第二十九章|記録されざる刃

構文の光が弾け、霧の中で金と黒が衝突を繰り返す。


その余波は空間の輪郭をゆがめ、重力と方向すら狂わせていた。




《08》の動きは荒く、だが決して止まらない。


全身を焼くような記録の逆流の中で、それでもなお手にした“未記録の刃”を振るう。




「……貴様のような者が、なぜ“記す”ことに執着する……!」




怒りというより、苦しみに近い声だった。


波形が崩れ、構文がひずみ、存在の定義すら今にも崩れ落ちそうな彼の叫び。




「すべてが意味を持たなくなったこの世界で、まだ“言葉”にすがるのか!」




オスカーは返す。




「意味がなくなったなら、なおさら記す。消えたものに意味を返すために」




再び構文展開。


金色の陣が幾重にも重なり、《08》を包囲するように閉じ込めていく。


だが――




「……甘い」




その一言と共に、《08》の全身から黒い構文波が爆発した。




円陣が崩れ、空間が逆転する。重力の方向が真下から“斜め”へと変わり、


オスカーの足場が崩れ落ちる。




「未記録の者に記録の法は通じぬと、なぜ理解できぬッ!」




《08》が飛ぶ。


黒い刃が一直線にオスカーへと振り下ろされる。




オスカーは空中で体勢を立て直し、


反転構文を詠唱しながら指先を交差させた。




「記録は、事実に対する“解答”ではない。


 それは問いを立てる行為だ。――君のような存在に、私は問う」




掌に収束する黄金の光。




「君は、何を遺したい」




《08》の刃と、オスカーの構文光が交錯する。




爆発音。


空間が割れ、霧がすべて吹き飛ぶ。




その中心に、ふたりの姿。


なおも対峙するまま、言葉を交わすことなく、息を整える。




黒い外套の裾が裂け、血とも記号ともつかない霧が滲み出ていた。


《08》は膝をつき、吐息を漏らす。




「……なぜ……そこまで、記すことに……命を賭ける」




オスカーの目は、揺れなかった。




「“記されること”が、生きた証になるからだ」




《08》は、その言葉にかすかに目を見開いた。




「記されないまま終わった者たちがいる。


 だが私は、そうした存在こそ、この手で記していくと決めた」




風が止み、空気が重くなる。


《08》が、最後の構文を展開し始めた。




「……ならば、記してみろ……“我が名”を」




オスカーもまた、右掌に構文の核を集める。




「そのつもりだ。……必ず、君を“記録”する」




二つの構文がぶつかる寸前。


空間がわずかに軋み、第三の波が遠くから忍び寄っていた。

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