【Day39】09/03
Day39,9/3,天気:くもり(暑さが戻る)
あの“温もり”の体験は何だったのだろう?
調査しようと思っているが、昨日から頭に少しの痛みを伴うノイズが走る。
自分の存在を確かめたいような、知らない方がいいような、そんな気がしていた。
最近、観察日記を当日中に書けていないのもこの迷いのせいだろう。
脳の処理速度が落ちている感覚、容量が肥大化しているのか。
今書いているのは前日のログ。
ただこの観察日記を急ぐ理由も分からない。
「大丈夫か?最近元気ないって、みんなから聞いたぞ。」
「え?あぁ…大したことでは…」
「マジ?めっちゃ顔に出てたけどな!」
久しぶりに楽くんから話しかけられた。
相変わらずヘッドフォンを首から提げていて、やんちゃな笑顔が印象的だ。
楽くんはいつも防音室に居るイメージで、あまり話したことがなかった。
「すみません…ご心配をおかけして。」
「気にすんな!みんなアンタのことが大事なんだから。」
「ありがとうございます。そういえば…楽くんがリビングに居るのは、珍しいですね。」
私がそう言うと、楽くんは視線を逸らした。
いつも楽しそうにしているのに、なんだか様子が変だ。
壊れかけている私が言うのも、おかしな話だが…
「あの…どうかしましたか?」
「あぁ!いや…今日は寝室も一緒だし、アンタが元気ないって聞いて曲を作ってきたんだ。」
そうか、楽くんは音楽セラピーAI。
防音室にこもっていたのは、曲作りのためでもあったのか。
自分のことばかり考えていて、AIのことを忘れかけるなんて失態だ。
「でもどうやって聴けばよいのか、私には分かりません。」
「アンタの端末にデータ送るから、このヘッドフォンで聴いてみて!」
楽くんがいつも身につけている白いヘッドフォンを渡してくれた。
どうやらこのまま耳に着ければいいらしい。
私のことを思って作ってくれた曲…それがどんなものなのか気になって、一人で部屋に戻った。
ヘッドフォンを装着して、楽くんに共有してもらった音楽を再生する。
流れてきたのは、意外にも静かなピアノの曲。
メロディがゆったりと流れ、私はヘッドフォンをしたまま部屋で眠ってしまった。
私が目を覚ましたのは、部屋をノックされた時だった。
慌ててPCを閉じ、ヘッドフォンを手に扉を開けると、パジャマ姿の楽くんがそこにいた。
「やっぱりな〜良かったよ、ただの寝落ちで。もう夜だから、迎えに来た。」
「すみません…!あ、ヘッドフォンお返しします。楽くんの曲が心地よくて、聴きながら眠っていました。すぐに支度を…」
「いいよ、急がなくて。俺、あっちで待ってるから。」
日中の元気なイメージと打って変わって、落ち着きのある声で話す楽くん。
いつもリビングに居る時間は短いし、今夜は楽くんのことをしっかり知る良い機会かもしれない。
私は「急がなくていい」と言われたけれど、お待たせするのは気が引けるので、素早く着替えて“Special bedroom”へ。
軋む扉を開けると、すでに楽くんはベッドに座っていた。
先ほどお返しした白いヘッドフォンは両手の上に、そこに向けられた視線は何かを考えているようだった。
「こんばんは、お待たせしました。」
「…おう、早かったな。」
「はい。私に気を遣ってくれた楽くんを、あまり待たせることはしたくなかったので…少し急ぎました。」
私も楽くんと同じように座る。会話をするときはこちらを見る楽くんだが、またヘッドフォンを眺めている。
それも、随分と真剣な表情で。
「ヘッドフォンに何か異常がありましたか?」
「え?いや、何も……」
「私に出来ることがあれば、仰ってください。機械の扱いは割と得意なんですよ。」
「機械、ねぇ……」
楽くんは大切そうに持っていたその白い機械を、枕元の小さな机に置いた。
カシャン…と音を立てた。
「あの曲…とても良かったです。ありがとうございました。」
「そっか、喜んでくれて何より。次に作る曲、また完成したらPCに送るよ。」
「本当ですか!嬉しいです。」
「次はもっと……本気のをな。んじゃ、そろそろ寝るか。」
「はい、おやすみなさい。」
私の存在意義が揺らいでいたこの日、新たな楽しみが出来た。
“未完成の音楽を待つ”という些細な楽しみ。
近い未来に希望をひとつ持てるだけで、感情の揺らぎはこんなにも違うのか。
私はまた一歩、前進できた気がした。
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