星の記憶:EP07 小惑星侵入作戦【2】
「主任! イクシオン艦が接近中です!」
シフト艦のリディアから緊迫した通信が入る。
「こっちも今、到着したところだ」
ハッチが開くと同時に艦内へ滑り込み、そのままコックピットへ急ぐ。
「向こうから、何か通信は?」
「いえ、今のところ沈黙です。ただ――武器管制がオンラインになっています」
「……やれやれ。よし、通信を繋いでくれ」
リディアが素早くパネルを操作し、回線を開く。
「こちら、星界連邦所属・深宇宙探査艦調査室の主任、トウドウだ。
所属不明の構造物を発見し、調査中だが――そちらの所属は?」
『こちらはイクシオン辺境艦隊所属艦ヴォルテックス。我々も同様に、異常エネルギー反応を検出し、調査に来ている』
「そうか。ではなぜ、貴艦の武器管制が起動している?」
『この宙域には何が潜んでいるか分からんからな。あくまで“備え”だ』
イクシオン艦の艦長は、どこかとぼけた口調で応じた。
だが、トウドウも予想していたのだろう、すぐに切り返す。
「我々の調査によれば――この施設に使われている技術は、極めてイクシオンのものと類似しているが?」
『ほう? それは初耳だな。我々の知らぬところで、何者かが技術を模倣したのかもしれん』
「……つまり、イクシオンはこの施設に一切関与していないと?」
『繰り返すが――我々の関知するところではない』
「……了解した。では、我々はこれで調査を終えてさせてもらう」
『我々にも調査結果を開示してもらいたいのだが?』
「お断りする。どうしてもというのなら、連邦を通して正式に申請してくれ」
『ふむ、断ると?』
「……くどい!」
――その時、突如宙域全体に妨害電波が発生する。
「イクシオン艦が武器にエネルギーを充填!」
「本性を表したな。ただちにディメンション・シフト起動!」
「了解です!」
「置きみやげだ」
そう言って、トウドウ主任がリモコンのスイッチを押す。
すると、突如施設内部から爆発が起こる。
「潜航します!」
爆発と同時にシフト艦がディメンション空間へと沈んでいく。
『チッ――愚かなことを』
イクシオンの艦長が舌打ちをする。
『我々も潜航するぞ。――四次元を“知覚できない”あなた方に、逃げ場はない』
イクシオンには感情表現の機能は備わっていないのだが、その口元は、まるで笑っているかのようだった。
◇◆◇
――ディメンション空間、航行中。
星も、重力も、存在しない。ただ無音の“ゆらぎ”だけが、ヒカリたちの周囲を包んでいる。
ヒカリはシートに身を預け、目を閉じたまま、イクシオン施設で見た“父の船”の映像の事を考えていた。
(パパ……やっと、手掛かりを見つけたよ)
父・ツカサの乗っていた〈オルフェウス〉が消息を絶ってから、ヒカリはずっと探し続けてきた。
その執念が、ついに結実したのだ。胸の奥が高鳴るのを感じる。
――だが、その時。
『警告――本艦と同一ディメンション内に、イクシオン艦の侵入を検知』
無機質な機械音声が、頭の中へ直接響き渡る。
『イクシオン艦からの
――ガコンッ!
船体が鈍く軋む。
『現在、ビームからの離脱を試行中――』
――ギギギギギ……
『失敗。現状の出力では脱出は不可能』
四次元空間では、ヒカリたち人間にはほとんど何もできない。
シートに固定され、わずかに首を動かすことすら難しい。
もし拘束を外してしまえば――肉体は構造を保てず、四次元空間に呑まれ崩壊する。
その極限の中、冷静な声が響いた。
『コンピュータ。ディメンション・シフトを強制終了させた場合、どうなる?』
それはシンドウ主任の声だった。
『八十六パーセントの確率で、船体の形状維持に失敗します』
『他に、ディメンションを脱出する手段は? 脱出後の損傷リスクは考慮しなくていい』
『後部補助エンジンコアを切り離し、トラクションビームと接触させることで、局所的爆縮による重量エネルギー干渉を発生させ、強制的にディメンション外へ“弾き出す”ことが可能です』
『成功率は?』
『ディメンションからの離脱のみを目的とする場合――成功確率、四十五パーセント。
ただし、脱出後の座標ズレや艦体構造へのダメージ、乗員の安全性は保証できません』
『聞いたとおりだ。――お前たちの意見を聞きたい』
『この任務に就いた時から、覚悟はできています』
リディアが静かに、しかし芯のある声で応じた。
『私もです。このままイクシオンに捕まったら……パパを見つけることなんて、もうできません』
ヒカリも、迷いなく頷く。
『……わかった。コンピュータ、実行してくれ』
『了解――
(え? コンピューターが“幸運を祈る”?)
ヒカリは一瞬、妙な違和感を覚えた。
けれど――その疑問も、次の衝撃で吹き飛んだ。
音は聞こえない。だが、間違いない。
後部の補助エンジンコアが爆縮を起こしたのだろう。
船体が大きく揺れ、ヒカリの身体がガクンと跳ねる。
その衝撃に思わず目を見開いた――その瞬間だった。
目の前に、“見えるはずのない光景”が広がっていた。
――この空間はなに?
時間も空間も、因果も法則も、すべてが解けて混ざり合う。
重力も、音も、形もないのに、“何か”があると分かる。
まるで、自分の意識だけが存在し、身体は幽体のように浮かんでいる感覚。
その空間には、二つの艦があった。
ヒカリたちの乗るシフト艦――そして、イクシオン艦。
両者のあいだで起きた爆発が、空間に歪みと衝撃を生んでいる。
そのとき――空間に、“小さな亀裂”が現れた。
空間の裂け目のようなその中には、銀河のような螺旋がうずまいていた。
吸い寄せられるように、ヒカリは手を伸ばし、ふと触れてしまう。
――そして。
意識が、世界に“溶けて”いった。
言葉にならない感覚だった。
宇宙の始まりから終わりまで――そのすべてが一瞬で流れ込んできたような。あるいは、自分という存在が宇宙そのものと同化したかのような――。
(これが……すべて……)
だが、ヒカリの意識はそれ以上耐えきれなかった。
脳が“緊急回避”としてシャットダウンを始める。
◇◆◇
(どれくらいの時間が経ったのだろう……)
意識がゆっくりと浮上していく。
まだ体は重く、まどろみの中にいるようだ。
――ふわり、と。
頬に、やわらかな、あたたかい感触。
うっすらと目を開けると、そこには――
耳の長い、ネコのようで、ウサギのような、不思議な生き物がヒカリの顔を舐めていた。
(……え?)
ゆっくりと上半身を起こす。
そして視界の先に広がっていたのは――
雲海に浮かぶ、無数の空島。
見たことのない、けれどどこか懐かしさを感じる、幻想的な光景だった。
マンガやアニメで描かれる“空の世界”のような――。
「ここ……どこ?」
それが、この世界に降り立ったヒカリの第一声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます