第3話寿限無の名を取り戻せ!
私が魔法少女として変身してから1か月がたった。
その間、事件は特になーんにも起きなかった。
最初の一週間はクラス中、噺屋亭魔法少女の話題で持ちきりだった。
話題になりすぎて、噺屋亭魔法少女ファンクラブができたくらいだ。
しかも、その会長があの、王だっていうから世の中わからない。
まぁ、最近はそんなに話題になってないけど。
そんな中、張本人。
噺屋亭魔法少女こと、私はどうしていたのかというと。
誰にも、魔法少女とばれることはなくいつも通り噺を作る日々を送っていました。
今は7月。
あともうちょっとで夏休みだ。
夏休みと言えば学生にとってオアシスのような存在。
それは、私も例外ではなく、今か今かと待ち望んでいる。
でも、陽キャのやつらとは違い私は夏休み、特にすることはないが。
今日も今日とて、平和だ。
こんなくだらない回想までできるくらい平和だ。
窓の外を見ながらそう思う。
いつもだったら昼休みは男子は外へ。女子は教室で遊ぶ。
だが、今日はまだ夏の序盤だというのに猛暑か!ってくらい暑い。
みんな、涼しさを求めてクーラーが付いている教室にいる。
だから、今日はいつもより騒がしい。
机の上に広げた教科書やワークを見てため息をつく。
ちぇ。
宿題がはかどらないじゃないか。
まぁ、静かでもはかどらないけど、、、
先ほどより大きいため息を盛大について、窓の外へ視線を逃がした。
「小森さん」
はぁ。
なんで、宿題なんてあるんだ。
作ったやつ、頭おかしいんじゃないか?
なんで、こんなめんどくさいものを作ったんだ?
「小森さん?」
仕方なく、宿題に顔を向けて問題を見る。
え~。
まず、第一問。
半径10センチの円があります。
ん。これはわかる。
円の面積は半径×半径×3,14だから、、、
ん?!円は半分?
なんで、半分にするんだよ!
「こ、小森さん?こ~もりさ~ん!」
オーマイガー!
円は円でいいじゃないか、、、
なぜ、半分にする、、、
「こ、も、り、さ、ん!」
なんか、さっきからうるさいな。
問題を考えてる途中でしょうが!
教室ってこんなにうるさかったっけ?
よし!言ってやる!
意を決してガバッと前を見る。
うるさ!「い。」
すると、太陽のようにまぶしい笑顔がそこにあった。
「あ~!やっと、こっち向いてくれた!」
お、王!
なぜ、こんな、陰キャのところに?
また、きまぐれで来たのか?
「ずっと呼んでるのに気づいてくれないんだもん。俺透明人間になったのかと思ったよ~」
すみません!すみません!
無視したわけじゃないんですぅ~!
王を無視するなんてそんな恐れ多いことできない!
言え、私!
謝るんだ~!
「ご、ご用件は何でしょう、、、」
くそ~!
私の陰キャの部分が~!
邪魔する~!
せめて、心の中で謝っとこう。
すみません!
「用件ってほどでもないんだけどね。聞きたいことがあって。」
なんだ?宿題出し忘れ?
それとも、授業中噺を考えてるのがバレた?
どっちにしろ、怒られるのはいや~!
「噺屋亭魔法少女って知ってる?」
ギクッ
ま、ま、ま、ま、まさか~!
私が魔法少女って見つかった?
バレたら、結構っていうか、かなりはずいぞ!
ここは、冷静に冷静に、、、
「知ってま、、、すよ。この前のみんなが襲われた事件を解決した人ですよね?」
そう答えると、王は途端に目をキラキラと輝かせ始めた。
「そうなんだよ!そうなんだよ!俺、あの日から噺屋亭魔法少女のファンになっちゃってさ!かっっっっっこよかったんだよ!あれは、やばい。噺は面白いし顔がどんどん変わっていくのも面白いのに強くてかっこいいとかあれは、反則!」
私が相槌をうつ間もなくすごい勢いで話し続けている。
それを聞きながら思わず顔が赤くなる。
えへへ。
私ってそんなにかっこいいんだ。
うれ、、、、はっ!
だめだ!
こいつは敵!陰キャの敵!
王に恨みはないけどなんかプライドが許さん!
負けたくない!
そう思い、顔をキュッと引き締める。
まだしゃべっている王の方を鋭い目つきで見つめる。
すると、王の顔がふにゃっと緩んで嬉しそうになる。
「うれしいな~!最近、みんな、魔法少女のことあんまり興味なくなってきてさ。話す相手が欲しかったんだよね。」
ん?みんなの興味がなくなってる?
な~んか、どっかで聞いたような、、、
あ。そういえば、噺屋亭ほのかがなんか言ってたな。
たしか、、、
「噺屋亭としてのみんなの記憶はだんだん薄れていくようになってるから。」
だったっけ?
でもなんで、王は全然薄れてないんだろう、、、
そのほかにもなんか言ってた気がするな。
うーん。
まぁ、いいか。
忘れるってことは大事なことじゃないってことだからね!
「よし決めた!」
急にそう叫んだ王は先ほどと同じ、、、いや、それ以上にキラキラした目でこちらを見た。
え?
考え事をしていたら、いつの間にか何かが決まったらしい。
え?なに?
聞いてなかった。
「え?!なんで?」
誰かがそう言った。
どした?
誰が言ったんだ?
すると、その声を皮切りに教室の声が一層大きくなった。
「なんだろう?」
王は周りの人たちを不思議そうな目で見ている。
まさか、、、
「あれ?あなた誰だっけ?」
「も~!冗談言わないでよ!私は、、、誰だっけ?」
周りの人たちの言葉から何が起きたのかすぐわかった。
王も、もしかしたら、、、
「ねえ。あなたの名前は?」
王にそう聞くと、笑顔でこう答えてくれた。
「俺の名前知らなかったの?!ひどいな~!俺の名前は~!、、、え?」
やっぱり。
さっきから、あだ名しか呼べなかったのはこういうことか!
「ちょっと、トイレ!」
「え~!また~!?」
「すぐ帰ってきてよ~!」と言う王の言葉を背に受けながら私はトイレへ走った。
「噺屋亭ほのか!いるんでしょ?!」
この前と同じ、人気が少ないトイレに駆け込むとそう叫ぶ。
すると、案の定、窓からひょっこりと噺屋亭ほのかが現れた。
「呼ばれましてございます。噺屋亭ほのかここにて参上なのじゃ!」
ふざけている噺屋亭ほのかが現れたが、私はそれどころじゃない。
「噺屋亭ほのか!今、皆の名前が消えていってるの!これ絶対怪異のせいだよね。」
そう聞くと、短い手を組んでふむふむと考える様子だ。
でもそんな時間はない。
私は一刻も早く、この事件を解決しなければならない理由があった。
「ね、ね?怪異の仕業だよね?早くしないと昼休憩終わっちゃう!宿題が終わらないよ~!」
「ええぃ!うるさい!そもそも、昨日宿題をやらずに噺に明け暮れていたお前さんが悪いのだろう!」
ええ~っと言い訳をしますとね。
さっきやっていた宿題は今日のじゃなくて昨日のでした。
いえ。ちょっと、噺が盛り上がってしまいまして、、、
ていうか~!
「昨日、噺対決合戦をしようって言ったのはあなたでしょ~!?」
私が逆切れを見事にかましているが、見向きもしない噺屋亭ほのか。
すると、突然。
「あ!」
と、噺屋亭ほのかが叫んだ。
「なに?」
「わかったぞ!あれは名食いの怪異じゃ!人の名前をむしゃむしゃ食べて、忘れっぽい世界にする恐ろしい奴じゃ!」
そう言うと噺屋亭ほのかはすっきりとした表情になった。
「あ~。首のここまで出てきそうだったのじゃが、、、すっきりしたのう。」
満足そうな顔をすぐさまピシッとした顔に切り替えた噺屋亭ほのかは私にこう言った。
「さあ、怪異はわかった!あとはお前さんが噺屋亭魔法少女に変身するだけじゃ」
「いやです。」
私は前置きが長すぎてどうでもよくなっていた。
「なぜじゃ?!」
「だって、もう、今から宿題やったってまにあわないし、、、」
「だめじゃ!早くせんと、お前さんも、、、」
その時、背中にぞくりとした感覚が走った。
まさか、私の名前も、、、?
「やばいじゃん!」
「やっと、わかってくださったか。倒す方法は一つ!」
「なに?」
「寿限無を噛まずに最後まで言えば、名食いはお腹を壊して逃げていくのじゃ!」
寿限無を噛まずに言う、、、ええ?
「無理だよ!無理ゲーだよ!」
「でも、これが怪異を倒す唯一の方法でございます。」
私の額にじっとり汗がにじむ。
寿限無を嚙まずに言えとか、、、
魔法の戦いよりよっぽどムズイじゃん!
噺屋亭ほのかは「だが、、、」と深刻な声で続けた。
「ただし、一つ問題がある。」
「まだあるの?!」
「名食いは噺屋亭魔法少女の名前を一番狙う。さっき、名前が消えかけておりました。」
背中がヒュンと冷えた。
「うそ、、、私の名前、、、」
「だから、急ぐのじゃ!変身して、名食いを見つけて、寿限無勝負じゃ!」
私は深呼吸して拳をギュッと握る。
「わかった。、、、やる。」
私は心の中で唱えた。
【本日のお題目は、魔祓いにございます。
噺屋亭魔法少女!
ただいまより——変身いたします。】
身体が光って変身し終えると、名前が消える前にすぐに教室に急ぐ。
すると、名前を失ったクラスメイト達が我を失ったように、ふらふらとさまよっている。
むしゃ、むしゃ、、、
そのクラスメイト達の真ん中にいた。
黒いもやもやした影。
二つのぎょろっとした目が影のなかにあった。
長い舌がニョロニョロと伸びている。
やだ~。怖っ。
てか、名前を食べる音って不気味~。
よし、ここはかっこつけてみよう。
「でたな!名食い!」
名食いは振り返り、ぺちょっとした舌でこちらを指した。
「な、、、名前、、、ちょうだい、、、」
「やるか!寿限無勝負!」
私は名食いの前に丁寧に座る。
ピシッと正座をして礼をした。
すう~!
「私の声が、だれかの心に届きますように。
涙も不安も、小さな噺に変えて──
さあ、開きます。
私の名は噺屋亭魔法少女!
一席、おつきあいくださいませ!」
パチン!
私は舞台の上で覚悟を決めて、口を開いた。
「あるところに名前の長い子がいたんでございます。
今日はこの名前で名食いをやっつけてしまいましょう。
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ!」
名喰いがビクッと震える。
「
いいぞ!いける!
そう思った瞬間だった。
胸のあたりがすっと軽くなる。
なにこれ、、、
“私の名前”が、、、薄くなる、、、?
「やばっ、、、!」
声がかすれそうになる。
『、、、名前、、、もらう、、、』
名喰いが近づいてくる。
体がふらふらする。
だめ、、、だめだ、、、
名前が、消えて――
そのときだった。
「噺屋亭魔法少女!!!!!!」
ものすごい声が響いた。
え?誰?
ハッと前を見ると汗だくで走ってくる王、、、小林君だった。
名前を忘れてるはずなのに、、、
「噺屋亭魔法少女!聞こえる?噺屋亭魔法少女!」
その声に胸のあたりがギュッとなる。
あ、、、あぁ、、、。そうだ、、、。
私の名前は、、、、
「私は、、、噺屋亭魔法少女。」
名前が完全に戻った。
名食いがウギャッと後ずさる。
今だ!
「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ!
食う寝るところに住むところ!」
息が続く!噛まない!
「やぶらこうじのぶらこうじ!
パイポパイポ、パイポのシューリンガン!
シューリンガンのグーリンダイ!
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
最後まで噛まずに言えた瞬間、、、
名食いは
「お腹、、、いたい、、、」
と情けない声を出して消えた。
名食いが溶けた光が広がりみんなの元へ飛んでいく。
これで、皆の名前が戻るはず!
私はふうっと息を吐いた。
舞台が消え、教室に戻る。
あれ?今回は変身解けてない!
「噺屋亭魔法少女だよね?よかった、、、!」
「う、うん。ありがと。」
顔が熱い。
だがここは冷静を装う。
「その、、、俺の名前思い出したよ。小林碧っていうんだ。」
「へぇーよかったねー」
ああ、また棒読みになっちゃった!
すると王は笑って言った。
「ありがとう。また、噺を聞かせてください!」
やば、、、ちょっとうれしい。
「気が向いたらね!」
私はそっぽを向いて歩きだした。
でも心の中ではちゃんと言った。
「ありがと。小林君。」
次の日。
私はいつも通り、教室の隅っこで静か~に過ごしていた。
でもその静か~な時間は三秒で終わった。
「小森さ~ん!!!!!!」
うるさ!朝から太陽みたいな声を出すのはやめて!
「昨日はかっこよかったね~!噺屋亭魔法少女!」
はあ。やっぱりその話題か。
「そうだね。かっこよかったね。」
、、、いやこれは、この王がかっこいいって言うからかっこいいって言っただけだからね!
自分でかっこいいとか思ってないから!
「やっぱりそうだよね!うんうん。やっぱり、決めた!」
そういえば、そんなことを言われてたような、、、
「小森さんには噺屋亭魔法少女ファンクラブに入ってもらう!」
その時、私は思い出したのだった。
「魔法少女ってことがバレると思わずヒロインみたいな陽キャの口調でしか喋れなくなるから気を付けるんじゃ」
という、地獄みたいな罰を、、、、
これから、どうなるんだろ、、、、
夏休みはもうすぐ。
どんな噺が待っているのやら、、、
私は心配でたまらなくなった。
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