第5話 担当上司と担当受付嬢
「リゲル・ワーリック!!」
ソファで規定書をめくっていた俺は、その怒鳴り声に飛び上がった。
振り返ると、壁みたいな肩幅のオッサンと、笑顔がやけに完璧な女性が立っていた。
案内されたのはギルド内の小さな個室。
「面接」って言葉が頭に浮かんで、なんとなく胃が重くなる。
「俺はグラント・アークフォート。この支部のセカンドマスターだ。今日からお前の担当になる」
短髪、黒髪、ムキムキの脳筋オーラがダダ漏れのおっさんが、偉そうに名乗ってきた。
「あー、どうも……」
「“あー、どうも”だと? 気の抜けた返事しやがって……!」
うわ、これは地雷引いたかも。ハズレ上司臭がすごい。
「いきなりそんなこと言ったら、リゲルさんが驚いちゃいますよ」
と、対照的にずっと笑顔を絶やさない女性が間に入る。
「ミレイ・カルステラです。本日から受付担当になります。よろしくお願いしますね」
にっこりと完璧な営業スマイルを見せるミレイさん。
こっちは当たり……っぽいな。
「リゲルです。えっと、無理のない範囲で頑張ります」
「“無理のない範囲”? そんな調子じゃ、Eランクから一生上がれんぞ」
うるせえなぁ……せっかくミレイさんで癒されたのに。
ランクアップに興味なんかないっつーの。
「はぁ、すみませんー」
とりあえず形だけ謝っておいた。
「まぁいい。業務説明に入る。まず、規定書は読んだか?」
「ざっくりとは」
「……」
グラントの眉がピクリと動いた。こっちの“ざっくり”が気に入らなかったらしい。不機嫌オーラが一気に上がる。
「お茶、入れますね」
ミレイさんが席を立って場を和ませてくれる。優しい…
「ランサーでは、S〜Eの六段階のランクが存在する。例外を除き、全員Eランクからのスタートだ。昇格には条件がある」
グラントが無骨に話を続ける。
「EからBランクまでは、ひとつ上のランクに相当するクエストを5件以上達成すれば昇格対象になる。
ただしAランク以上に上がるには、担当セカンドマスターと担当受付の推薦が必須だ」
つまり、こいつとミレイさんがその“推薦権”を持ってるってことか。
「昇格すると待遇も変わるんですか?」
「当然だ。基本報酬も上がるし、ギルド内での権限や利用施設も拡張される。
……つまり、成り上がりたいなら頑張れってこった」
うわ、完全に社畜構造だこれ。絶対やばい組織じゃん。
「行動は自由って書いてありましたけど、どこ行っても大丈夫なんですか?」
「構わん。ただし、月ごとのクエストノルマは必ずこなせ。クエストは自分で選べるが、必ず事前申請と報告は必要だ」
「遠征してる間の報告は?」
「“エミュレーター”で全部できる。受注・進捗報告・完了報告──全部な」
これか。
俺の心の中で“社畜ギルド”の疑惑が確信に変わる。
「ちなみにそれ、位置情報も追跡されてるんですよね? 休みの日ってどうやって外すんです?」
「エミュレーターを外せるのは、担当セカンドマスター──つまり俺だけだ」
さらっと恐ろしいことを言いやがった。
「……マジかよ。プライバシーとは……」
「心配するな。いちいちランサーの私生活まで監視するほど暇じゃない。
何かあったとき、位置が分からなければ救援も出せんからな」
「そういうことなんです。皆さんの命を守るためでもあるんですよ?」
ミレイさんが笑顔でお茶を置いてくれたけど……それが逆に怖いんだよな。
「休みはどうなってます?」
「ノルマをこなしていれば基本自由だ。ただし“特別クエスト”が発令されたときは強制参加となる」
強制か、 ブラック企業の特徴だ……。
「それと──Cランク以下のランサーは、月に一度、直接ここへ来て報告をする義務がある」
「面倒くさ……」
「何か言ったか?」
「いーえ、なーんにも」
怒鳴られるのは勘弁だ。
「質問はあるか?」
「あ、給料っていくらぐらいなんですか? あと、装備とかって支給されるんですか?」
「Eランクは月1,000セラが基本だ。あとはクエストに応じた追加報酬がある。
装備は原則自前だが、ギルドの備品も申請すれば使えるようになる」
1,000セラって……どのくらいなんだ。
「慎ましく暮らせば何とかなる」って顔してるけど、絶対ギリギリだろ。
「それでリゲルさん、いつからスタートされますか?」
考えてると、ミレイさんが口を開いた。
「今日はちょっと準備して、明日からにしようかと」
「分かりました。それでは明日からよろしくお願いしますね」
そう言って彼女がにこやかに手を差し出す。
笑顔がまぶしいな……天使かよ。
グラントのオッサンも、無言で手を差し出してきた。
しぶしぶ握手してやると──
「努力すれば、必ず報われる。何かあれば遠慮なく言え」
一瞬だけ、まともなことを言った気がした。
「……」
「分かったのか!?」
「はーい」
「まったく……大丈夫なのかコイツは……」
ぶつぶつ文句を言いながら部屋を出ていくグラント。
そのあとをミレイさんが静かに追い、俺も慌てて立ち上がった。
こうして俺は、ギルド・アルシオンの“ランサー”として、最悪な第一歩を踏み出したのだった。
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