第三十章|記録の果てに
霧が晴れていた。
残響のような波形の揺らぎだけが空間に残され、激戦の痕跡はそこかしこに刻まれていた。
焦げた構文の残片。歪んだ地平。捻じれた時間の残滓。
だがその中心に、ふたりの姿が立っていた。
オスカー・ヘイズ――
そして、
「……終わりだ、もう」
オスカーは静かにそう告げた。
構文の光は収束し、戦闘形態はすでに解除されていた。
だが《08》はまだ刃を握っている。いや、もはやそれは“握ろうとしている”に過ぎなかった。
「なぜ……なぜ、君のような存在が……“残る”んだ……」
《08》の声はもはや呟きにも近かった。
腕が震え、足が崩れかけている。
その身体は“未記録”に耐えきれず、限界を迎えようとしていた。
オスカーは一歩だけ、前に出た。
「……残りたいと思ったからだよ」
その言葉は、かつて誰かに伝えられるはずだった言葉。
「名を失い、形を失っても。
それでも、誰かの記録の中に残ることを望んだ存在がいるなら……
私はそれを、記す」
《08》が、膝をついた。
刃が地に落ち、構文が消えていく。
「……もう、何も……残らない」
「残るさ。君の“問い”は、ここにある」
そう言って、オスカーは懐から構文封刻用の巻式を取り出した。
だが、その瞬間だった。
《08》の目が、不意に見開かれる。
空間が震える。重く、深く、拒絶するような――異質な存在波。
「お前は……やはり、“呼んで”しまったか」
黒い風が吹く。
空間の奥から、誰のものとも知れぬ“気配”が這い寄ってくる。
声ではない。形でもない。
ただ、在るというだけの“重み”。
《08》が、笑った。
「お方が……視ている……この身の果てすら……意味と為る……」
その体が、崩れ始める。
黒く、煤けた記号の粒子へと還っていく。
「これが、私の記録だ……記録者。
私は……“記されずに残った”……最初の……」
声が消える。
構文の残光だけが空間を漂い、
オスカーの前には、黒い斑点のような“記録不能痕”がひとつ、残された。
オスカーはそれを見つめたまま、長い沈黙の後に、そっと呟く。
「……記録完了。認識可能性、限界域に到達。
存在証明コード、発行不能。分類:記録不能個体」
巻式が静かに閉じ、構文が収束する。
すべては終わった。
あるいは――
まだ始まったばかりかもしれない。
霧の向こう。
消えたはずの記号が、わずかに揺れていた。
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