元勇者の日常
異世界を救った勇者である四人組。
彼女たちは元の世界に帰って来る際に姿が当時の中学生の頃の肉体へと若返っていたが、勇者としての力を失ったわけではないようで、これまでと変わらず魔法などの超常の力を扱うことができた。
高校生になった現在でも勇者としての力は衰えることなく健在であり、人知れず力を使う事があった。
その中でも、四人組の一人である
朝に弱く寝坊することの多かった彼女は急いで家を飛び出し、魔物との戦いによって視線に敏感になったことで周囲の人々の視線が自分から逸れる一瞬を見計らって人間離れした身体能力で走る。
彼女の通った後には強い風が吹き、近くの山の野生動物たちが驚くということが入学式以来少なく数えても十回はあった。
当然、真央の動きを視認できない周囲の人々からすれば異常気象かなんかだと思われているが、元勇者の三人は「ああ、また寝坊か」と冷めた反応をするのみだった。
「セーフ!!」
「アウトよ」
「うごっ!?」
風を纏いながら校門を越えてやってきた真央の頭にげんこつを落とした夕依はそのまま気を失った真央を慣れた手つきで背負い部室へと連れて行った。
部室、とは言ってもかつて何らかの部が使い、今ではもぬけの殻となってしまった空き部屋にたむろしているというだけの部屋だ。
部室へと入って来た二人を待っていたのは亜里沙と仄華だった。二人は手にそれぞれブラシやゴム、ヘアオイルなどを持っており寝癖すら整えられていないぼさぼさ頭の真央に視線を向けている。
気を失った真央を椅子へと座らせた夕依は仕事が終わったとばかりに遠くに座ると、交代するように前へ歩み出てきた二人はそれぞれ真央の髪の手入れを行う。手元に小さな魔法陣を光らせ、ぼさぼさの髪を少しずつほぐしていく。
真央が目を覚ます頃には全ての処置が終わり、仄華が差し出した手鏡にはいつも通りの真央の姿が映っていた。
「……ありがとう」
「いいよ、いつも通りだし」
「そ、それより、昨日は何時に寝たの?」
「……さ、三時」
申し訳なさそうに感謝を告げる真央を気にせずに質問をする仄華の姿がまるで娘を咎める母親のように見え、夕依は思わず吹き出してしまう。どこか気まずそうに視線を逸らして真央が答えると、亜里沙と仄華は目を吊り上げた。
「もう、ダメじゃんそんな襲い時間に寝たら。身長伸びないよ?」
「そ、そうだよ、真央ちゃん!」
「な、何だとー!!」
幼子への扱いに抗議するために立ちあがった真央の頭の上に亜里沙は手を置いて頭を揺らす。
「あうあうあう……」
「真央、身長いくつ?」
「ひゃ、146センチ……」
「「「小さい」」」
「はあー!?じゃあお前らいくつなんだよ!」
「166よ」
「168センチ!」
「ひゃ、176センチ……」
「ひぃん……」
全員が全員自身よりも背が高いことに思わず悲しくなる真央。
かつては男子でありこの中の誰よりも身長が高かったはずの彼女は今では女子の中でも小柄な方となってしまい、なおかつこの場にいる親友たちは女子の中でもかなり長身の部類であるために四人で並んだ際に一人分だけ大きく凹むのが最近の真央の悩みだった。
「オレだってなぁ!男のまんまだったら今頃はなぁ!!」
「意味のない仮定ね」
「そうそう。今は可愛い女の子なんだから」
「そ、その姿でずっと旅してたのに、今元に戻られたら困るよ……」
仲間たちからの容赦ない言葉に沈み込む。
確かに、彼女たちからすれば鎌昏 真央という存在は現在の女子としての姿で定着しており、男に戻ることなんて想像できないだろう。
真央自身、勇者として召喚され女子として過ごした数年間は真央がそれまでに過ごした十数年よりも遥かに濃いものであり、自身が元の姿に戻ったとして何不自由なく生活できるかと問われれば即答できないほどに現在の姿に慣れてしまっていた。
当然、元男であるために男との恋愛なんて想像すらしたくないが、かと言って女と恋愛できるかというと難しいところだった。
「っていうか、一緒に風呂にまで入った中なのに今更男に戻ったら気まずくなるよね?」
「……それはそう」
亜里沙の指摘に視線を逸らしながら内股になるその姿はもはやただの女の子だった。
そのまま話していた四人だったが、授業開始十分前のチャイムが鳴るとすぐにそれぞれの教室へと戻った。
彼女たちが談笑をしていた部室から一番近い教室、一年一組の教室に入った真央をいくつもの視線が迎える。軽く「おはよう」と挨拶をすると、教室のところどころから元気な挨拶が返って来た。
真央が自身の席、窓際の一番後ろの席へと着く。
「またいつもの四人で話してたの?相変わらず仲良いね」
「そうだね。中学生の頃からの親友だよ」
席に着いた真央に話しかけたのは隣の席の木崎
「まあ、確かにまだ二、三年って考えると私たちってだいぶ仲良く見えるよね」
「ほんとだよ!てっきり十年来の仲だと思ってた!私も幼馴染がいてそこそこ仲良いけど、鎌昏さんたちには負けるよ~。……あっ、先生来ちゃった」
その言葉に教室の入り口へと目を向けると入って来たのはどこか疲れたような目をした三十代くらいの長身で細身の男性。
現代文の教員だった。寝坊したせいでその日の時間割を見る暇のなかった真央はその教員が入室したことで初めてその日の一限が現代文であることを思い出し、急いで授業の準備を始めた。
□ □ □ □ □ □
放課後、四人は真央のいる一組へと集まるのがここ最近の当たり前となっていた。
理由は至極単純、真央の帰りの準備が遅いからだった。
「真央ー、早くー」
「どうして貴女はいつも準備が遅いのかしら」
「そ、そんなに急がなくてもいいからね……?」
「ほ、仄華ぁ……!」
急かす二人とは異なり優しい言葉をかけてくる仄華に真央はキラキラとした目を向ける。その様子に思わず真央の頭へと手を伸ばした仄華だったが、その手首は夕依によって押さえられてしまう。
「仄華、貴女は毎回真央のことを甘やかしすぎなのよ」
「で、でも真央ちゃんが……」
「いいのいいの!仄華がずっとそうだと真央も甘えちゃうんだから、こういうところぐらいはしっかりさせないと」
真央を甘やかそうとする仄華を抑え説得する二人に真央が「余計なことを」と言わんばかりに睨むと、その視線に気づいた二人は真央の両側の頬を引っ張った。
「痛い!痛い!なんで抓るの!?」
「……あれ?案外普通に喋ってる?」
「……ふふふ、
「……呆れた。どうしてこの状況で強気に出られるのかしら」
頬を引っ張られた状態で何故か腕を組んで得意げな表情を浮かべた真央に、夕依は抓る力を強くするとさすがに痛いのか涙目で謝ってくる。
その姿がどこか愛らしく、真央が謝り続ける様を動画に収めた後、満足した夕依は真央を解放した。
「夕依……」
「夕依ちゃん……」
「ち、違うのよ?いつも強気な真央が情けなく泣いているのが面白くて撮っただけで……」
その様子を見ていた亜里沙と仄華がどこか引いたような声を上げると、夕依は慌てて苦しい弁明を始めた。しかしあまりに無理のある弁明に二人の目は変わらなかった。
「……後であたしにも送って」
「……わ、わたしも……」
「……え、ええ……!」
九死に一生を得た夕依は安堵の表情を浮かべ動画の受け渡しを承諾する。自身の情けない動画が仲間中に広まりそうだというのに、赤くなった頬を涙目で擦る真央は気づくことができなかった。
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