第28話 アヤナへ続く確かな道標
――その頃、アヤナはひとり、小さな家の一室に身を潜めていた。
窓から差し込む光の中で、ふと胸の奥に重くのしかかる言葉を思い返す。
「婚約を受け入れなければ、支援を打ち切る」
第4ファクトリーからの圧力。
支援の対象は、アヤナの実家だけではなく所属する飛翔船のレースチームもだ。
今の自分の舞台そのもの。
みんながいなければ、自分はここまでこれなかった。
――そして両親。
実の親ではない。けれど、誰よりも娘として育ててくれた。
レースで結果を出せば、子どものように笑って抱きしめてくれた。
その両親が「いい人と出会えたのね」と嬉しそうに告げたとき、胸の奥が張り裂けそうになった。
本当は違う。
けれど、その笑顔を壊す言葉なんて言えなかった。
(私は……どうすればいいの……?)
握りしめた拳が震える。
受け入れることは絶対にできない。
それでも断れば、チームや両親を悲しませる。
――だから、姿を消すしかなかった。
これはただの先延ばしにしかならないかもしれない。
でも、今の私にはこれくらいしか……。
アヤナは深く息を吐き、窓の外を見つめた。
青空の下で飛ぶ飛翔船を見上げながら、胸の奥で小さくつぶやく。
「……学院のみんな元気にしてるかな」
◇◆◇
ゾンターからの聞き取りを終えたオレたちは、ナタリー先生の部屋に戻り、今後の行動について話し合っていた。
「クランメンバーには、第4ファクトリーが雇っている探索者の動向を調べるよう指示を出したわ。それからアヤナさんについてだけど――新しい機体の試験中に姿を消したのは確かみたい。レースチームのメンバーから証言を取れたわ」
「じゃあやっぱり……アヤナは自分から姿を隠した可能性が高いですね」
オレの言葉に、ナタリー先生は力強く頷く。
「状況から考えて、その線が濃厚でしょうね」
「じゃあ問題は……どこに隠れてるか、か」
「そういうこと。家出や失踪のケースでは、大抵“土地勘のある場所”を選ぶ傾向があるの」
「土地勘……ですか」
「ええ。それで調べたところ、ここアストリアから東にある町にアヤナさんのお母様の実家があるらしいの。そして同じエリアで“赤い機体”の目撃情報も入手したわ」
「本当ですか!」思わず身を乗り出す。
「ただし……早く動かないと、遠くへ移動してしまう可能性が高いわ。それから、大人数で探すのは危険よ。ファクトリー側に感づかれたら台無しになる。だから――動くのはあなたたちだけよ」
「先生は来られないんですか?」
マイルの疑問にナタリー先生はわずかに苦笑して首を振った。
「私はこれでも多少、顔が知れているの。そんな私が現場に出ていたと知られたら、すぐに向こうに察知されてしまうわ。その点、あなたたちはまだ学院に入ったばかり。顔も広く知られていない。多少大っぴらに動いても目立たないはずよ」
「わかりました! 絶対にアヤナを見つけ出します!」
その言葉に、マイルもレオンも力強く頷いた。
――翌朝。
オレたちはアストリア近郊の町へ向けて、ルミナークを飛び立たせた。
「尾行はないみたい」
マイルがレーダーを確認しながら報告してくる。
「了解。一応、町に着くまでは気を抜かないでくれ」
「まかせて」
風を切り、青空の下をひた走る。やがて目的の町が視界に広がってきた。
「あそこね。思ったより賑やかな町なのね」
「ああ。まずは駐機場に降りて、宿屋を取ろう」
「よっしゃー! 早くメシだメシ!」
ノクティが翼をばたつかせて騒ぎ出す。
「わかったよ、そうしよう」
「おい、のんびりしてていいのかよ!」
レオンが焦ったように声を上げた。
オレは苦笑して肩をすくめる。
「オレたちは“友達同士で遊びに来ている”って設定なんだ。いきなり聞き込みを始めたら不自然だろ?」
「それに、情報っていうのは人がいるところに集まるのさ」
そう言うと、レオンは渋々ながらも納得した顔をした。
「それから、オレたちがアヤナの知り合いだとバレないように注意だ」
作戦は地味だけど、まずは観光者として町に自然に溶け込むことが大事だからな。
オレたちは飛翔船を駐機場に停め、宿に荷物を置くと、昼時で賑わう人気の食堂に足を運んだ。
中はすでに満席に近く、ざわめきと料理の匂いで活気に溢れている。空いた席を見つけ、腰を下ろすと注文を済ませた。
――料理が届くまでのあいだ。
オレたちは観光客を装いながら、耳を澄ませて周囲の会話を拾う。
ときおり「アヤナの失踪」の憶測は聞こえてくるが、どれも憶測ばかりで有力な情報はない。
さらに、探索者風の連中が同じように聞き込みをしているのも目に入った。
(やっぱり……ファクトリーが雇った連中も動いてるな)
食事を運んできた従業員には観光地や人気の店の情報を尋ね、自然に人が集まる場所を確認していく。
この町は、規模のわりに人がかなり多いように見える。
町並みは、古びた家と真新しい家や店が入り交じり、所狭しと建ち並んでいた。
(町人の話でも、最近急激に開発が進んだって言ってたし……そのせいかもしれないな)
――どこかいびつな印象を受けつつ、その後いくつかの場所を巡ったけど、出てくるのは憶測ばかり。結局、決定打になるような情報はつかめなかった。
日が傾き、影が伸び始めたころ。
一度宿に戻って作戦を練り直そうと歩いていたその時――。
「今度はわたしの番よ!」
「えー、もうちょっと遊ばせろって!」
楽しげな子どもたちの声が耳に届いた。
視線を向けると、二人の子どもが広場の隅で“赤い翼のついたおもちゃ”を取り合いながら遊んでいた。
その瞬間、何かを思ったのかマイルがふたりに駆け寄ってしゃがみ込む。
「ねえ、それ、何で遊んでるのかな? おねーちゃんに教えてくれない?」
声をかけられた女の子は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になって口を開いた。
「これ、おねーちゃんの飛翔船なのよ!」
「おい! かーちゃんに“おねーちゃんのことは言うな”って言われただろ!」
「……あっ、そうだった。ごめん」
男の子にたしなめられ、女の子はしゅんと肩を落とす。
「おねーちゃん?」
マイルが重ねて聞くと、男の子は慌てて背を向けた。
「な、何も知らねーよ!」
そして、二人はそのまま駆け出していった。
レオンが「追うぞ!」と身を乗り出したが、オレはすぐに腕を伸ばして制した。
「どうしたんだ!」
「ここで騒いだら目立つ。……ファクトリーに気づかれたら全てが水の泡になる」
レオンは悔しそうに歯を食いしばりつつも、黙って引き下がった。
――残されたオレたちは互いに視線を交わし、無言でうなずき合う。
赤い翼のおもちゃ。そして、子どもたちが漏らした“おねーちゃん”という存在。
それは紛れもなく、アヤナへとつながる確かな“手がかり”だった。
(待ってろ、アヤナ。もう少しで――見つけ出せる)
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