第5話 一秒前の未来 

 土曜の夕方、港の倉庫街。錆びた鉄扉を押し開けると、薄暗い室内に仮設の模擬戦フィールドが広がっていた。

 「今日は徹底的にやるぞ」寛人が拳を鳴らし、笑みを浮かべる。

  拓馬は深くうなずいた。「ああ、もう同じ失敗は繰り返さない」

  今回のテーマは、寛人の瞬発力と拓馬の異能〈再演(リフレイン)〉を同時に使った連携強化だ。栞奈が準備したホログラム装置が起動し、バーチャルの敵影がいくつも現れる。

 「このデータは過去に対戦したBランク上位者の動き。倒すには一秒先を読む精度が必要です」栞奈は冷静に説明し、端末を操作した。

  友梨は応援役として、データロガーを構えながら声をかける。

 「失敗しても、ちゃんと次に活かせばいいんだから!」

  哲は苦笑しつつも拳を握った。「……でも、怖いな。俺、また逃げ腰にならないかな」

  祥子が柔らかく微笑む。「それでいいのよ、哲。怖いって言えるのは強さの一つだから」

  模擬戦開始。

  寛人が先頭で突進し、拓馬はその背を追う。敵の一人が横から切り込む瞬間、拓馬の視界に蒼光が走った。

 ――再演。

  ほんの一秒前の光景が頭の中で再現され、最適な動きが導き出される。

 「寛人、左へ二歩!」

 「了解!」

  寛人が指示通りに動き、敵の攻撃を紙一重でかわす。同時に拓馬が反撃し、敵を一瞬で沈めた。

  次々に襲い掛かる敵影も、再演と寛人の瞬発力の組み合わせで突破していく。

  栞奈が端末に次々と戦闘データを書き込み、戦術テンプレートを形成する。

 「これで次の公式戦に向けた標準パターンが完成します」

  訓練終了後、拓馬は汗だくで床に座り込んだ。

 「……はぁ……負けるのが怖いのは変わらない。でも、未来は変えられるんだな」

  祥子が近づき、彼の肩に手を置いた。

 「そうよ。経験は、未来をつくる力になるんだから」

  友梨も笑みを浮かべる。「次は絶対に勝てるね」

  その夜、拓馬はひとりで倉庫に残った。

 (俺の失敗癖……これも“再演”の対象にしてやる)

  そう決意し、深呼吸をした。青白い光が再び彼の周囲に揺らめいた。

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