頼まれごと

 ブランダン男爵家は、学者家系の能力が開花する者が多い。

 強く能力に秀でたテュリンベイルが、天才として注目されていたが、他の者も優秀であることに違いはない。


 特にテュリンベイルのすぐ上の姉ティンクミリィは経理に明るく、計算が大好きな少女である。

 逆に文学などのまわりくどい感じが苦手で、巷では空気クラッシャーと呼ばれるくらい危ういところがあるのだ。



 夜会の時に再会を約束した後日。

 リンダ夫人との話し合いで、アクアリーネとティンクミリィが手伝いをすることになり、リンダ夫人の街中にある邸宅の一つに足を運んだ。


 邸宅の3階は街を見渡せる温室部屋であり、天気が良いのでとそこにお茶の準備がされていた。

 暖かい地域でないと咲かない、鮮やかな花や葉の大きな木がところ狭しと置かれ、さながら小さな森のようである。


 そして和やかに始まったお茶会の内容は、なんと大銀行の内偵だった。


 リンダ夫人の管理する商会や銀行の規模が大きくなり、雇う人員が大幅に増えたことで不具合、言ってしまえば横領が一部に横行しているらしい。


 リンダ夫人側でも、手のうちにある職員から色々探りを入れているが、何度も蜥蜴のシッポ切りで終わっていたそう。

 その為内部で勤務する、一般社員に混ざる必要があるようなのだ。



 そこで考えたのが、身分を明かさない内偵である。

 2人には田舎から仕事に来た、男爵令嬢姉妹という役割だ。

 疑惑の現場は幾つかある大きい銀行の一つで、融資先に対しての審査後の口座の開設が彼女達の仕事だった。


 どうやら架空口座からの横領があると情報があったそうで、その辺を重点的に調査するらしい。


 夫人の側近達が手を回し、その業務を行っている信頼する女性行員達の一部には、家庭の事情を理由と言って辞めて貰う代わりに、別の場所で勤務して貰う手筈になっている。

 迷惑料を多めに渡すと不満もないようだし、彼女達の自宅に近い場所になったことで出退勤が楽になるそう。


 人員が不足になるそこに、アクアリーネ達が入ることになる。



◇◇◇

 社交界では、程ほどに顔が知れたアクアリーネは思った。

「すぐに身元が、バレてしまうのではないでしょうか?」


 それにはティンクミリィも頷く。

 アクアリーネもティンクミリィも適齢期の令嬢なので、社交の集まりには適度に顔見せをしているからだ。


 その問いにリンダ夫人と側近ラナウェイが笑顔で答える。


「それは大丈夫よ。

 だってね、ドラゴン姉妹の住む国からメイクの特別講師を招いたから。

 化粧とウィッグ(かつら)とかで変装するから、バレたりしないわ。

 仕事内容はこちらであらかじめレクチャーするしね。

 あとはそうね、アクアリーネさんには下位貴族のマナーを学んで貰うわ。

 男爵令嬢と言う設定なので」


 問題ないと言う彼女リンダの雰囲気に呑まれるが、アクアリーネは内心動揺した。

「私、下位貴族のマナーをよく知りませんわ。

 どうしましょう?」


 下位貴族を馬鹿にしている訳ではなく、下位貴族と上位貴族とでは礼一つ取っても違いがあるのだ。


「そうなのよね。

 リンダもあまり詳しくないので、所作はティンクミリィさんにお願い致しましょう。

 良いかしら?」

「私は良いのですが? 

 アクアリーネ様はどうですか?」


「わ、私はティンクミリィ様が良いのなら、是非ご教授して頂きたいです。

 よろしくお願いします」

「ああ、ああ、そんな。頭をおあげください。

 アクアリーネ様ぁ(泣)」


「ふふふっ。あらごめんなさいね。

 でも何だか楽しくなりそうで、ついね」


 基本的に真面目なアクアリーネは、リンダの役に立ちたいと思い躊躇しない。


 彼女リンダは自分の才覚で自立した、アクアリーネの憧れる女性である。

 数年前はただの権力から退いた、余生を過ごす一般の夫人だった。

 それが今では彼女なくしては成立しない仕事が数多あり、その人柄から広い人間関係を築き、信頼から頼り頼られる者も多い。


 アクアリーネとは正反対の環境なのだ。



 そんな人物に近づきたいと思う小さな望みに、ティンクミリィは一瞬で気づいた。


(アクアリーネ様は、周囲からサム様が好きだと言われているけど、本当は違うと思うの。

 だって熱量が違うもの。

 愛とか恋とか甘さは微塵もなくて、なんかこう生きる為に砂漠で水を求めるような、そのくらい必死な感じ。

 でもリンダ夫人にはキラキラした眼差しをするから、嫌でもわかっちゃうの。

 ここは私が一肌脱いじゃうわ)


 なんてティンクミリィが考えていることを、全然気づいていないアクアリーネは、彼女に教えを乞うことになる。


 一度腹を括った彼女ティンクミリィは、もう遠慮していられないと思った。

 こうなったら、とことんやろうと誓う。


「ではアクアリーネ様は今から私の姉になりますから、リーネお姉さまと呼びますわ。

 リーネお姉さまは私のことをミリィと呼んで下さいね。

 あまり別の名前すぎると、他人に呼ばれても反応できませんから。

 良いですね?」


 突然の距離の近さに戸惑うアクアリーネだが、もう行くしかないと思い返事をした。

「ええ、それで良いですわ。

 ティンク…じゃなくて、ミリィ様」

「ミリィですわ。リーネお姉さま」

「は、はい。み、ミリィ」


「あらー。私がいろいろ考える前に、呼び方も決めてくれたのね。

 頼もしいわ。それでは、これからよろしくね」


「「はい。よろしくお願いします」」


 微笑むリンダに緊張して答える2人は、そんな感じで大まかな流れを確認していった。



 翌日。

 ビルネール・アクセランテ侯爵宛に、『アクアリーネを話し相手にしたいので、頻繁に招待することを了承して欲しい』とリンダより書簡が来た。


 アクアリーネに話を聞くと、以前の夜会で若者の流行りなどを語り合い、楽しんでいたようだと聞かされた。


「ふむ。あのリンダ夫人との伝手ができれば喜ばしいな。

 失礼のないように行くと良い」


 あっさり許可が出たことに、安堵するアクアリーネ。

「はい。心して行って参ります」



 反対に面白くない顔をする、異母妹のウォンディーヌとサリヤだ。


「流行りなら私達の方が詳しいですのに、みんな何でもかんでもアクアリーネと持て囃すのですから。

 リンダ夫人も大したことないですわね」

「本当にそうですわ、お姉様。また虐めてあげましょう」

「そうね、思い知らせてあげますわ」


 悪巧みをする2人に気づき、ゼスチャントは阻止しなければと意気込んだ。


「何か企んでるな、お姉様達。

 取りあえずベイルに相談しておこう。

 まずは外に出れば何とかなるから、彼の姉に羽織るものを借りておこうかな?」


 ゼスチャントは虐めの定番、服にイタズラすることを警戒していた。

 この家では2人の姉の力が強い。

 父が仕事中の使用人は、2人に逆らえないだろうから。



 そんな連絡が来たテュリンベイルの家では、リンダ夫人の仕事の詳細を聞いた姉達がハイタッチしていた。


「アクアリーネ様と姉妹なんて、羨ましいわ。

 でもでも、ミリィが妹なら、私達はアクアリーネ様のお姉さまでしょ? 尊いわ」

「ねえ、良いわねぇ。私もリーネって言いたい!」


「あんまり羽目をはずさないでよ、お姉様達。

 呆れられても知らないからね」

「分かってるわよ、ベイル」


「ここだけの喜びですよ」

「精一杯、リーネ様をお助けしますわ」


 最近は普通にテュリンベイルと会話が出来るようになり、姉達はその意味でもきっかけとなったアクアリーネに感謝していた。

(本当に女神様のようだわ。ありがとうございます)等々と。


 彼女達の両親には、内偵のことは秘密にしている。

 反対される可能性があるからだ。

 アクアリーネのように外出に制限もないので、取りあえず見きり発車することにしたのだ。


 そして姉弟の絆は深まっていく。



◇◇◇

 その後テュリンベイルにゼスチャントから連絡が入り、ゼスチャントの部屋にたくさんの女物のスカートと服と上着が届けられた。


「ちょっとベイル。いくら何でも送りすぎだって。

 怪しまれるだろ、もう!」


 一歩間違えると、女装趣味とか言われそうな状況。

 だがゼスチャントの懸念は当たり、服が全て濡らされる事態が起きた。

 その際ゼスチャントはアクアリーネの部屋に訪れ、テュリンベイルからだと言って、ティンクミリィの服を手渡す。


 まだゼスチャントが表だってテュリンベイルと友人で、彼の姉を紹介したことは打ち明けていない。

 アクアリーネへ渡した服には、ティンクミリィからのメッセージカードが付いていた。


『貴女の妹のことだから、きっと嫉妬して何かすんじゃないかと思って、弟宛にたくさん私の服を送っておいたの。

 新品じゃないから気軽に着てね。

 じゃあ、お互いに頑張りましょう!』


 カードを見て苦笑いのアクアリーネ。

 そしてゼスチャントとティンクミリィに繋がりがあると気づく。

 そうじゃなければ、大事な服を託せないだろうから。


「ありがとう、ゼスチャント。貴方は私の味方なのね」

「は、はい。いつでも僕はお姉様の味方です。

 お仕事頑張って下さい! あっ」


「ふふっ。お父様達には内緒でお願いね。

 頑張ってくるわ」

「ぐすん、はい、気をつけて、お姉様」


 ゼスチャントの安堵の涙を見て、自分に味方がいたことを知るアクアリーネ。

 彼女は可愛い味方を、義妹達に見つからないように部屋から送り出した。


 そして暫くはリンダ夫人の邸宅へ通い、男爵令嬢の振る舞いを学ぶことになる。


 時々はマリンの元に通い、父の望みであるサムの婚約者を目指している振りは続けるも、彼女にその気はすっかりとなくなっていた。

 偽りの恋文を書く気にもなれず、サムに近づくこともなくなったアクアリーネ。



 サムはどう思っているのだろうか?


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