第33話 『ここはあなた達が考えているやさしい世界じゃないんです。』

第33話 『ここはあなた達が考えているやさしい世界じゃないんです。』


深夜。

信吾の部屋に突然現れた虎之介が、古びた一冊のノートを咥えてきた。

中を開くと、かつて美沙が拾った卵とよく似た写真が挟まれている。


信吾が息をのんだその瞬間、背後から声が響いた。


「そのノート、探してたんです」


振り返ると、そこには久方さんの姿。

胸騒ぎを覚えた信吾の前で、虎之介は「役目は果たした」と言うように尻尾を振り、暗闇に溶けて消えていった。


「久方さん、なんでここに?」

信吾が問いかける。


「帰ったら、虎之介がいきなり部屋に入ってきて…そのノートを咥えて持って行っちゃって。探してたんです。信吾さんこそ、どうしてここに?」


信吾はノートを差し出し、挟まれた写真を見せる。

「久方さん、この写真を持ってるのはどうしてですか? ゴンちゃんが卵の時は、まだ会ってないはずですよね」


一瞬、久方さんの表情が固まった。だが、すぐに苦笑する。

「…あぁ、それ、見ちゃいました? 実はゼミのテーマで卵を色々調べてて。ゴンちゃんの卵も、こんな感じだったんですか?」

――とぼけている。


信吾は静かに首を振った。

「久方さん、もうやめてください。虎之介がここまでして持ってきてくれたノートなんです。これを調べればきっとすぐに分かりますよ。これがゴンちゃんの写真だって」


久方さんは小さく息を吐き、仕方ないと言った様子で答えた。

「……そうです。その写真は、ゴンちゃんのものです」


「やっぱり。じゃあ、久方さんは何者なんですか? ゴンちゃんの卵のことをどうして知ってるんです?

それに、美沙さんが見たっていう輸送車の人って?」


久方さんは少し驚いた顔を見せ、口元を緩めた。

「…美沙さん、意外とちゃんと見てたんですね。ただの明るい人かと思ってました」


信吾の声に力がこもる。

「じゃあ、やっぱり久方さんはゴンちゃんを盗もうとしていた――悪の秘密結社の…!」


「秘密結社?」

久方さんは呆れたように目を瞬かせ、苦笑した。

「男の人って、本当にそういうの好きですよね。悪の秘密結社とか、闇の組織とか」


「え、違うんですか?」

信吾は拍子抜けする。


「でも、ずっと監視してましたよね。ゴンちゃんを奪うチャンスを狙ってたんじゃ…」


久方さんは「何を言ってるんですか」という表情を浮かべ、静かに告げた。

「私は、信吾さんたちに注意を促していたんです。――真竜を守るために」


「真竜?」

信吾の眉がひそむ。


久方さんは真剣な目を向けた。

「そう。信吾さんが言うゴンちゃんは特別な存在なんです」


信吾は息を呑んだ。

驚き、疑問、恐怖――頭が一気にかき乱される。


(真竜って何だ? どうやってぼくらの行動を把握してた? そもそも久方さんはゴンちゃんの何なんだ?)


混乱に飲まれながら、信吾は必死に言葉を絞り出す。

「久方さん、状況が全く分からないです。順を追って説明してもらえますか?」


久方さんは少しだけ表情を和らげた。

「別に、信吾さんが理解する必要はないんです。ただ…私の言動も軽率でした。だから少しだけ教えます。


今、あなた達と一緒に住んでいるのは――真竜。特別な使命を持つ存在。

……まぁ、一言で言えば『守り神』ですね」


「守り神? あのゴンちゃんが…?」

信吾は呆然とつぶやく。


「はい。だから私達は守らないといけないんです」


「じゃあ、久方さんは…ゴンちゃんの何なんですか?」


「……守護者っていうんですかね」

久方さんの口調は淡々としていた。


「守護者……?」

信吾は繰り返し、混乱を深めるばかりだった。

言葉の意味を考えようとしても、霧の中を手探りしているようで何も掴めない。

結局、次の疑問が口をついて出た。


「ゴンちゃんはどこから来たんですか?」

信吾の問いに、久方さんは小さく首を振った。

「それは私から言えないです。卵が見つかる場所が決まってるわけじゃないし」


「じゃあ、どうしてぼくらの行動を把握してるんですか?」


久方さんは静かに答えた。

「だから言ったでしょ。私達には真竜を見守る義務があるんです」


そして、少しだけ声を強めた。

「あと、一言言わせてもらってもいいですか。真竜を外に連れ出すなんて、あり得ないんです。

回転寿司に行ったり、他人のお見舞いに連れ出したり、挙句には白昼の公園で滑り台の上に乗せたり。

もし人に見つかって騒ぎになったらどうするつもりだったんですか。


しかも、回転寿司の時なんてカートも無かったし、急に出掛けていくから本当に焦りましたよ」


久方さんは一拍置き、真剣な目を向ける。

「……ここは、あなた達が考えているやさしい世界じゃないんです」


信吾は言葉を失った。

胸の奥に重く沈んでいく不安と、久方さんの言葉の意味。

それは、これまで暮らしていた世界を揺るがすものだった。



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