第10話 惚気話

 僕の住んでる街の話をしようと思う。

 王都から南東方向、この国の外縁部。シゼンレリアル・レヌウラータ(父様)が守護する街の名を、ラージル。竜を退けた街ラージルと言う。


 何故そんな風に言われているのかというと、この街を横断している大通りにある。この街は盆地にあり、周りをぐるっと山に囲まれていた。いた……過去形である。今から200年ほど昔、何の気まぐれかこの街をドラゴンが襲った。


 ドラゴン。この世界の最強種、空飛ぶ糞トカゲ。生まれた瞬間から魔力を操るがゆえに強大な力を有し、その魔力を一点に集中し口から放出するブレスの破壊力は想像を絶する。

 200年前にそのブレスは山越しにこの街を襲い、山を貫通し、街を破壊して、そのままもう一つ山を貫通させた。上空から見るとθみたいになっている。今ではそのブレス後を大通りとして整備し、どうしてか生き残ったこの街は竜を退けたなんて歌っている。


 で、僕の家は、どこからモンスターの襲撃があってもすぐに確認できるよう山の中腹に建っている。前世の貴族の様に、領主として街を治めているわけではないので街の中心地からはだいぶ離れている。

 そして父様の勤務地はドラゴンのブレスによってモンスター生息地と接するようになった南側に広がる森と街を隔てる砦であり、毎朝わが家のグリフォンで砦に通っている。

 つまり、魔法について調べるのなら今だということ!


 父様の魔法を見せてもらった翌日。魔法についてあれやこれや考えを巡らせていたら連日の寝不足でシアヌにめっ! とお叱りをもらってしまった。子供の体は興奮したらなかなか収まらないのだ。

 それというのも、父様に子供らしく興奮してますという体で魔法のことを聞こうとしたが、すべて躱されてしまったのが原因だろう。ぬぬぬ父様めっ!

 子供のことを正しく考えての行動なので攻めるべきではないのだろうが、うるせーーー僕は今魔法のことが知りてーんだーーーーーー!!!!!!! というのが僕の心情である。


 寝不足気味のちょっと怪しい脳みそで気がついた、母様に聞こう! さすがに僕が何を聞きたいのかはバレているだろうから直接魔法のことを聞くことはできないが、やりようはあるっ!


「え? カイトの話を聞かせてほしいの?」


 善は急げと母様と姉さまがティータイムしている中庭に突撃した。


「えうぇ、そうにゃのですぅ!(ええ、そうなのですっ!)」


 呂律が怪しくなっているが僕は健全な5歳児なので、酔っぱらっているわけではなく、姉さまにつかまって頬ずりされているだけである。振りほどこうと頑張ってみたがうまいこといなされてお手上げである。好きにしろい!


「そうね~」


 こっちをちらりと流し目でニヤニヤ見てくる母様。あからさまにあやしまれているがすっとぼけて続けよう。


「ほりゃ、ねえしゃまがかたにゃどょうしておしゃめてるのってぇいっでぅえたじゃにゃいでしゅか。そのとゅをき、かあひゃまぎゃすぎょい、きぇんまきゅでどにゃったって、にゃんでどにゃったのですきゃ。(ほら、姉さまが刀どうして納めてるのって言ってたじゃないですか。その時、母様が凄い剣幕で怒鳴ったって、なんで怒鳴ったのですか?)」


 姉さまもすっとぼけて頬ずり続けてます。僕ら兄弟って似てるのかもですね? 勘弁してくれません? 無理ですか? そうですか。


「そうね……ま、いいでしょ!」


 普段惚気話なんてできないだろうからね! 今回ばかりはじっくり聞きますよ!


「あれは母様が騎士学校に通っていたころの話ね……私たちは実地訓練でダンジョンに挑戦していたの」

「だゃんじょん……(ダンジョン……)」


 そういえばゲームでもあったなダンジョン探索……まあRPG的にはお約束ともいえる展開だしな。学園の実習で潜るダンジョンと言えば、入るたびに構造の変わるインスタントダンジョンだったと記憶しているが……ここだとどうなっているんだろ?


「予定では3日かけて地下1階から10階を往復するというものよ。それほど大きくないダンジョンだし、早ければ2日で帰ってこられるという話だったの」

「父様と一緒に潜ったのですか?」


 姉さまも話が気になるのか頬ずりが止まったな、良いことだ。


「いいえ、違うわ。カイトは別の班だったの。あの時私はカイトのことをよその国から来た、何を考えてるのかよくわからない男の子って思っていたしね」

「父さまのこと最初から好きじゃなかったの~? 運命だった~って母さまよく言ってるよね?」

「うふふ、落ち着いてちょうだい。いいところはこれからなんだから! 私たちは順調なペースで潜っていたわ。1日目で10階そうまで到着して、2日目地上に戻ろうって時に問題が起きたの……」


 そう言いながらこちらを見てくる母様。溜めるじゃん……さてはこの話けっこうし慣れてるな。


「その階層では本来現れないモンスターが現れたの。それは巨大なミノタウロスだったわ。勝てないと悟った私たちはその場からすぐに逃げ出したわ。でも引率してくれていた先輩が逃げる途中に負傷してしまったの。私たちのために無茶させてしまったからね……」


「それで、母様はどうしたの?」


「何とか隠れられる場所を見つけて、ひと息ついたのもつかの間、私たちは決断を迫られたわ……先輩の傷が深くこのままではもたない。ずっと隠れて先輩を見殺しにして、救援を待つか、ミノタウロに見つからないことを祈りながら、地上を目指すか……」


「ほかの班の人を見つけて一緒に戦おうとは思わなかったのですか?」


「私たち生徒は、ほかの班に異常事態を知らせる警報をならす魔道具を持っていたの。それが鳴ったら速やかに地上に帰還するように言われていたから、周りには誰もいないと思っていたし、引率の先輩が負傷したのを見ていたから、ほかの生徒がいても犠牲者が増えるだけだと思っていたわね」


「なるほど……それで母様たちはどうしたのですか?」


「私たちは、地上を目指すことにしたわ。このまま先輩を見殺しにして私たちは貴族と名乗れるの!? なんてみんなを焚きつけて。今思い返せば本当に無謀な選択をしたわ」

「お~母さまかっこいい~!」

「もうシオン、絶対にマネしちゃだめよ。私は本当に運がよかったの」


 本当にそう思う。僕なら見捨てるな……


「地上への道を私たちは進んだ……でも悪いことは続くものよね、地上につながる階段の前でミノタウロスが陣取っていたの。あいつは私たちが地上を目指すことを理解していたのよ」

「絶体絶命のピンチですね……」


 本当よく生き残ったな?


「私たちは絶望したわ。それでも、私はみんなを焚きつけた責任がある。全員の心が折れて前に進めなくなる前に、私が囮になると言って飛び出したわ」


 無茶しすぎ!


「言っていることは勇ましいけれど、私は彼らの非難を受けたくなかっただけ……ただの逃避。2人はそんなことしちゃだめよっ!」

「「はい母様(母さま)」」

「それで、父さまはいつになったら出てくるの?」

「ふふっ、せっかちね、あともうちょっと。私は全力で戦った。それが何分だったのかよく覚えていないわ。疲れから集中力が切れたとき、私は気がついてしまったの」


「何にですか?」

「逃がそうとしていた班員たちがまだその場にいたことに」

「それはっ……」


 きついな。ビビったのか、一人置いて逃げ出すことに気後れしたのか……いても役に立たないのなら逃げればいいだろうに。


「私の足から力が抜けたわ、ミノタウロスがゆっくりと迫ってくる……もう全て諦めかけたとき、カイトが現れたの!」


 だよね。そうじゃなきゃ僕らはいないわけだし。


「ミノタウロスを斬りつけたカイトが私の隣に立ってなんて言ったと思う? 突然「1分もたせろ」なんて言ってくるのよ。最初は無事か? とか言うものじゃない? そしたらなんだか私も怒っちゃって、「そのくらい余裕よ!」なんて言って~」


 ま~ニマニマしちゃって……


「それで私が持たせて、カイトの紫電変雷でとどめを刺したってわけ。緊張が切れた私は、なんだかムカってしちゃって」

「なんでです?」

「悔しかったのよ。あんなにすごい魔法見たの初めてだったし、それに感情の行き場がなくて八つ当たりしちゃったの。そしたら今度はカイトが倒れるし」


「え? 父様倒れたんですか!? あ、言ってた薬のせいですか?」

「え、薬? ああ違う違う、単純に魔力切れよ。それに私が思っているよりカイトも余裕があったわけじゃなくて、魔法がちゃんと発動するか賭けだったみたいなの。打てなければ死ぬと覚悟を決めて撃っていたものだったのよ」

「ほへーすごいですね父様!」


 薬は必須条件じゃないのか……それに1分。昨日見た父様の魔法はそこまでの時間はかかっていなかった。つまり訓練なんかで発動時間は短縮できるわけだ。にしても薬がなきゃ魔法が発動しないって昨日の発言と矛盾している? いや、そもそも昨日の父様も薬は飲んでいないよな……


「そのあとも大変だったのよ? ミノタウロスは倒したけれどけが人も増えて、先生たちの救助が遅かったらと思うとぞっとするわ!」

「へーそうなんですねー」


 そのあとも存分に母様の惚気話に付き合ったが、魔法に関連する話はそれだけだった。

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