第三話 街を辞し、恩に報いるため龍の貴種に会う
西の賎民街、珠々を助けた
「あの雲……雲? 本当に乗り物なんですね」
「ええ、龍は雲を操りますから」
漫画で見たことがある人を乗せる雲は、出し入れは自在だが、持ち主が善人でないと乗せない、そんな話があった気がする。
「角がなくてもできるんですか」
「無角と化生の違いは角だけなんです」
蘭英は美玲の疑問にそう答えた。元から角を持たないものは「
「この賎民街で、角のある姿は恐れられ、憎みもされますけど、全てがそうではないことは、珠々さんにもわかっていただけますよね」
「それは、もう」
角のある化生の商人は、免許のような書類一枚でこの街を自由に出入りするし、客として正当な取引をするのに、角の有無など関係ないように感じられた。そして、化生の中にも賎民街の存在に哀れを催すものはいるものとみえて、珠々は傷も癒えたある時期の祭の喧騒の中、蘭英が懇意にしている商人に連れられて外に出られることになった。
祭りの夜、歌と音楽は盛りを過ぎて、それでもまだ人の浮かれた喧騒はなかなか引かない広場では、かがり火が燃え尽きる直前の輝きを放つ。
「ありがとうございました」
珠々は二人に背中が見えるほど腰を折った。
「いいのよ」
と蘭英は穏やかに答え、桂芳は変わらず軽妙に
「それよりも、もう捕まってここに送られるなよ」
と言う。
「そうね。……そうそう、珠々さん」
女性は珠々の手をとり、自分のはめていた指輪を彼女の指に移した。
「これは、雲を呼ぶ指輪よ。旅にはあると便利だわ」
一見すると翡翠のような半透明の石でできた指輪で、珠々の指には少し小さい。厳しそうな現実だらけの中で、指輪と雲だけが妙に魔法のように感じる。
「もらっちゃっていいんですか?」
珠々はためらいがちに娘を見た。蘭英はこだわっていないようだった。
「頂き物ですが、きっとあなたの身分を保証してくれると思います」
彼女は祭りの間に、珠々の髪を結ってくれた。古物屋の掛け軸の美人画のようだった。その上、結髪には短い作り物の角をあしらってくれた。
「どんな貴種から生まれても角がないと蔑まれますが、逆にどんな小さなものでも、角があればひとかどの化生で、この国を自由に歩けます。この飾りは私が外に出る時に使うものですけど、気にせずもらってください」
過ぎた貰い物に感謝しつつ、龍はアイデンティティが角にしかないのかと、珠々は少しだけ鼻白む。
商人の一行が待つ出口まで送られて、珠々がもう一度礼を言うと、
「次に会うことがあったら、その時にはあなたが見てきたもののお話、聞かせてくださいね」
蘭英は言って、笑いながら珠々を送り出してくれた。
商人は、この当たりで一番大きな町まで連れて行ってくれることになった。そして珠々はそれまでの二三日を売り子として過ごし、目指す町にまでやってきた。
蘭英が、お下がりの服や身の回りの品をまとめてくれた手荷物のなかに、その町の住所になっている封筒が入っていたのだ。
「宛先のおうちに、このお手紙を届けて欲しいの。お祭りに合わせて次の満月までいらっしゃるそうだから」
なんでも、無角や「人間」に理解のある人物なんだそうだ。人物……と言っていいのか、龍とするべきか。とまれ、恩返しの第一歩としてこのおつかいは完遂しなければと、珠々は商人と別れ町の中に足を踏み出す。
道行く人に聞きながらたどり着けば、町の名士といった風情のなかなかに豪華な門構えが彼女を待ち受けていた。周りの家より、塀が長い。敷地の大きさをすぐには想像もできない。
「どうして、あのひとはこんな大きい家を持ってるようなひとと知り合いなんだろう」
と、失礼なことも考えた。とにかく、門の前でぼんやりとたたずむ珠々に、見かねてその豪邸の門番が声をかけた。
「何用だ」
「ひゃ」
珠々は首をすくめた。飾りの角がずれて見えてはいないかと、思わず頭に手が伸びる。
「あ、あの、人に案内されて」
言いながら、手紙を見せる。門番は表書きを見て、それから珠々を頭から足までためつすがめつして、返しながら、
「入れ。中で改めて案内を乞うがいい」
と通してくれた。
しばらく、珠々は椅子と机しかない部屋で待たされた。時計がないので時間の感覚はわからない。接待のように出された飲み物が空になるぐらいの間だった。
そのうちやっと
「お待たせしました。兄様が会うそうです」
という声がした、が、その聞き覚えのある声に、珠々はやおら立ち上がった。珠々を先導しようと現われた少年のほうも、客が、あの時落とした珍品であることに気がついたのか、
「うわぁ」
と顔が引きつっている。珠々は微笑みながら、少年に迫り寄る。
「ここであったが百年めねぇ。どうもこのたびはずいぶんとお世話になりまして」
珠々が怒鳴りたいのを控えて、それでも怒りはわかるように、押さえて声を出すと、
「お姉ちゃん、こわいよ」
少年はぶるぶる、と体を震わせた。
「優しい顔なんてできるわけないじゃない、どうして助けてくれなかったのよ!」
「だって、すごい早さで落ちていくし、兄様たちは見えるし」
珠々は思いがけない再会にいきり立ち、少年も珠々の勢いに明らかに怯えていた。だから、後ろから足音が迫っているのにも気が付かなかった。
「……そうですか、あなたが、あの時弟が落としたと言っていた」
少年と鼻をすりあわせんばかりに迫り責める珠々の頭上で、成人の男が出す、涼しい声がした。
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