第4話 ギルドアルシオン

占い師の館を出た俺たちは、しばらく黙って歩いていた。

わかったことといえば、俺は“英雄”ではないらしいということ。そして、真の英雄はどこか別の場所に存在しているかもしれないということ。それだけだ。

……つまり、何も進展はなかった。



「……」


「さっきから黙ってどうしたの?」


隣を歩くエルミナがふと問いかけてくる。



「いやー、結局よくわかんなかったなーって」


「あなたは、元の世界に戻りたいの?」


その質問には、少しだけ言葉に詰まった。

 ――そういえば、俺は帰りたいのか?


あっちの世界で俺は……



「うーん、そこまでかなー」


「家族は?」


「両親は早くに亡くなってて、一人暮らしだった。妹もいるけど、あんまり連絡取ってなかったし……特に帰りたいとは思わないな」


俺の言葉を聞いたエルミナは、ほんのわずかに安心したような笑みを浮かべた。



「……ねえ、お腹すかない? 何か食べましょう」


「おお、確かに腹減ったな。でも……」


「?」


「俺、金ない……」


「そんなこと、分かってるわよ。私が出すから」


「マジか! さっすがエルミナ!」


そんな冗談を言いながら、エルミナが選んだ飲食店に入る。

 店内は賑わっていたが、すぐに席へと案内された。

 席に着いて、ふと気づく。



──あれ? なんで俺、このメニュー読めるんだ?


文字が違うはずなのに、頭に意味がスッと入ってくる。うーん……まあ、いっか。



「それで、あなた。これからどうするの?」


メニューを見ながら考えていると、エルミナが尋ねてくる。



「え?」


「注文はもう済ませたわ。あなたは?」


「あ、すみません、同じやつで」


慌ててそう言って、彼女と同じメニューを頼む。



「……で、どうするの? 行くあてはあるの?」


「いや……考えてなかった」


「でしょうね。得意なことはあるの?」


「得意なこと?」


「そう。武器を作れるとか、料理とか、魔導書を書けるとか」


「……ない」


「でしょうね。だったらギルドがいいと思うわ」


ギルド。たしか、専門的な職に就いてない連中の多くがそこに所属してるって言ってたな。


「ギルドって、魔物倒すだけじゃないの?」


「違うわ。討伐、調査、研究、医療、いろんな部署があるのよ。自分に合った役割を選べるの」


「へぇ……」


「とりあえず行ってみましょう。食べ終わったら案内するわ」


「そうだな!異世界とはいえ、ニートはさすがにまずいしな!」


「にーとって何……?」



「ここがギルド・アルシオンよ」


食後、エルミナに連れられて来たのは、思った以上に立派な建物だった。外観からして、近代的な“会社”を思わせる。



「中に入れば受付が案内してくれるわ。……私はちょっと用事があるから、あとで行くわね」


「えー、来てくれないのか?」


思わず情けない声が出た。正直、知り合いゼロの場所に一人で飛び込むのは不安で仕方ない。



「……大丈夫よ、あなたなら」


そう言ってエルミナは小さく微笑んで立ち去った。


──不安だなあ。



「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」


「あのー……就職したいんですけど、インターンとかってあります?」


「……は?」


「え?」


なぜか受付嬢の眉がピクリと動いた。あれ、なんか変なこと言ったか俺?



「えーと……会員希望の方、ということでよろしいですか?」


「か、会員? ……あ、はい。そうです!」


言い方ひとつでこんなに警戒されるとは思わなかった。


どうやらこの世界では“会員”ってのが就職の意味らしい。文化の違いってやつか。



「では、希望の部署はございますか?」


「どんな部署があるんですか?」


そこから、受付嬢のトーンが明らかに一段階冷たくなった気がした。



「……まず適性検査を受けていただき、魔力属性を確認します。その後、登録となります」


「え、説明とか……」


「資料は後ほどお渡しします」


全然話聞いてくれない…え?部署選べるんじゃないの?


「こちらをどうぞ」


そう言って彼女が手渡してきたのは、ただの石ころのような物体だった。



「これ、なんですか?」


「魔力感応石です。ご自分の最も適正のある属性を判別するための石です。魔力を込めてください」


指示に従って魔力を流すと、石が黒く輝き始め──


「っ……」


まばゆい黒の閃光が一瞬走った。


石は静かに色を戻し、何事もなかったかのように沈黙したが……周囲の空気が、明らかに変わった。


「……あ、闇属性……ですね」


「闇属性ってなんかまずいの?」


「いえ……ちょっと、珍しいだけです。…はい…」


珍しい。まあ、なんか英雄も闇属性だったとか言ってたし、そこら辺と関係あるのか?



そうして俺は“リゲル・ワーリック”として登録された。

ワーカーホリックから取って、軽く皮肉を入れてみたが1mmも反応しなかった。まじで文化が違う…


「では、こちらの“エミュレーター”を装着してください」


渡されたのは、黒いブレスレットのようなデバイス。見た目はスタイリッシュでカッコいい。


左手首に装着すると、ほんの一瞬だけ紫色の光が走った。


「……それではこちらをお読みになってお待ちください」


受付嬢が持ってきたのは、分厚い資料の束だった。




あー重い…


俺は近くのソファで先ほど受け取った資料を読もうとしていた。


《セントラ・ギルド支部業務規定書》


──見るからに面倒くさそうな表紙。

 とりあえずパラパラとめくってみると、次々に出てくる“規則”の山。


部署:ランサー


業務:魔物討伐・捕獲・調査


・行動は基本自由


・ランク制度(E〜S)

・ノルマと報告義務

・担当上司と担当受付嬢がつくこと

・エミュレーターによる行動記録・位置把握機能


「……なんだよこれ……完全にブラックじゃねぇか……」


昇格条件は厳しめで、降格条件はやけに細かい。報告サボったら警告、口答えしたら査定マイナス。



「これ絶対ダメなやつだろ…政府は何してんだよ……」


これ絶対人手不足で部署勝手に決めただろ…


資料をバサッと閉じ、ソファに沈みながら天井を仰いだ。



──生活のために仕方ないとはいえ憂鬱だ。


最低限の仕事だけして、早く転職しよう。


今の俺には職を選ぶ権利すらないのか…

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