第1話 噺の少女と人形「噺屋亭ほのか」

薄暗い六畳間。

明かりもつけず真っ暗な部屋の中。

ふすまを閉めるとそこには月の光だけが部屋を照らす。

ここだけ、別世界のように静かだなあ。

そんなことを思いながらお客さんの前にちょこんと座る。

月の光に照らされたお客様がよく見える。

今宵のお客様は

木の人形。

布の人形。

髪の毛が生え、歯がチラッと見える、可愛いのか怖いのかわからぬ奴。

色々な人形が壁際にずらりと並んでいる。

「こんばんわ、、、。本日もお越しいただきありがとうございます。」

誰もいないのにそう言わずにはいられなかった。

だって、ここでは私が

「噺家」

で、人形たちは

「お客」

だからね。

しゃがんで、お気に入りの猫の布人形を真ん中に置いた。

畳に正座して息を吸い込み吐く。

この一呼吸が、大事。

何かをするときはこれをしないと始まらない。

だけど、喉の奥がからからに乾いて仕方がない。

が。

それは、今日が特別だからじゃなく、毎日のことなんだ。

でも、、、

ここだけでは声が出る。

「え~では。本日の噺をちょいと一つ。」

よく通る声。

でも、できるだけ、小さい声でしゃべる。

静かな声が部屋の中にスッと落ちる。

すると、月明かりが私の方にやってきた気がした。

私専用のスポットライトだ。

今夜だけは、独り占めしちゃってもいいかな。

そう思い、胸が熱くなる。

対照的に空気はひんやりした。

まるで、部屋全体が

「聞く姿勢」

になったような。

そんな気がした。

「これは、ごく最近。いえ、今日のことなんでございますがな。」

いつもは無表情の私でも、、、笑えない私でも。

ここでは、表情豊かに、笑いながら噺をする。

人前では震える声が、

ここではゆっくり、しっとりと伸びていく。

畳の上を風がなでるように、言葉が転がる。

「誰にも気づかれぬ小さなかげがございました。

陰というものは、どこにでもあるものです。

植物のかげ

机のかげ

カーテンのかげ

そして、人間のいんキャ。」

私が今日あったこと。

正確には今日考えて作った噺。

毎日の失敗や不安、心配なこと。

それらを楽しくてクスッと笑える噺にする。

それが、私の噺だ。

「そんないわゆる、いんのものが学校の隅っこで集会を開いていたんでございます。

え?何を話していたかって?

まあ、そう、焦りなさんな。

議題は「陽キャに勝つ方法。」

陽キャはいわゆる陽のもののことでございます。

陰キャがいるってぇことはもちろん陽キャもいるってことでねぇ。

でも、敵対視しているのは実は人間の陰キャだけでございました。

「わたしら、陽の光がないと生きられませんけど?」

植物の陰がそう言う。

「そもそも、陽キャに勝つ必要あります?」

机の陰の正論に陰キャはダメージを食らったみたいでした。

「でもでもぉ。強くなって陽キャに勝ちたいんだもん。」

すぐさま、カーテンの陰がツッコむ。

「かわいこぶるな!」

カーテンの陰がぴしゃりと言い放ちますと、陰キャが

「だってぇ」

とさらに陰を濃くしてしまいまして。

すると今度は

部屋の隅っこから、ふぅと年季の入った声がいたします。

「まぁ、まぁ皆さん落ち着いて。

別に陰にいるのが落ちこぼれじゃない。

涼しいし、静かだし、最強じゃん!」

見るとそれは、、、

そう。壁の陰でございました。

「ほら、あたしなんて一年中ここで仕事してますけどね。

日焼けしないし。

虫にも刺されないし。

先生にも「掃除しなさい!」とか言われないし。

最高じゃない!」

「おお~」

と感嘆する陰のもの一同。

しかし、陰キャは納得いかぬ様子で、

「でもさ!

陽キャが笑ったらなんか、うらやましいんだよ。

私も何かでいいから勝ちたい!

ちょっとでいいから、、、。」

すると、机の陰が肩をすくめて言います。

「勝ちたいも何も、そもそも別ジャンルですよ。

陽キャは「太陽」。

陰キャは「月」。

太陽に勝とうったってそれはもう、ジャンル違いじゃないですか?」

「た、確かに、、、」

すると、ガラッとドアが開き、陽キャの王が登場しました。

まぶしい声が「誰かいる~?」と。

その瞬間。

陰の一同、全員サッ!と蜃気楼のように消えてしまいました。

「あれ?誰もいない、、、気のせいか。」

王が去ったあと、カーテンの陰がぽつり。

「ね?

気づかれないのが陰の最強スキルなんやで。」

陰キャが納得しかけたその時。

「あれ?今日って何人いたっけ?」

陰キャがふと思ったことをこぼしました。

「四人?」

「五人?」

すると、壁の陰が周りを見渡して不思議そうに言いました。

「六つ陰あるんですけど、、、」

、、、

六つ目の陰がすう~っと動いて囁いてきました。

「、、、お呼びで?」

一瞬の沈黙の後、陰のもの一同全員で叫びました。

「呼んでなーい!」

とまぁ、、、かげが増えるほど熱い会議でございまして。

本日の一席これにて、おあとがよろしいようで。」

深くお辞儀をして。

最後まで美しく、スマートに。

顔を上げると魔法が解け、普段のつまらない私に戻る。

終わってしまった、、、

という残念さはあるが。

それより、うまくいったという満足感の方が大きい。

「どうだっ、、、たか、、、な?」

しどろもどろになりながら、人形たちに聞く。

そのとき。

カタン。

人形の一つが、ほんの少しだけ動いたように見えた。

部屋には風が通るような隙間はないはず。

すこし、怖くなったがそれでも、好奇心には勝てず少し待ってみる。

すると、まずは、布の人形が。

ぽす。ぽすぽすぽすぽす。

次に木の人形が。

カタン。カタカタカタ。

不気味な人形までもが。

ぱん。ぱんぱんぱん。

ぽすぽす。

カタカタ。

ぱんぱん。

次々に私の噺に拍手を送るように手をたたき始めた。

ついには、真ん中に置いたねこの人形を除いて。

全ての人形が拍手を私の噺に拍手を送ってくれた。

私の

「どうだった?」

と言う言葉にこたえるように。

不気味。

他の人がいたらそう思ったかもしれない。

けど、私は嬉しかった。

聞いててくれたんだ。

楽しんでくれたんだ。

そんな気持ちがぐるぐる、回って。

まともなことが考えられなかった。

でも、「お礼を言わなきゃ。」と考えることはできた。

「あ!」

「ありがとう。」この言葉を言おうとした瞬間。

人形たちは光となって消えた。

「あ?え?」

一瞬のことだ。

拍手をしたまま。

光に包まれて消えてしまった。

「ま、まぼろし?」

私の言葉が闇にとけて消えていく。

先ほどの人形たちのように。

でも。正確には一つだけ残っていた。

私の一番お気に入りの人形のねこの布人形。

名前は付けていない。

なぜか、いつかこの子が自分で名乗ってくれそうだったから。

その人形に駆け寄るとつかむ。

ゆすったりしてみるが反応はない。

「消えちゃった、、、私のお客様、、、」

胸の奥がキュウっと小さくなる。

我慢できずに涙がポロリと零れてほほをつたった。

そして、手に持っていた人形に落ちた。

「うーん?う!いたい!いたい!薫!痛いがな!」

声が聞こえる?どこからだ?

耳を澄ませてみるとそれは私の手元から聞こえた。

え?手元?私が今持っているのは、、、

「なんや?なんで、他の人形たちがおらんのんや?なあ?薫。」

目があった。

ぱちくり。

猫の布人形が大きな目で瞬きをする。

うっ、、、、、「わ。」

ああ、我ながらリアクションがしょぼいなぁ。

でも、びっくりしたから涙が引っ込んだ。

不思議と涙よりも笑いがこぼれる。

「あれ?わし、喋れてる?」

不思議そうに首をかしげるねこの布人形は、ちょっとかわいい。

「しゃ、、、べってま、、すよ、、。」

「あれま!本当ですなあ!これは失敬!でもこれは、好機!」

好機?どゆこと?

展開が急すぎてついていけない。

「はじめましてでございます!わしは噺屋亭ほのかと申します。」

噺屋亭?

そんな、名前だったのか!

もっと可愛い名前かと思った、、、

落語の芸名みたいだな。

「単刀直入にいいますぜ。」

ちょちょちょ!話の展開が早い!

待っ、、、

「薫には【噺屋亭魔法少女】になってほしい!」

「は?」

「お前さんの噺には、魔を祓う力がある!」

「は?」

どういうこと~?!

あれ?なんでこうなったんだっけ?

頭がパンクした私はまだ何か言ってる噺屋亭ほのかを引き出しに押し込んで布団にもぐったのだった。

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