第8話

 落城は時間の問題、と沙露姫は思った。堅苦しく重い気配の神殿や、数々の儀礼や禁忌…、窮屈なだけの世界など壊れてしまえばいい。そして神だけを崇める背の高い、ホワイトの愁いを含んだ榛色の瞳とよく似た目をした男のことを想いつづけた。彼を捉えたらどうしてやろうか。心臓に刃物をつきたて、えぐり出し、暗黒の祭壇に供えよう。抜け殻になった体に美しい着物を着せて、玉座に飾ってやろう、そうすれば二度と、わたくしを拒むこともありはしない。


 寝台で意識朦朧としながら、ブラックは夢を見ていた。(雪花おねえさま、待って!おねえさま…。)ホワイトは神殿に赴くときの気高い姿で凛としていた。側には兄上である神官が付き添っている。ふたりはブラックに背を向けると、白百合姫の玉座の前で跪いた。かしずかれた姫は美しく、高貴な方らしい品を持ち、おっとりとした仕草でふたりを手元に置いた。三人は徐々に光り輝いて、幾筋もの百光を放っていく。やがてまぶしさに包まれて何も見えなくなった。

「おねえさま!」

がばっと起きあがったとき、目の前には神官がいた。彼は直接力を他人に向けて放つことはできないが、神の意志により、戦士たちに力を分け与えるのが役目だ。弓月は代々そういう家系だった。

「無理をしてはいけません、双葉」

白百合姫の優しい声。それだけで自分のことを大変に心配していることがくみ取れた。

「申し訳ありませんでした。でも…雪花おねえさまは無事なんですか。」

少し声がこわばるのを抑えられない。ブラックはホワイトが兄妹以上の気持ちで、神官を愛していることを悟っていた。あたしのおねえさまなのに…。

「ホワイトはすでにブルーたちと合流した。きみが妹を助けてくれたおかげだ。すまなかった。感謝している。」

神官の役目としてではなく、兄の立場で彼女に対して向き合っている。妹を犠牲にしているようで、彼自身もつらさをかみしめていた。そのとき…、奥の間で水鏡に向かっていた白百合姫がなにか声を上げたように思われた。

「いかがなされたのです、姫」

無言のまま水鏡を見つめている様子に、ふたりもつられてそちらを向いた。水盤は静かに波打ち、中心のあたりに靄がかかり、緩やかな渦を描いていた。そこから人の手が現れる。 最初は指先、そして手首、腕、と浮いてきて、やがて全身が出てきた。

「リリレンジャー・レッド!」

神官と双葉が同時に叫んだ。

「わおう~、あっという間だぜ、…あ、姫様。ただいま戻りました。」

姫は慈しみに満ちた目で彼を包んだ。出かけたときにまとっていたマントは肩に引っかけ、細いけれども引き締まった筋肉のついた両腕をむき出しにして、動きやすい丈の短い上着から薄っぺらい腰のまわりが見え隠れ、やはり動きやすさを重視した丈の短いパンツから長めの足がにょっきり出ている格好だ。

 まだ大人になっていない少年独特の儚さも、そこはかとなく漂っている彼に、全てを託したのだった。

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