第6話 ルイの父親、去りし時

 ルイが去っていったあと、しばらくその場には沈黙が漂っていた。


 やがて住人たちも、ぽつぽつと散り始める。誰も大きくは言わないが、彼らのひそひそとした声が耳に残る。


 ――あの森、大丈夫なんだろうか。

 ――あの木、本当に味方なのか?


 聞き取れたのはそんな、森や大樹に対する不安の声だった。


 俺は、いてもたってもいられなかった。


 翼を広げ、風を巻き起こすと、空へと羽ばたいた。目指すは、エナの大樹。


 その太い枝、今は俺の寝床となっている場所に、ゆっくりと舞い降りた。


「なぁ、エナ……何を考えているんだよ? 俺に、何かできることがあるのか……教えてくれよ」


 俺は大樹に手を添え、額を押し当てる。冷たい樹皮に触れると、思わず目を閉じた。


 風が吹く音がする。葉が擦れ合い、さざ波のような音を立てる。森の奥では、どこかの獣が草を鳴らして歩いている。


 自然の音が静かに世界を包み込む。

 ――もしかしたら、この音の向こうに、エナの声が隠れているんじゃないか。


 そう思って、耳を澄まし、ただ静寂に身をゆだねていた。


 ……そのときだった。


 一瞬――意識がすっと遠のいた。


 暗闇の中に浮かぶあぶく

 それは夢の中で見た、あの光景と同じだった。

「ユウジン......」


 今、エナの声が聞こえた!?


「エナ! 俺だ! ユウジンだ! 頼む。どうして、大人の寿命が短いのか教えてくれ! どうしたら助けられるんだ!?」


 俺は何分も、何時間もそこにいて返事を待ったが、応えてはくれなかった。俺は胡座あぐらをかき、額を樹皮に押し当てたまま時を過ごしていた。


「ユウジン!」


突如自分を呼ぶ声に俺はのっそりと根本に居る声の主に顔を向けた。


「父さん......」


そこで仁王立ちしてこちらを見上げるのは俺の父さんだった。三年たち、他の大人と同様老化現象が加速した姿をしている。体毛は白髪だが、まだ健康な六十代半ばほどだ。父さんは背筋を伸ばして声をかけてきた。


「ユウジン! こちらに降りてきて話そう!」


きっと、父さんもさっきの現場を目の当たりにしたのだろう。それで俺のことを探していたのか? 俺は重たい腰を立たせて、一直線に根元まで降り立った。


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