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陽茉里は自分の台詞を誤魔化すでも冗談にするでもなかった。
「とにかくいろいろ調べてみた方がいいよ。うちの塾以外になにか蒼大向きのとこあるかもしれないし。」
さらりと、彼女はそう言葉を接いだ。
「そうだな。そうする。」
蒼大も普段通りの口調でそう応じた。そしてふたりがいつも通りの会話を交わしながら校門のところへ歩いていくと、そこに私服姿の男が一人、立っているのに気が付いた。
「……恭弥?」
見慣れた水色のシャツ。後姿でもすぐに分かった。
「誰?」
「……家庭教師。」
幼馴染、とは、口にできなかった。理由は分からない。ただ、なんとなくはばかられて。思わず足を止めた蒼大を、肩越しに振りかえった恭弥の視線が捉えた。そして彼は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
立ち尽くしたまま、なにもできずにいる蒼大の腕を、陽茉里の華奢な左手が掴んだ。
「あのひと、顔に険がある。……怖いみたい。大丈夫?」
やっぱり彼女は鋭いな、と、蒼大はいっそ感心してしまう。ずっと彼だけ見てきたから、分かる。確かにあの表情には険がある。なにか、あったのだ。なにか、涼音との間に。けれどそれでどうして、蒼大の高校までやって来て校門に立っているのかがまるで分らない。
「……大丈夫。」
半分くらい、嘘だった。大丈夫かなんて分からない。でも、恭弥は根本のところでやさしい。蒼大を本気で傷つけてはこない。そんなふうに、信じてもいた。
「ほんと?」
きつく蒼大の腕を掴む彼女に、蒼大は軽く笑って見せた。
「ほんと。」
答えたと同時に、恭弥が陽茉里に掴まれていないほうの蒼大の腕を掴んで引いた。
「お前、おんないたのな。」
ごくひそめられた声は、陽茉里にも聞こえなかっただろう。蒼大はどうしていいのか分からず、曖昧に首を振った。どう答えるのがこの場で正解なのか、どう答えれば目の前の男を傷つけずに済むのか、全然分からなかった。
人生の初心者。
陽茉里の言うことは真実だな、と、蒼大は深く息を吐き、自分を落ち着かせた。
「ごめん、陽茉里。ちょっとこのひとに用事あるから。また明日な。」
陽茉里は心配そうな顔で蒼大を見ていたけれど、小さく頷くと、何度か振り向きながらも校門を出て、駅の方へと歩き出した。取り残される形になった蒼大は、なんとか落ち着いた心臓の鼓動を確かめるみたいに胸に軽く手を当て、恭弥に向き直った。
「なに? どうしたんだよ?」
なるべくそっけない声を出したつもりだったけれど、上手くいった自信はない。声だけでも自分がこの男に擦り寄り、この男への好意が校庭にいる学生たち全員に知られてしまうのではないかと、そんな荒唐無稽な心配がむくむくと湧いてきて拭えなかった。
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