Day3 大阪

EP31 大阪限定

 バスが駅前のロータリーに滑り込み、エアブレーキの息が吐き出される。

 

 窓の向こうには、高層ビルが雑多に肩を並べ、ガラスと鉄骨の面が朝の光をばらばらに反射していた。東京のように整列した圧ではなく、積み木を大胆に積み上げたみたいな勢い。

 

 ――さすが、第二の都市。


 今日の大阪は、午前が梅田駅周辺での自由行動、午後は市内まで範囲を広げての自由行動。

 佐山くんたちとの約束は、午後。

 

 ここまで自由が多いのは、生徒を信じているからか、それとも引率の手間を省きたいからか。

 

 できれば前者であってほしい。そう思っているうちに、担任の説明は締めくくられ、解散の合図が繰り出された。


 真夏はきっと誰かと動くだろう。

 

 私は――どうしようか。ひよりとまた組むのが穏当か、と思案していると、当人が息せき切って袖を引く。


「す、すみません葵さん――今、梅田で我々で言うところのが開催されているようでして……」


 ……なんでしょうかそれは。


 ひよりの言う聖典、つまるところ官能小説の祭――触れてはいけない札が脳内に立つ。


「……そうなんですね」


 無難に相槌を打つと、ひよりは目に星を宿して叫んだ。


「で、で、で、ですから!!! ひとっ走り行ってきますね!!!」


 言い終えるより早く、人混みの向こうへ消えていった。置き去りにされた肩が、少しだけ軽くなる。いや、当てが外れただけなのだけれど。


「葵ちゃん、予定がないなら一緒に行かない?」


 振り向けば、真夏と取り巻き三人衆。


「みんなもいいかな?」


 真夏の問いに、三人衆は「もちろん」と快い返事。そうであればこちらとしても断る理由は、特にない。


「ありがとうございます。では、ご一緒させてください」


「ありがとう! それじゃ、行こっか」


 取り巻き三人衆が先頭、そのすぐ後ろに真夏、私はその半歩後ろ。

 

 人波に歩幅を合わせながら、頭上の案内板に目を滑らせる。阪急、阪神、JR、地下へ潜る動線が幾重にも交差して、梅田は噂に聞いた通りの立体迷路だ。


「とりあえず写真撮りたいよね!」

「あり! あ、あとパンケーキも行きたい!」

「わかるぅ! でも私、限定のコスメ見たい!」


 陽の気配は、迷いがなくて眩しい。私は頷きだけ返し、流れに身を任せるようにして、真夏たちの輪に足を踏み入れた。



     * * *



 真夏たちの背中を追う形で地下へ降りる。

 

 階段を下りきったところから四方八方に通路が伸び、磨かれたタイル、甘い焼き菓子の匂いとコーヒーの香り、開店BGMと「期間限定」のアナウンスが層を成して押し寄せてくる。

 

 取り巻き三人衆はショーウィンドウの前で「かわいい」「これ格安じゃない?」等と盛り上がり、店先に並ぶアクセサリーを物色していた。

 

 先ほど色々と、やってみたいことを口にしていたが、どうやらはっきりとした行先は決めていないらしい。

 

 私も特に異議は唱えない。人の流れに合わせ、逸れることがないように後ろからついていく。


 その時、真夏が不意に足を止めた。取り巻き三人衆はそのことに気づかず、アクセサリー選びに夢中だ。

 私は真夏に合わせて立ち止まり、小声で問う。


「……どうかしましたか?」


 真夏は返事の代わりに、通路の向こうを指さした。指先の向こうには紙袋を手にした人々――二、三人、いやもっといる。

 

 男女混じりのグループが、同じ柄の紙袋を手から提げている。色数の多いイラスト、決めポーズのキャラクター、角に『POP UP』の文字。


「……あの人たちが持ってる紙袋ってさ――徹くんが好きなアニメのやつだよね?」


 たしかに見覚えはある。居間のテレビで彼が好んで見ていた番組で、あの賑やかな色調のキャラクターが出ていた気がする。


「……あまり覚えていないですけど……たしかあんなようなキャラクターが映っているテレビを見ていたような気はします」


「徹くん、言ってたの。大阪限定のポップアップストアがあるんだって。そこにしか売ってないやつがあるんだって」


「へぇ……そんなものがあるんですね」


「徹くんが欲しいって言ったものは全部買ってあげなきゃ……」


 嫌な予感が首筋を撫でる。止めるなら今だ。


「葵ちゃん! ちょっとわたし、あの人たちに聞いてくるね!」


「え? あ、ちょっ――」


 待って――という言葉が音になるより先に、真夏は踵を返して駆け出した。人の波を切り裂くように、紙袋の持ち主へ一直線。私は息を呑み、鞄のストラップを握り直す。


「もう、こんなところで逸れてしまったらどうするんですか……!」


 そう毒付きながらも足を前に出す。

 

 私は、真夏の後ろ姿が、角から角へ弧を描くのを見失わないよう、懸命に後を追いかけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る