第35話 小結の奮闘2

生徒会室に鳴り響いたノックの音に、新音達は動揺する。


普段であれば、生徒会室への来客を常に歓迎していた真雪である。


しかし、祖母である志津子の秘密をつい先ほど知ったばかりで既に頭の中がパンク寸前の状態になっている。


(何か起きる時は、立て続けにイレギュラーが発生するのはなぜでしょうか。)


(神和住さんもいらっしゃいますし、急を要する案件でもない限り、申し訳ございませんが明日以降に回させてもらいましょう。)


「……どうぞ。」


「失礼します。」


聞こえてきた声は、真雪にとって聞き慣れた声であり、内心ホッと胸をなでおろす。


だが、普段はノックなどせずに入るはずの千景がなぜ今になってノックをしているのだろうか。


そんな疑問が生まれる真雪であったが、その答えはすぐに判明する。


「さ、入っておいで。」


「はい、失礼いたします。」


生徒会室への訪問者は千景だけではなかったのだ。


入室を促されて入ってきた生徒の事は知らなかった。


去年度までの全校生徒は凡そ把握している真雪が知らないということは、一年生なのだろう。


しかし、どこか見覚えがあるような感覚。恐らく中等部からの内部進学組ではないかと推測した。


一方、小結はというと、生徒会室の内装が中等部と異なることに目が行ったものの、兄の事が本題であり、最優先なのだ。


いち早く室内を一通り見渡すと、奥のテーブルに兄と冴佳の姿を見つける。


すぐにでも声を掛けたい気持ちが強かったが、そこは強く我慢し、様子を伺うのだった。


「やあ、真雪。お客さんだよ。」


千景は、真雪達がいるテーブルに近づいてきて、いつも通りのテンションで声を掛けた。


声色は普段通りであったが、恐らく千景はこの状況を楽しんでいるのだろう。


二人は幼稚舎からの付き合いであり、何がお気に召すのかが手に取るように分かる事が今は煩わしく感じる。


「ええ。案内ありがとう。」


「生徒会長の白鷺真雪です。どのようなご用件でしょうか。」


平常心を保ちながら話しかけたつもりであったが、むしろ冷たい印象を持たせてしまうほどの機械じみた返事となった。


小結は、その冷淡にも思える対応に一瞬狼狽えるものの、一歩も引く気はない。


「1年C組の神和住小結と申します。兄がこちらに居ると耳にした為、厚かましくも伺わせていただきました。」


真雪は、兄という言葉によってこの生徒が神和住さんの妹であることを理解した。


(男性情報保護法によってほとんどの情報が伏せられていましたが、まさか兄妹で本学院に通っているだなんて。)


隠すに至ってももう少し柔軟性があっても良いのではないかと思う真雪であったが、ここで愚痴をこぼしても何も解決はしない。


(一般的な男性学では、兄妹であっても思春期の前後で距離を置くようになるそうですが、果たしてこの兄妹がそれに当てはまるのでしょうか。)


真雪は今までに習ってきた常識を思い返しつつも、神和住兄妹の関係性に思案する。


そんな事を考えていると、隣のソファの方から焦った声が届いた。


「小結っ!どうしてここに!?」


「兄さまがこちらにいらっしゃると志帆お姉様から伺いました。」


「え!白川さん!?」


「ご用件は伺っております。こちらで学院の説明をして頂くとの事でしたので、私も同席させて頂きたく思い、参りました。」


新音は、小結が来てくれた事を嬉しく思ったものの、勝手に参加しに来て良いものなのかと不安になる。


「あの…。こちらは、妹の小結です。良ければ同席させて頂いてもよろしいでしょうか…?」


新音は、恐る恐る真雪に伺う。


新音からすれば急に妹が押しかけて来て迷惑していないか、そんな心配をしていたのだが、その行動で真雪は確信する。


(神和住兄妹の関係性は良好なようですね…。つくづく一般論に当てはまらないお方なのですね。)


「ええ、問題ございません。ですが、こちらでは席が狭いので変えましょうか。」


真雪が指し示したのは今いる応対用の客席ではなく、日常的に生徒会員達が作業で使用している長机の方であった。


一同は、真雪が指した長机を見て納得するが、小結は違った。


「兄さま、もう少し詰めて座って下さい。」


「え?まさか、ここに入るつもりなの?」


「ええ、ですから、わざわざ移動して頂く必要はありません。」


新音が少し席を奥側に詰め直したものの、未だ一人分のスペースがあるとは言い辛い。


しかし、小結は気にせず、そこのスペースに収まった。


小柄な体型のおかげもあって、なんとか座ることは出来たのだが、如何せんソファに座る3人はぎゅうぎゅう詰めである。


小結に押される形で新音は更に奥側へと移動する。


(ち、近い……!!)


新音がどんどん近づいた事で、冴佳と肩がくっつくほどに距離は縮まっていた。


(新音様は……私とこんなに近づいても嫌がっている様子ではございませんね。…安心しました。)


(ですが、これは流石に護衛として相応しい状態とは言えないでしょうし、残念ではありますが、私が立つことと致しましょう……。)


「あ、冴佳さん。わざわざ席を外す必要はありませんよ。」


小結は、冴佳の心情を察して先に釘を指した。


そして、やっぱり皆で座れましたと言わんばかりの満足気な表情を浮かべている。


新音はというと、流石にこの状態は狭いと思い、始めは長机に移動しようと考えた。


しかし、小結の表情を見るとどこか楽しげに見えてしまい、それなら仕方がないかと思い返すのであった。


「お騒がせしてすみません。我々はこちらで問題ありませんので……。」


真雪に対してこの場所のままで良いと答えたものの、ここまでくっついた状態で他人と話をするのは少し恥ずかしい気持ちになった。


「……ええ。問題ないのでしたら、このまま進めさせていただきます。」


真雪に不都合はないのでこのまま進める事を了承するが、まさか家族の仲がここまで良好だとは誰もが思いもしないだろう。


そんな様子を傍目から見ていた千景は思う。


(面白いわね。妹の小結ちゃんとここまで仲睦まじいだなんて。)


(学院に編入して来るぐらいなのだから、変わり者ではあるとは思っていたのだけれど……これは予想外ね。)


退屈にさえ感じていた卒業までの一年間、思いもよらぬ形で楽しみを見つけてしまった千景であった。

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