第27話
※
その件は保留ということで逃れると、コガワは旧友との久々の会話を楽しむように自らの身上を語り始めた。
十八年前の中東派遣以降、当時『自衛隊』と呼ばれていた組織を脱したコガワの消息は、彼の右腕だったムラマサ、つまり私にも分からなかった。
ある者は、コガワは警察の極秘活動組織に行ったのだと語った。
またある者は、組織を抜けて傭兵になったのだと言った。
とにかく消息が不明だったのだ。私も気にかけてはいたのだが、個人で捜索するには世界の戦場は広すぎた。
「そうか……。皆の推測も近からず遠からず、といったところか。俺の消息など、誰も気にちゃいないと思っていたがな」
「そう、ですね……。私は全身を機械化する羽目になってしまいましたが、コガワ二佐は? 記憶の改竄などは受けていませんか?」
「幸い、脳みそと右半身はまるまる残っている。左半身は南米で、地雷を踏んだ時にな」
「そうですか」
重い沈黙が訪れる。すると、何かに気づいたようにコガワは顔を上げた。
「そうだ、ムラマサ。お前を同伴者たちに会わせねばならん。先ほどは全員無事だと伝えたが、自分の目で確かめておきたいだろう?」
「は、はい!」
がばりと上半身を起こしながら、私は頷いてみせた。
「案内が必要だな。リナ・ハギノ二尉、彼を会議室までお連れしろ。くれぐれも拘束時のような暴力は働くなよ」
キュッ、と床が鳴った。コンバットブーツの底が床で擦れたようだ。
その音を聞くまで、私にはそこに誰かがいると気づかなかった。
ゆっくりとカーテンの隙間から現れた人物。それは、《メガロドン》を急襲したヘリ部隊の女性兵士だった。最前線で我々の意識を奪って拘束した、近接戦闘能力が熟達している。
すらりとした華奢な体躯だが、それは痩せているからではない。無駄な筋肉がついていないからそう見えるのだ。
その瞳は冷淡でありながら、猛禽類のような野性味が僅かに混じっている。
生まれながらの武人なのだ。そう私を納得させるのに、大した時間はかからなかった。
ここでも《メガロドン》にいた時と同様の扱いを受けるのか。私はぐっと身構えた。
が、対するリナ二尉は一向に動こうとしない。彼女から警戒の気配が遠のくのを感じて、ようやく私は落ち着きを取り戻した。
「参りましょう、ムラマサ元一尉」
私は無言で数回頷き、床に足を下ろして敬礼を返した。
※
二人で揃って医務室を出ると、リナ二尉は外見通りのひんやりとした口調で語り出した。
世間話の割り込む余裕はない。だが、その方が私にとっても有意義な会話になる。
「ムラマサ元一尉、ご質問があればどうぞ。可能な限りお答えしろと、コガワ二佐より承っております」
「ああ、その……。ムラマサ元一尉、っていうのは止めてもらえるか。私はただの、一介の民間ロボットだ。軍属ではないんだよ。せめてテルとでも呼んでもらいたい」
「了解。改めまして、テル、ご質問は?」
ようやく電脳の全領域に電気エネルギーが回ってきた。私は自分の眉間に手を遣って、コンマ数秒で電脳内の状況を把握。
「二つあるんだが、構わないかね?」
「なんなりと」
「ここはどこだ? 揺れや振動がないから、陸上の施設のようだが」
「はッ、詳細は申し上げられませんが、《ディザスター》の重要な支援組織の基地の一部、とでもご理解いただければと」
ふむ。こんな回答になることは予期していた。現役軍人ならばやむを得ないことだ。
「二つ目の質問だ。君たちの組織は、私の身に起こることを予測していたのか?」
私はこれまでの過程を詳しく語り聞かせた。
度重なる様々な組織との交戦。私に同伴することを承諾してくれた仲間たち。
そして質問に立ち戻る。《ディザスター》側にはどんな意図があって、私に接触を試みてきたのか。
「仮にも我々は、政治的側面の強い武装組織です。我々の作戦行動には、必ず政府・軍閥の意思が反映されます。現場の人間に、その意思が反映されるかどうかはわたくしにも計りかねます」
これまた納得できる話だ。人命を資産と同じ天秤にかけるような薄情者は、現行政府内にはいくらでもいるだろう。それでも私は、政府の駒として扱われることを覚悟したうえで自衛隊に入った。
しかし、である。
「何か思い当たることはないか? 私のような中途離脱者を、個人的に襲ってくるような動きがあったのなら教えてもらいたい」
「申し訳ありません、わたくしもそこまでは……」
私はふっと短くため息をついた。
「ああ、すまない。せっかくいろいろと教えてくれていたのに」
「いえ。この施設内での会話のほとんどは無味乾燥に感じられてしまうものがほとんどです。もしわたくしが逆の立場だったら、あなたと同じように苛立ち、焦燥感に駆られていたでしょう」
なかなか手厳しい観察と考察だな。このあたりの切れ者感が、コガワの側近として起用された一因なのかもしれない。
数度目のスライドドアを通過したところで、リナ二尉は開錠したまま立ち止まった。
「テル、あなたの同伴者はこちらのフロアで待機していただいております。どうぞ」
「あ、ああ」
思わずごくり、と唾を呑んだ。
「警護官として、わたくしはここで待機させていただきます。ごゆっくり」
私はぐっと顎を引き、大きく頷いた。
「ご苦労。感謝する」
「いえ。任務ですので」
私が踏み込むと、背後でゆっくりとドアがスライドした。いつもの私なら、自分もまた閉じ込められるのではないかと警戒するところだ。
しかし今は違う。私は軍人ではなく、しがない墓守にすぎない。ここにいるのは、電脳内にバグが生じ、幻覚のようなものを見ているだけで――。
そんな臆病な思考は、すぐさま停止させられた。私の腰に抱き着いてきた、ユメリによって。
※
別に期待していたわけではないが、皆との再会は素っ気ないものだった。
お互いの無事を確認してからは、皆が眉間に皺を寄せてしまう。例外はユメリだけだったが、どうして皆が揃って難しい顔をしているのか、彼女にも分かっていないようだ。
ユメリの肩を軽く押して、拘束から解かれる。
改めて周囲を見回す。確かに、皆がぞんざいに扱われている気配はない。むしろ飲食物の提供体勢や、快適で衛生的な室内環境はしっかりしている。
少なくとも、私が墓守をするために建てた小屋よりは人間らしさがある部屋だ。
いやいや、それよりも先に確認すべきことがあった。皆の健康状態だ。
一通り皆が無事であることは既に確認できた。記憶と照らし合わせ、最も重傷を負っていた人物をピックアップする。
「ケン、大丈夫か?」
「え? ああ、傷の方は問題ないって、さっきの背の高い女の人が言ってたよ」
「そうか」
私はコガワやリナに感謝の念すら覚えつつあった。ひとまず、私も心理的に寄っていってもよさそうだ。彼らを利用するような形になってしまったら申し訳ないが。
ところで。
部屋の奥では、スクリーンに向かってキリィとミカが古いテレビゲームに興じていた。
これも差し入れみたいなものなのだろうか?
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