異世界転生×ユニークスキル ネット通販で無双する!?

月神世一

第一章 赤子の勇者

閃光剣と沈黙の賢者の子

油の匂い、皿のぶつかる音、飛び交う怒号。

青田優也(あおた ゆうや)、25歳。彼にとっての日常は、常に戦場と共にある。世界的に評価される三星レストランの厨房という名の、硝煙なき戦場だ。分刻みのオーダー、ミリ単位の精度が要求される盛り付け、一瞬の気の緩みも許されない火入れ。その激務が繰り広げられる戦場から、優也はようやく解放された。

「お疲れっす。また」

日付も変わった深夜。同僚に短く挨拶を交わし、店の裏口から夜の闇に滑り込む。湿ったアスファルトの匂いが、酷使した嗅覚を優しくリセットしてくれた。駐車場に鎮座する相棒――大型バイクのエンジンをかける。重低音の響きが、張り詰めていた神経を心地よく解きほぐしていく。

家路を急ぐ道すがら、公園の入り口から聞こえてきた甲高い声に、優也は眉をひそめた。下品な笑い声と、それに混じるか細い獣の鳴き声。バイクのヘッドライトが照らし出したのは、数人のチンピラが小さな猫を囲み、いたぶっている光景だった。

(最悪だ…)

見て見ぬふりをするのが正解だ。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。頭ではそう理解しているのに、優也の体は勝手にバイクを停めていた。ヘルメットを脱ぎ、ゆっくりとチンピラたちに歩み寄る。

「おい、やめてやれよ。そいつが何したって言うんだ」

勇気を振り絞って放った声は、自分でも情けないほどに震えていた。

「あぁ? なんだテメェ」

チンピラの一人が、気だるそうに振り返る。その目が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光った。

「うるせぇ! 部外者はすっこんでろ!」

リーダー格と思しき男がナイフを取り出す。鈍い銀色の光が街灯に反射した。

まずい、と思った時にはもう遅い。恐怖で体が動かない。料理人として繊細な動きを誇るはずの自分の体が、まるで鉛のように重い。

閃光、そして腹部に走る灼けるような熱。

それが、青田優也の人生の、最後の記憶だった。

気がつくと、優也は真っ白な空間に立っていた。どこまでも見渡せる、無限に広がる白。天と地の境目もなく、ただ穏やかな光に満ちている。

「ここは…?」

呆然と呟いたその時、背後から鈴を転がすような声がした。

「あ、気付かれましたね」

振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。輝くような銀色の髪、全てを見透かすような碧眼、体にフィットした優美なドレスは、およそこの世のものとは思えない。あまりの美しさに、優也は言葉を失った。

「え? あ、あんた誰? ここは何処?」

「私の名はアクア。ここは審判の間。あなたの魂が、次なる道へ進むための場所です」

女神、と名乗ったアクアの言葉に、優也は自分の身に起きたことを悟った。

「つ、つまり、俺は死んだってことか…?」

「はい。残念ながら」

アクアはあっさりと頷くと、にこやかに続けた。

「あ、猫ちゃんを虐めていた糞チンピラ共ですが、ご心配なく。あなたを刺した後、通報で駆けつけた警察官を私の神気でちょっと操りまして、全員射殺しておきましたから」

「怖いなコイツ!?」

聖母のような微笑みでとんでもないことを言う女神に、優也は全力でツッコミを入れた。

「っていうか! 猫を助ける前にまず俺を助けろよ!」

「あ、忘れてました。テヘッ☆」

こてん、と首を傾げ、舌をぺろりと出す仕草。完璧なあざとさに、優也は天を仰いだ。

「テヘッ☆じゃねーよ!」

「さて」とアクアは咳払い一つで神々しい雰囲気に戻る。「優也さん。貴方は自らの危険を顧みず、か弱い命を救おうとしました。それは無謀であり、愚かでもありましたが…同時に、非常に尊い善行です。故に、貴方に機会を与えましょう。異世界『アナステシア』へ、新たな生を持って旅立つ機会を」

「い、異世界転生かよ!?」

ラノベや漫画で読み漁った、夢のような単語。まさか自分の身に起きるとは。

「はい。もちろん、特典もお付けします。まずは『言語理解』。これで言葉の心配はありません。そしてもう一つは…『ネット通販』スキルです」

「ネット通販!?」

「えぇ。貴方がいた地球のネット通販で売られている物なら、アナスタシアの金銭を支払うことで、いつでもどこでも購入し、取り出すことができます」

そのスキルのとんでもなさを瞬時に理解し、優也はゴクリと喉を鳴らした。調味料、調理器具、書籍、工具…考えうる全てが手に入る。それは、異世界で生きていく上で、最強の武器になるだろう。

「凄いな…」

「よろしい。では青田優也さん。貴方の新たな人生に幸多からんことを。良い異世界転生を」

アクアが優しく微笑むと、優也の足元が眩い光に包まれた。意識が遠のいていく。ありがとう、という声は、果たして女神に届いただろうか。

次に意識が覚醒した時、そこにあったのは完全な暗闇と、不自由さだった。

(なんだ…? 体が動かない。目も開かない。でも、温かい…)

聞こえてくるのは、くぐもった音。まるで水の中にいるようだ。

だが、そこには確かな安心感があった。心地よい揺れと、自分を包む優しい温もり。遠くで聞こえる、力強い鼓動と、穏やかな鼓動。

やがて、その時は来た。

今まで感じたことのない強い圧力。世界が激しく揺れ動き、そして――眩い光と共に、空気が肺になだれ込んできた。

「オギャー! オギャー!」

自分の意思とは関係なく、口が叫び声を上げる。これが産声か。

視界はぼやけているが、誰かに抱き上げられているのが分かった。

「見ろ、マーサ! 元気な男の子だ! 俺たちの…俺たちの子だ!」

力強く、喜びに満ちた男性の声。

これが、俺の新しい父親か。

「えぇ、アークス…。とても、静かな魂の色をしていますね。まるで、全てを達観しているような…」

穏やかで、透き通るような女性の声。

こっちが、母親か。

シンフォニア。アークス。マーサ。元A級冒険者。閃光剣と沈黙の賢者。

断片的な情報が、前世の記憶と結びつき、赤子として転生したばかりの脳内で一つの結論を導き出す。

(とんでもないところに生まれちまったぞ、俺は…!)

父親になる男、アークスが、その小さな体を優しく抱きしめる。

「ようこそ、我が家へ。お前の名前は、リアンだ。リアン・シンフォニア。俺とマーサが、お前を命を懸けて守ってやるからな」

リアン・シンフォニア。

それが、青田優也の、新しい名前。

かくして、三星レストランの料理人は、最強の冒険者夫婦の息子として、二度目の人生のスタートラインに立った。その小さな手の中に、いずれ世界を揺るがすことになる「ネット通販」という秘密を握りしめて。

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