第5章 《アストリア飛翔学院編》

第24話 プラチナ探索者の誘い

 ――季節は春。

 やわらかな陽射しが降りそそぎ、街路の花々が一斉に咲き誇る。淡いピンクの花びらが風に舞い、新入生たちの未来を祝うように空を彩っていた。


「いよいよだね!」


「……ああ、やっとだ」


(おい! このピンクの花、美味そうな匂いがするぞ!)


 アストリア飛翔学院の校門前には、すでにレオンとアヤナが待っていた。


「よう、こっちだ!」


「お久しぶりです」


 二人が笑顔で声をかけてくる。

 合格発表から今日まで、二人とは何度も会って遊ぶ仲になっていた。


 レオンが、何人もの優秀な軍人を輩出する名家の三男なのには驚いたし、アヤナの人気にも改めて驚かされた。

 どこに行っても必ず注目されるし、今でもチラチラと様子をうかがう生徒がいる。


(俺達と遊んだり、ノクティと戯れる姿は普通の女の子なんだけどな)


 ――校門をくぐると、人だかりは合格発表のとき以上だった。


「さすがに人が多いな……」


「合格発表の時と違い、二年生もいますし。今年は編入も多いみたいですよ」


「編入?」


「どうも今年は臨時講師としてクラインさんの講義があるらしいんです」


 アヤナの言葉にオレたちは顔を見合わせる。


「マジかよ……! なるほどな、それなら納得だぜ」


 レオンが腕を組んで深くうなずく。


「でも……どうしてクラインさんが臨時教師なんて?」


「それは、私にもわからないわ」アヤナも首をかしげる。


「トップ探索者の講義なんて、めったに受けられないぞ!」


「きっと実戦の話とか聞けるんじゃない?」


 胸の高鳴りが抑えきれない。


(プラチナランクの講義か……一体どんな内容になるんだろう?)


 オレもクラインさんの講義には絶対参加しようと心に決めた。


「さて、入学式までまだ時間があるけど、どうする?」


「あ、それなら学園のカフェで休憩しよ! パフェが美味しいらしいよ!」


「そうなんですね……楽しみです」


 マイルの言葉に、アヤナがふっと柔らかく微笑んだ。


 オレもマイルの案にうなずいた、そのとき――

 学院内にアナウンスが流れる。


『新入生のスカイさん、マイルさん、レオンさん、そしてアヤナさんは、至急学院長室までお越しください』


「……え、なんだろう?」


 オレたちが困惑していると、背後からねっとりした声が響いた。


「おんやぁ〜君たち、入学前早々なにかやったのかねぇ?」


 振り返れば、ゾンターとその取り巻き二人。いつものようにニタニタ笑いながら近づいてくる。


「アヤナさんもぉ、こんな連中と付き合うのはやめた方がいいですよぉ」

 取り巻きもすかさず同調する。


「……はぁ〜、またお前か」


「邪魔だ、どっか行け!」レオンが鬱陶しげに手を振る。


「そんなこと言っていいのかなぁ〜?」ゾンターは鼻で笑う。


「うちの第4ファクトリーはぁ、学院に資金援助してるからねぇ。大きな影響力があるんだよぉ」


「どうせ親の金だろ」


「親の財力も実力のうちってやつだよぉ。貧乏人の君たちには一生わからないだろうけどねぇ」


 見下した笑みを浮かべ、ゾンターはわざとらしく肩を揺らしながら校舎へと入っていった。


「……ああいうのが特別扱いって、なんか嫌だね」


 マイルが唇を尖らせる。


 その時、背後から落ち着いた声が響いた。


「不満はごもっともですが、私たちも慈善事業ではありませんからね。ある程度は仕方のない部分もあるのです」


 振り返ると――そこに立っていたのは学院長、その人だった。


「先ほどアナウンスしましたが、お話があります。学院長室まで来てもらえるかしら?」


 学院長は穏やかに微笑むが、その瞳には何か含みがある。


「あ、あの話って?」オレは学院長にたずねる。


「心配しなくても悪い話ではありませんよ。では、一緒に学院長室へ行きましょう」


 ◇◆◇


 学院長に導かれ、オレたちは学院の最上階へ。

 白を基調としたその部屋は、無駄なものが一切なく、ホコリひとつ落ちていない。


 中には二人の人物が待っていた。

 そして、その中に見慣れた顔を見つけて思わず声をあげる。


「クラインさん!?」


「やあ、実技試験ぶりだね」


 そこにいたのはプラチナ探索者・クラインだった。


「な、なんでクラインさんがここに……?」


「その話も含めて、私から説明しましょう」


 学院長が一歩前に出て口を開く。

 

「今年から特別講義をお願いすることになりました。そして今回、彼から“君たちをクランに招待したい”と申し出があったのです」


「オレたちを……クラインさんのクランに!?」


「そうだ。試験で救助したエリオから話を聞いてね。学生の枠に収めておくのは勿体ないってね」


 オレたちは息を呑んだ。


「ただし、国際ライセンスを得るには単位が必要だ。そこで学院長と相談して、在学中は学院では講義、俺のクランでは実技を経験してもらうことにした」


(……クラインさんのクランに)


 思わず言葉を失うオレたちに、クラインはにこやかに尋ねた。


「どうだい? 俺のクラン『アストラル・ナイツ』に入ってくれるか?」


 視線を交わし、一斉にうなずく。


「「よろしくお願いします!」」


「そうか、快諾してもらって嬉しいよ」


「それから誘っておいて何だが最近は忙しくてな、キミたちとずっと一緒にいるわけにはいかないんだ。だから担当指導員を用意した」


「よろしくね。ナタリーよ」


 柔らかな笑みを浮かべた女性が一歩前に出る。その立ち姿には、ただ者ではない気配が漂っていた。


「ナタリーさんも、クラインさんのクランメンバーなんですか?」


 マイルも気配を感じ取ったのか思わず問いかける。


「そうよ。結婚を機に地元へ戻って探索者業は休止中だけど、クラインの紹介でここに勤めることになったのよ」


「ナタリーはこれでも元ゴールドランクだ、腕は確かだぞ。わからないことがあればナタリーに頼れ」


 オレたちは思わず顔を見合わせた。――ゴールドランク。

 探索者の世界では一握りの実力者しか到達できない階級だ。


「話はまとまったようね。それじゃあ、そろそろ入学式の時間ですよ」


 学院長が話を締める。


 ――こうしてオレたちは、クラインさんのクランに加わることが決まったのだった。


 ◇◆◇


「これより――アストリア飛翔学院、入学式を開始します!」


 司会の声が講堂に響き渡り、ざわめきがぴたりと収まった。

 壇上に学院長が姿を現し、マイクの前に立つ。


「今年は例年の二倍近くの新入生が、この学院に入学することになりました。まことに喜ばしいことです」


 言葉に合わせ、会場いっぱいに拍手が広がる。

 学院長は一拍置いて場を見渡し、声を落として続けた。


「そして――今年から、Sクラス冒険者のクラインさんに臨時講師をお願いすることになりました」


 ざわっ、と会場が大きく揺れる。

 驚き、期待、羨望。さまざまな感情が波紋のように広がり、会場全体を包み込んでいく。

 次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 その後は、来賓紹介・祝辞・入学許可の宣言・式辞と続き、興奮の余韻を残したまま、学院長の閉式のあいさつで幕を閉じる。


 ――これからの学院生活、そしてクラインさんのメンバーとしての活動。

 期待と不安が入り混じった、オレたちの学院生活と、クラン《アストラル・ナイツ》での日々。その両方が、今ここから始まった。

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