第6話 パパが配信者『ぴんぶる。』だった件。~ピンクとブルーのリボンは、あたしとママとパパの思い出~

「加奈、飯、出前でも取るか」

「いい。適当に食べるから、放っといて」

「加奈、おやつに、ケーキ買って来てやろうか」

「いい」

「加奈、コーヒー淹れたら、飲むか」

「いい」


 1時間おきくらいに、あたしの部屋の前で声をかけてきたパパは、こんなやりとりを1ヶ月くらい続けたら、話しかけてこなくなった。

 それでも、1時間に1回くらい、あたしの部屋の前で立ち止まっている気配がわかる。


 ――ママが死んで半年。

 

 パパはあたしが部屋で手首切ったりだとか、そういう『何か』をしでかしてるんじゃないかと心配なんだと思う。あたしは『難しい子』だから。

 

 パパは仕事を在宅勤務に切り替えて、ずっと家にいるようになった。

 けど、今までだってほとんど話してなかったパパと、いきなり24時間一緒に家にいるのなんて、居心地悪すぎる。


 あたしの身分は、いちおう通信制高校の2年生。

 週1回のZoom面談と、単位用のレポートだけで成績がつく学校だ。登校日もあるけれど、行けたことはない。

 

 普通の学校は中学校から行ってない。同級生の話してる言葉は、早口で聞き取れなくてあたしには宇宙語みたいに聞こえて、理解できなくて、宇宙には行きたくなかった。担任もパパも昔から、みんなあたしのことを『難しい子』って昔から言ってた。あたしからしたら、難しいのは、みんなだけどって感じだけど。

 

 あたしにとっては、ママだけが人間だった。

 

 ママは、あたしに聞き取れる言葉をゆっくり選んで話してくれたし、あたしがどんなふうに話しても、いつもニコニコしててくれた。


 ママは専業主婦でずっと家にいたし、リビングに行けばいつでも話せる人がいて、家は宇宙じゃなかったけど。ママは半年前に買い物に行った帰りに、車にひかれていなくなっちゃった。それからパパがママの代わりにずっと家にいるようになったけど、パパがいるリビングは私にとっては宇宙になっちゃって、あたしの場所はあたしの部屋だけになっちゃった。


「お腹へったな」


 私は呟くと、部屋から出て、誰もいないリビングで冷凍炒飯をレンジで温めて食べた。

 今は3食これ。

 パパにはリビングに「いない」時間を決めてもらってて、その時間にあたしはリビングに行ってこれを食べる。それで部屋に戻る。


 もう19時。そろそろ配信が始まる。

 あたしは速足で部屋に戻るとPCをつけた。

 

 PCの中は宇宙じゃない。現実の人の言葉はあたしにはちょっと難しいけど、動画で話してる人の言葉はわかりやすかった。字幕出るし。

 ママがいた時から、動画配信とかはいろいろ見てたけど、最近は夜はずっと流してる。

 あたしだって、本当は誰かと話したい。けど、『難しい子』って言われたら、言葉がでなくなっちゃう。


 動画サイトの、チャンネルボタンをクリックすると、女の子のアバターが写って、『こんばんは~』と挨拶をした。良かった。間に合った。


 ピンクと水色のカラーリングのハーフツイン。 

 リボンをモチーフにした衣装。キラキラの瞳。

 私が最近よく見るVtuberの「ぴんぶる。」だ。


『こんばんは、ぴんぶる。です〜。今日もゆるゆるおしゃべりしていこうと思いまっす』


 ぴんぶる。はペコリとお辞儀をして微笑んだ。

 ゆっくりした、心地よい話し方。ママの話し方に似てる。

 あたしがよく見るVtuberの配信サイトの『おすすめ』に出てきたのをきっかけに、見るようになった。


『みんな、もう夕ごはんは食べたかなあ。わたしは、最近ずっと、冷凍チャーハン食べてるの。レンチンだけでらくらくだけど、毎日同じ味だと飽きちゃって。このシリーズ、惣菜コンテストで1位をとった、マルコーの冷凍チャーハンなんだけど、いろんな味があっておいしいんだよぉ』


 そう言ってぴんぶる。は8種類くらいのチャーハンを画面に出した。

 『マルコー』はうちの近くにもあるスーパー。


『みてみて~、真っ黒~、イカ墨チャーハンだって。おいしいのかなあ、ぱくっ』

 

 ぴんぶる。は真っ黒なチャーハンを食べた。本当に真っ黒。美味しそうじゃないけど。


『うそ、おいしい~っ。旨味がね、すごいよぉ!』


 ぴんぶる。は本当においしそうにそう言って飛び跳ねた。


『こんなにたくさんあると、毎日食べ比べできて楽しい~』

 

 私はごくり、と喉を鳴らした。最近毎日、ずっと同じチャーハンばかりで、さすがに飽きてきた気がしていた。ぴんぶる。は笑顔で付け足した。


『チャーハンだけだと、お肌にもよくないし~、お湯を注ぐだけの野菜スープもつけると、バランスいいかも。わたし、そういうのも気を遣ってるんだよ。永遠の17歳の乙女だから☆』


『絶対17歳じゃないだろ』とコメントが入って、ぴんぶる。は『そういう設定なのっ』と頬を膨らませた。


 設定って言っちゃってるじゃん。あたしは笑ってから自分の顔を触った。


 ……確かに、最近、ニキビが増えた気がする。

 マルコーに炒飯とスープ、買いに行ってみようかな。……でも。

 外に出るのは、怖かった。


 けど、翌日――、いつもみたいに冷凍庫を開けたら。


「炒飯がいっぱい……?」


 なぜか、マルコーの冷凍チャーハンが数種類と、その横に、冷凍する必要のない、フリーズドライの野菜スープが入っていた。


「……??? ぴんぶる。が紹介してたやつ……、パパが買ってきたの?」


 あたしは頭に疑問符を浮かべながら、イカ墨チャーハンを温めて、野菜スープも飲んだ。


 ――そんな、配信と冷凍庫の奇妙な連動は、そのあとも続いた。

 何故か、ぴんぶる。の紹介したスイーツが冷蔵庫に入っていたり。

 何故か、ぴんぶる。の紹介したおすすめの駅弁が冷蔵庫に入っていたり。


「パパ……、配信見てる?」


 家にいるのは、私とパパだけ。

 パパがぴんぶる。の配信を見ているとしか考えられなかった。

 何とも言えない、不可解な気持ちだったけれど、言わなくても、気になる食べ物が冷蔵庫に追加されるのはありがたかったので、あたしはそのまま何も言わなかった。


 ぴんぶる。は、それから、食べ物の紹介だけじゃなくて、いろいろなことにチャレンジしだして、人気の配信者になっていった。

 最近は『踊ってみた』をするようになった。よく踊るのは、アイドルグループ『ネクスト』の曲。


 懐かしいな。ママとお昼によく見ていた、オーディション番組でデビューしたグループだ。デビューしたところまではママと見てたけど、ママがいなくなって、リビングでテレビを見なくなったから、そのあと、売れてるの知らなかった。


 ……けれど、それより気になるのは。

 だんだんだんっ、と曲に合わせるような何かの音?が――家の中から、聞こえてくること。

 私の脳内で、パパと『ぴんぶる。』が線でつながっていく。

 ――まさかね。


 けど、ある日。

 いつもみたいに、『ネクスト』の曲を踊ったぴんぶる。は息を切らしていた。


『今日も、踊ってみたよ~。ぴんぶる。は17歳だけど、結構しんどいね』


『ぴんぶる。ちゃんって何で、左右の髪の色違うの?』


 その時メッセージが飛んで、ぴんぶる。の動きが静止した。

 少しの沈黙のあと、いつもより静かな声で、話し出した。


『――これはね、昔、『かわいくしてあげる!』って、リボンをつけてもらったことがあるから、それからつけたんだよ。左がピンクで、右がブルー。『かわいくなーれ』って呪文をかけてくれて……あっ、もう時間だあ。ばいばーい』


 今日のの配信が終わった。けど、あたしは硬直して、動けなくなった。


 私の記憶が蘇る。

 小さい頃、パパの髪にリボンをつけたことがあった。

 ぬいぐるみにリボンをつけてかわいくしてあげてたら、ママがふざけて『パパにもつけてあげたら』って、青いリボンをつけてあげて、あたしはピンクのリボンを反対側に、『パパもかわいくなーれ』って言いながら――


 あたしは立ち上がると、部屋の扉を開けて、廊下を歩いた。

 突き当りのパパの仕事部屋の扉が、全開で開いている。

 ヘッドセットをつけたパパが、息を切らしながら、写真立てを見つめていた。

 リボンをつけたパパと、ママとあたしの写真。

 パパの机の上のPC画面には、配信終了の「Thank you!」の文字。


「パパ……、何してんの?」


 あたしの声に、パパはびくっとして振り返った。


「配信……」

 

 しばらくの沈黙の後、パパがぽつりと言った。


「今日、スパチャ結構入ったから……何か食べに行かないか」


 あたしは小さく頷いた。

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