第一章:平安京の影と孤高の陰陽師
平安の都、京の**羅生門(らしょうもん)**には、夜な夜な異形の者たちが集うという噂が囁かれていた。黄昏時ともなれば、門の外には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢き、人々の往来は途絶え、日中の賑わいが嘘のように寂としていた。
羅生門は、都の南端にそびえる巨大な門だ。朱塗りの柱は風雨に晒され、ところどころ色が剥げ落ち、その威容もどこか朽ちかけた寂寥を帯びていた。門の屋上には、いつからか人骨が打ち捨てられるようになり、その異様な光景は人々の恐怖をさらに煽っていた。夜には、門の闇の中から、低いうめき声や、鎖を引きずるような音が聞こえてくるという。旅人が門を通り過ぎようとすると、突如として背後から冷たい息がかかり、振り返れば、そこに首のない死体が立っていた、などという恐ろしい話もまことしやかに囁かれていた。道端には、身元不明の死体が転がっていることも稀ではなく、それらは瞬く間に食い荒らされ、翌朝には無残な姿を晒すばかりだった。
人々は、未だ衰えぬ怨霊や物の怪の跋扈に怯え、日が暮れると門を閉ざして家に閉じこもった。闇が京を覆うとき、薄闇の中に蠢く影は、人々の日常を静かに蝕んでいた。御所の寝殿造りの美しい庭園でさえ、夜には不気味な気配が漂い、公卿たちはその対策に頭を悩ませていた。
帝の御世は安泰とは言えず、不安の種が、日々膨らみつつあった。怨霊たちは、人々の妬みや恨みといった負の感情を糧に力を増し、その存在は次第に具体的な被害をもたらすようになっていた。旅人が道で命を落とされたり、高貴な姫君が突如として病に倒れたりする事件が頻発し、京の人々は目に見えぬ脅威に怯えきっていた。人々は、来る日も来る日も、神仏に祈りを捧げ、陰陽師に加持祈祷を依頼する日々だったが、怪異は一向に収まる気配を見せなかった。
時の帝は、この怪異の根源を断ち、都の平穏を取り戻すべく、絶大な力を持つ陰陽頭、**藤原宗継(ふじわらの むねつぐ)にその解決を命じた。宗継は、かの安倍晴明(あべのせいめい)**の血を引く若き天才陰陽師であった。その才は幼い頃より抜きん出ており、数々の怪異を解決に導いてきた。幼い頃から、人には見えぬものが見え、聞こえぬものが聞こえるという特異な体質ゆえに、彼は常に人とは一線を画す存在であった。彼の周囲からは、畏敬の念と共に、「人ならざるもの」「鬼子(おにご)」と囁かれる視線を感じていた。その声が彼の耳に届かないことはなかった。それが、宗継の心を深く閉ざす一因ともなっていた。彼の屋敷には滅多に人が訪れることはなく、彼の存在は、京の闇に浮かぶ、孤高の光のようだった。まるで、月光のように冷たく、近寄りがたい輝きを放っていた。
宗継は、その冷徹なまでの美貌と、感情を一切表に出さない振る舞いから、「氷の陰陽師」と畏れられていた。彼の瞳には常に深い孤独が宿っているように見えたが、誰もその真意を知る者はいなかった。彼が言葉少なであるのは、自身の内に秘めた激情と、誰にも理解されない宿命を、必死に隠そうとしているからであった。彼の言葉には常に必要最低限の事実しかなく、感情の揺らぎは微塵も感じられなかった。その姿は、まるで彫刻のように完璧で、同時に、手の届かない場所にある存在に見えた。
しかし、彼には人には言えぬ秘密があった。あまりにも強大な陰陽の力を宿しすぎたため、その力の一部を常に抑え込んでおかなければ、周囲に甚大な影響を及ぼす可能性があったのだ。宗継の内に秘められた力は、まるで荒ぶる神のように制御が難しく、少しの気の緩みが、予期せぬ事態を引き起こしかねなかった。彼の部屋からは、時折、奇妙な呪文のような声や、術の光が漏れ出すこともあった。それは、彼の祖先である安倍晴明が、人ならざるものとの間に宿した血の因縁であり、その力を制御するための「術」もまた、彼の血筋に代々受け継がれてきた秘儀であった。
その力を安定させ、完全に掌握するには、高貴な血筋を持つ女性との「契りの儀」、すなわち契約結婚が不可欠とされていた。それは、陰陽寮の深奥に秘された古文書に記された、宗継の血筋に代々伝わる宿命だった。この儀式は、単なる形式的なものではなく、宗継の霊的な波動と、相手の持つ清らかな霊気を共鳴させることで、彼の力を安定させるという、秘術に近いものだった。もし契りが不調に終われば、彼の力は暴走し、京全体を巻き込む大災害となるだろう。ゆえに、彼の契りの相手は、ただ高貴な血筋というだけでなく、宗継の荒ぶる霊力を受け止め、彼の魂と共鳴できる、特別な資質を持つ女性でなければならなかった。この儀式は、宗継の命そのものに関わる重要な儀式であり、失敗は許されなかった。
帝の命には絶対服従。宗継は、儀のための相手を探し始めていた。彼の周りには、常に目に見えぬ結界が張られているかのようで、誰も彼に近寄ることすらできなかった。宗継は、自分自身が持つ異質な力に、常に苦しめられていた。
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