第27話 ファクトリーの影

「それで、今どんな状況なんですか?」


「それがね、ご実家からは“家の問題”として処理されているみたいで、協会に捜索依頼は出されていないのよ」


「どうして!」マイルが思わず声を張り上げる。


「どうも――ギアベルグの第4ファクトリーが、独自に探索者を雇って捜索をしているらしいの」


 第4ファクトリー。その名を聞いた瞬間、胸の奥に嫌なざわめきが広がる。


「たしか……アヤナのチームに資金援助してるって聞きましたけど」


 オレは以前アヤナから聞いた話を思い出した。


「そう、アヤナさんから聞いたのね。実際そうなのよ。そして……あそこはギアベルグの探索者協会と犬猿の仲。表向きは取引があるけど、水面下では常に牽制し合っているわ」


 そういえば、ギアベルグ支部長も嫌っていたな。やっぱり因縁があるんだ。


 ナタリー先生は少し言いにくそうに続けた。


「これはあくまで独自に集めた噂なんだけど……。実家の使用人さんがこっそり漏らした話によると、どうもアヤナさんに“縁談”が持ち上がっていたらしいの」


「えっ……アヤナちゃんに?!」

 マイルが勢いよく声を上げる。


(アヤナに縁談……? そんな素振り、まったく無かったはずなのに……)


「ただ、この話は使用人にも秘密らしくてね。たまたま耳にしたってだけの話らしいの」


 根拠は薄い。けれど、胸の奥をざわつかせる嫌な予感が消えない。


「まさか……」


「スカイくん、何か心当たりがあるの?」


 ナタリー先生に問われ、オレは思い切って口を開いた。


「……アヤナ、入学式のあとに言ってたんです。ゾンターに“付き合ってる”って嘘を流されて困ってるって」


(それに、アヤナが実家に戻る直前に受け取った手紙……あのとき、一瞬だけ顔が曇った。やっぱり気のせいじゃなかったんだ)


「なるほど……そんなことがあったのね」


 ナタリー先生は腕を組み、険しい表情を浮かべる。


「一度、徹底的に調べてみる必要がありそうね――わかったわ、私たちはそちらの方向から調べることにしましょう」


 こうしてアヤナ捜索の方針が決まった。


 ――けれど、オレの胸の中の不安は消えない。

 アヤナが今どこで、何を思っているのか。

 ゾンターや第4ファクトリーの影が見え隠れする以上、悠長にはしていられない。


「待っててねアヤナちゃん。絶対に見つけ出してみせるからね」


 マイルの決意にオレたちも頷く。


 ――オレたちはさっそく話を聞くためにゾンターの元を訪れる。

 ゾンターはオレたちの顔を見ると、いつものように見下すような笑みを浮かべたが……後ろに立つナタリー先生に気づいた瞬間、その笑みが固まり、すぐに引っ込めた。


「ゾンターくん。ちょっと話を聞きたいのだけど、いいかしら?」


 ナタリー先生の柔らかな声。だが、その眼差しは決して笑っていない。


「は、はい。だ、大丈夫ですけどぉ……」


 さすがにナタリー先生の前では大人しいらしい。


「アヤナさんのことについて、あなたの知っていることを教えてほしいの」


 その名前が出た途端、ゾンターの顔が一瞬強張り、次いで困惑の色に変わった。


「俺も実家に聞いたんです……。でも“お前には関係ない”って突き返されて……」


「ご実家に確認したのね?」


「……はい」


 ナタリー先生は思案深げに目を細める。


「では質問を変えましょう。――以前、あなたがアヤナさんとの交際を仄めかす噂を流した、という話があるのだけれど。それは事実かしら?」


 その言葉にゾンターは露骨に動揺し、目を見開いた。

 悔しそうに顔を歪め、しばし沈黙した後、小さくうなずいた。


「……はい。でも、その後すぐオヤジに怒られて、それ以降はしてません……」


「なるほど」ナタリー先生が冷ややかに頷く。


「それに……」

 ゾンターが何かを言いかけて、唇を噛んで黙り込んだ。


「それに、何?」

 ナタリー先生の声が鋭くなる。


 しばらく逡巡した末、ゾンターは搾り出すように言った。


「……兄貴に、取られたんだ」


 顔をゆがめ、悔しそうに拳を握りしめる。


「オヤジが勝手に決めたんだよ……“兄貴の婚約者にする”って……! アヤナさんを……!」


 いつもの尊大さはどこにもない。

 声は震え、必死に自分の立場を弁解しているようにしか聞こえなかった。

 その告白に、オレたちは息を呑んだ。


「婚約だと!?」

 レオンが思わず声を荒げる。


 ナタリー先生は目を細め、低い声で言った。

「やはりそういうこと……。表向き“ただの行方不明”とされているのは、ファクトリーのメンツを守るため、という可能性が高いわね」


「じゃあ、アヤナちゃんは……」

 マイルが不安そうに呟く。


 ――自分から姿を消したのかもしれない。

 あの日、協会で手紙を読んだ後に見せた、あの一瞬の影。

 全部、偶然じゃなかった。


「第4ファクトリーは、真実を隠したまま独自に捜索してる。つまり、外に漏らしたくない事情があるってことよ」

 ナタリー先生の分析に、みんなが固唾をのんで耳を傾ける。


(アヤナ……お前、どれだけ一人で背負ってたんだよ……)


 胸の奥が熱くなる。

 でも迷っている暇はない。


「必ず見つけ出すんだ。オレたちの手で――!」

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