第2話 前編『ゴンちゃん、お風呂で炎上する』第2話 後編『ゴンちゃん、魚を食べる?』
第2話(前編)『ゴンちゃん、お風呂で炎上する』
ゴンちゃんがうちに来て、2週間が経った。
最初こそ「なんだこの爬虫類!?」とか「火吹いた!? 消防法どうなってるの!?」とか色々と混乱はあったけど、いまやすっかり我が家の一員である。
朝起きたら足元で寝てて、夜になるとクッションにくるまって眠る。よく食べてよく寝て、火は吹くけどおおむね良い子。
――ただ、ひとつ、見て見ぬふりをしてきたことがあった。
それは。
「ねえ、ゴンちゃん……ちょっと、匂わない?」
姉の美沙が、テレビのリモコンをいじりながら言った。
「……まあ、正直なところ、ちょっとこう……生き物のにおいがするよね」
最初の頃は赤ちゃんだったし、そんなに動き回らなかった。でも最近のゴンちゃんは、部屋の中をぴょんぴょん跳ねたり、飛びかけて壁にぶつかったり、ソファの下に潜り込んだり。
汗をかくわけじゃないけど、皮膚や羽に汚れは溜まっていく。
「ということで、今日は……!」
姉がババーンと宣言した。
「ゴンちゃん、お風呂ターイム!!」
その言葉に、ゴンちゃんがびくりと身体を震わせた。
「きゅ?」
なんとなく、嫌な予感を察知したらしい。動物って、こういう勘は鋭い。
しかしもう遅い。
ぼくたちは、ゴンちゃんを洗う準備を始めた。
ペット用のぬるま湯、獣毛にも使える低刺激シャンプー、あと、うちの風呂場にはミニプールみたいなタライも置いてある。これは前に姉が「夏に足湯パーティしよう」とか言って買った謎グッズだったが、今日こそ真の用途が判明した。
「いくよー、ゴンちゃん! 湯加減チェックオーケー!」
「きゅー!」
反射的に飛んで逃げようとしたが、姉の素早い腕でキャッチ。
「わー! ちょ、やめ……ひゃん!? あっつ!?」
思いっきり腕の上でゴンちゃんが“熱”を発動し、姉の袖がじんわり焦げた。
「こら! 風呂前の火気は禁止でしょ!」
「きゅう……」
叱られてしょんぼりするゴンちゃん。だが、火はその場でストップ。
ゴンちゃんは、ゆっくりとタライの中へと入れられていく。
最初はバシャバシャと羽をばたつかせていたけど、ぬるま湯の感触が心地よかったのか、だんだんと落ち着いていった。
「……あ、なんか、ふわふわになってきた」
姉が笑いながら、羽の下を丁寧に洗っていく。
ウロコのすき間にも泡が立ち、ゴンちゃんは半分うっとりしたような表情で「きゅ〜」と鳴いた。
――それはそれは、平和な時間だった。
事件が起きるまでは。
「さあ、仕上げにシャワーで泡流そうねー」
姉がシャワーのスイッチをひねった、その瞬間。
ゴンちゃんの目が、カッと見開かれた。
「きゅっ!!」
ドゴォッ!!
何かが爆ぜたような音がして、風呂場の壁が黒く煤けた。
「ぎゃあああああ!!」
姉が叫ぶ。ぼくがバケツをかぶる。ゴンちゃんが湯船から飛び出し、天井に頭をぶつけてから床に落ちた。
――そう、やってしまったのだ。
泡まみれの状態で火を吹くという、最悪の行為を。
「ちょ、ちょっと! ゴンちゃん!? なんで今なの!?」
「きゅー……(パニック)」
風呂場は一瞬で蒸気と煙に包まれ、火災報知器が鳴る寸前。シャワーのお湯もとっくに止まっているのに、まだほんのり床が熱い。
「火禁止って言ったでしょ!? 何回目よ!」
「きゅ……」
小さく反省ポーズを決めるゴンちゃん。
でもまあ、火傷もなく、タイルも割れてなくて、本当に運がよかったと思う。
なんだかんだで風呂タイムは終了し、体をタオルで包んで乾かす。ゴンちゃんはふわふわで、ちょっと焦げくさい。
「……火力さえなければ、天使なんだけどね」
「ね、ほんとそれ」
その日の夜、ぼくはソファでゴンちゃんを膝にのせて、ドライヤーの冷風を当てていた。耳の裏がまだ湿っていたので、そこを丁寧にふいてやると、ゴンちゃんはまた「きゅ〜……」と満足げな声を出す。
そしてそのまま、すやすやと寝た。
「……かわいいなあ」
ぼくがぼそっとつぶやくと、隣から姉の声がした。
「だろ? あたし、拾った時から『これは育て甲斐あるぞ』って思ってたんだよねー」
何そのフラグ回収。
「でも、まあ……お風呂に入れてよかったよ。意外と、羽の中汚れてたし」
「うん、あとやっぱ匂いも変わった。良い意味で」
我が家の2DKは、今日もちょっと焦げた匂いがするけれど、それもまた一興だ。
ソファの上で寝息をたてるゴンちゃんを見ながら、ぼくはふと、思った。
この生活、なんだかんだで悪くない。
ペット可物件、ばんざい。
――ただし、「火気厳禁」の張り紙は、冷蔵庫に追加された。
第2話(後編)『ゴンちゃん、魚を食べる?』
その日、ぼくと姉とゴンちゃんは、リビングでいつもどおりまったりしていた。
最近のゴンちゃんは、お風呂炎上事件をきっかけに、火を吹く頻度も減り、ちょっとだけ成長したように思える。ティッシュの山を焼いたり、風呂の蒸気で興奮して天井を焦がしたりしていたあの日々は、今はもう過去の思い出……になっていてほしい。
「ねえ信吾。今日の晩ごはん、魚にしない?」
ソファでゴロゴロしていた姉が、急に言い出した。
「魚? いいけど。ゴンちゃん、魚って食べられるのかな」
ぼくは床に寝そべるゴンちゃんを見た。彼は尻尾でクッションを抱えたまま、ぐでーっと伸びきっている。まるで昼寝中の猫。
「火を吹くし、肉食だし……爬虫類系の見た目してるけど、魚介はどうなんだろ」
「でもほら、ドラゴンって海にいるイメージもあるじゃん。水属性とか」
「その理論なら、氷属性もいるだろ……」
とはいえ試してみる価値はある。何事も経験だ。
その日の夕方。
ぼくたちは近所のスーパーで、生サバとサンマを買って帰った。小骨の少なそうな切り身もいくつか。
「はいはーい、ゴンちゃんディナーの準備ですよー!」
姉はゴンちゃん用の皿(元はペット用フード皿)を並べながら楽しげに鼻歌を歌っている。なんか最近、ゴンちゃんが完全に我が子扱いされてる気がする。
まずは焼き魚でいこう、ということになった。
ぼくがフライパンで軽く両面を焼き、骨を取り除いて小さく切る。
「……見た目は完全に猫まんまですね」
「猫じゃないもんね。ドラゴンまんま?」
キッチンから戻ると、ゴンちゃんはすでに皿の前でスタンバイしていた。焼き魚の香りが部屋に充満していて、彼の鼻先がぴくぴく動いている。
「……興味はあるっぽいな」
「じゃあ、いただきまーす!」
姉が声をかけると、ゴンちゃんはぺこっと頭を下げた。
「え、今のお辞儀!? ゴンちゃん、教育されてる……」
そして、ひと口。
パクッ。
ごくん。
「…………」
ゴンちゃんは無言で見つめてくる。
次の瞬間――
「きゅうう〜っ」
皿に顔を突っ込んだ。
「うわ、めっちゃ気に入った!」
まさかの爆食である。
それからというもの、ゴンちゃんの魚ブームが始まった。
朝は肉、昼はドライフード(ドラゴン対応としてカスタムした特製ブレンド)、夜は魚。
中でも焼きサバが大のお気に入りらしく、冷蔵庫を開ける音がすると「きゅいっ」と鳴いて飛んでくるようになった。
「……これ、食費増えてない?」
「うん。でも見て、ほっぺたぷくぷくになってない? 幸せ太りってやつだよ」
ある日、調子に乗ってサンマを塩焼きにしたら、ゴンちゃんは少し顔をしかめていた。塩はどうやら苦手らしい。
「なるほど……ゴンちゃんは素材の味を楽しむ派か」
「将来グルメ番組とか出られるかも」
そのうち、姉は“ゴンちゃん用レシピノート”を作り始めた。
表紙には「きゅいっ★クッキング」と手書きされている。
内容は、「焼き魚:サバ(◎)」「サンマ(○)」「塩分NG」「骨注意」といった観察記録とともに、食後の反応がかわいくイラストで描かれていた。
――そうして、今日も平和な2DKに、ゴンちゃんの満足げな寝息が響いている。
テレビでは旅番組。ソファの上で姉はゴンちゃんを抱っこして、「ねえ信吾、次はお寿司行こうよ」なんて笑っている。
「……いや、それはさすがにまだ早くない?」
「ゴンちゃん、回転寿司好きそうじゃない?」
ぼくはちょっと考えてから、うーんと唸った。
「じゃあまずは……刺身から、かな」
姉とゴンちゃんが同時に「やったー!」って顔をしている。
――いつの間にか、ぼくの生活はドラゴン中心に回り始めていた。
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