蒼大

 「今日も暑いねぇ。」

 「暑すぎ。なんか冷たいもん摂取して帰ろうぜ。」

 「マックシェイクかなぁ。」

 「いいな。マック行くか。」

 「行こう行こう。」

 その日も蒼大は陽茉里と二人で放課後の教室を出、ひとごみの廊下を抜け、脅威的な太陽が照りつける校庭へ出た。陽茉里は長い髪を涼しげなポニーテイルに結い、制服のワイシャツの袖をまくりあげていたけれど、それでも項にうっすら汗をかいていた。蒼大はそれを見下ろしながら、おんなは汗もなんとなく甘い匂いがするからいいよな、と、ぼんやり思っていた。

 「蒼大、夏期講習どうなったの?」

 「親に話したら、めっちゃ喜ばれた。」

 「なにそれめっちゃ心配されてんじゃん。」

 けらけらと、白い顎をのけぞらせて陽茉里が笑う。

 「陽茉里と同じ講座受ければいいのか?」

 「蒼大それでついてこれんの?」

 「たしかに。」

 「たしかにじゃないでしょ。」

 また、陽茉里が鮮やかに笑う。蒼大は夏の太陽すら跳ね返すような彼女の姿を見て、やっぱりおんなっていいな、と思う。今日は、家庭教師の日ではない。あと二日したら、恭弥が部屋にやってくる。

 お前、俺とやりたいの。

 恭弥の声が、耳にくっきりと甦る。最終的に恭弥は、俺が悪かったといって、蒼大の肩を叩いた。もしもあのとき素直に、やりたい、と答えたら、どうなっていたんだろう。そんなことを、怖いもの見たさみたいに考えてしまう。どうなるもなにも、その場で家庭教師はおしまい、二度と会うこともなくなるのだとはっきり分かってはいるけれど、それでも、万が一があったのではないかと思ってしまう自分もいる。妙に思いつめた目をしていた恭弥。あの日なら、万が一が。

 「蒼大?」

 なぁに、黙っちゃって、と、陽茉里が蒼大の顔を覗き込んだ。蒼大はなんとか笑みを作り、なんでもない、夏期講習どうしようかなって、と、答えた。

 「マックで調べてみる? うちの塾にも初心者コース? みたいのあったと思うよ。」

 「俺って、なんの初心者なの?」

 「まじで人生。」

 笑えなかった。陽茉里も笑っていなかった。もしかしたら彼女は、うっすら蒼大の隠しごとに気が付いているのではないかと思った。

 もっと、怖いと思っていた。自分の性的な指向が誰かにばれることは。けれど、相手が陽茉里なら、そう怖くはなかった。ただ、ああ、ばれているのかもな、と、思っただけだ。

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