第34話『仕組まれた偶然』
第34話『仕組まれた偶然』
久方さんの言葉は、信吾の胸に重くのしかかっていた。
「ここは、あなた達が考えているやさしい世界じゃないんです」
その余韻がまだ残る中で、信吾の頭には別の疑念が渦を巻きはじめていた。
信吾の頭の中に、久方さんの言葉が反響する。
ゴンちゃんのことを語るときだけ、「私達」と言っていることも頭の片隅に引っかかった。
さらに気になることがもう一つあった。
(カート…? あのとき、確かにぼくたちが回転寿司に行った時にはまだカートなんてなかった。でも、なんで急にカートの話が出てくるんだ…?)
疑問と不安が混ざり合い、胸の奥がざわつく。
信吾の視線が久方さんに釘付けになる中、背後から足音が近づいてきた。
低く、慎重な音。誰かがこちらに向かってくる。
信吾は息をひそめ、久方さんの視線もその音に反応して少し鋭くなる。
深夜のエントランスには、張り詰めた空気が漂った。
姿を現したのはごつい体格。鋭い目つき。無精髭に、古びた作業着。
薄暗い中でも信吾にはその人が誰かすぐに分かった。
——赤荻さんだった。
柱の影から現れたその姿に、信吾は心臓を大きく打たせた。
安堵と驚きが入り混じる。だが声をかけようとした瞬間、赤荻さんの方が先に口を開いた。
「……かなえ、ここにいたのか。探したぞ」
信吾は思わず目を見張る。
久方さんは気まずそうに肩をすくめ、小さな声で答えた。
「おじいちゃん、ごめんね。ちょっと面倒なことになっちゃって」
赤荻さんの視線が柱の影に隠れていた信吾を捉える。
驚きがその顔をよぎった。
「……山之内? なんでお前がここに……」
「おじいちゃん……」
久方さんが小さな声でそう呼んだ瞬間、信吾は息をのむ。
(おじいちゃん? 久方さんと赤荻さんが……家族?)
その言葉を聞いて、信吾の頭の中でこれまでの出来事が一気に繋がりはじめた。
あのとき、ゴンちゃんと初めて会った瞬間、赤荻さんは一瞬も迷わずに受け入れてくれた。
何の説明もなく、ぼくたちの行動やゴンちゃんの習性をすべて理解しているかのように、自然な対応をしてくれた。
さらに思い返すと、何も言っていないのに、ぼくたちが必要としていたものが次々と用意されていた。
ゴンちゃんのための小屋も、移動用のカートも、まるで最初からそこにあったかのように整えられていた。
その時はただ「ラッキーだったな」と思っていたけれど、今ならその意味が分かる――全てが、ぼくたちの行動を先回りして導かれていたのだと。
それはただの偶然ではない。
全てが“予定調和”のように思えていたのは——。
久方さんと信吾の様子を見比べ、赤荻さんは短く息を吐く。
「ああ、そういうことか……坊のことか」
あきらめたように、低くつぶやいた。
「だからその呼び方やめてって言ってるでしょ?」久方さんが眉をひそめる。
「“坊”って真竜の幼名でしょ? 私、その呼び方、バカにされてるみたいで好きじゃないの」
信吾は目を見開いた。(真竜の……幼名?)
赤荻さんは片手を上げて「悪かった」と軽く謝ると、久方さんから視線を外し、信吾の方を見た。
「……すいません」信吾はおそるおそる声をかける。
「いろいろ聞きたいことはあるんですけど、とりあえず……聞いてもいいですか?」
「何だ」
赤荻さんの声は低くも、拒絶の響きはなかった。
「その……赤荻さんが作ってくれたカートのことなんですけど。あれって、何か細工してあるんですか?」
赤荻さんはためらわずに答える。
「あぁ、発信機と盗聴器が付いてる。だから“どこで何をしてるか”分かるようになってる」
「あぁ……やっぱり……ですよね……」
信吾は苦笑に似た顔を浮かべ、胸のざわめきが現実味を帯びるのを感じた。
それでも、もう一歩踏み込むように問いかける。
「久方さんに聞いたんですけど……ゴンちゃんが“守り神”って本当なんですか? それに、あなた達は一体何者なんですか?」
赤荻さんは信吾をじっと見据え、短く答えた。
「あぁ、坊――いや、真竜は守り神だ。だが全部話すにはまだ早えな」
言葉を切り、低く重い声を響かせる。
「だが一つだけ言っとく。俺たちは敵じゃねぇ」
赤荻さんの声は、深夜のエントランスに重く沈んでいった。
——信吾の胸には、新たな疑問と確信が同時に芽生えていた。
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