第4話 夕暮れと幼馴染 4

午後の授業が終わって放課後。

帰る支度をしていると、教室をひょこっと覗き込む姿と目が合った。


「ああ、健太郎さん」


のんびりおっとりした口調の、同じ園芸部に所属する星野だ。


「星野、どうしたんだ?」

「少々お手伝いをお願いしたく、伺わせていただきました」

「分かった、何をすればいい?」

「それは道すがらお話いたします」


教室を出て、一緒に廊下を歩きながら、星野は俺に倉庫からたい肥を運んで欲しいと頼む。

なるほど、あれ重いもんなあ。

一袋で十五キロぐらいあったりする、星野は腕も細いし大変だろう。


倉庫も園芸部が管理している温室や畑も校舎裏にある。

温室にバッグを置いて、倉庫からたい肥を五袋ほど運んだ。

ちなみに畑で育てた野菜は調理部が実習で使用して、作った料理を園芸部にお裾分けしてくれる。

その調理部には愛原が所属している。


「有難うございます、おかげで助かりました」

「俺も園芸部だから構わないよ、それよりこれから畑を弄るのか?」

「いえ、それは明日の予定です」

「そうか、じゃあ明日また放課後だな、朝稲にも声かけておくよ」

「よろしくお願い致します、楽しみですね」

「そうだな」


今日は温室の世話だけすることになった。

星野と一緒に作業していると、下校を促すチャイムが聞こえてくる。

おっと、もうそんな時間か。


「星野、片付けておくから、先に帰っていいぞ」

「ですが」

「女の子は暗くなると危ないだろ、俺のことは気にしなくていいから」

「はい、では」

「また明日な、気をつけて帰れよ」

「有難うございます、健太郎さん、また明日」


さてと、俺も使った道具をさっさと片付けちまおう。

そういや薫はもう帰ったかな。

今夜もまた晩飯を作りに来てくれるかもしれない、そうだったら楽しみだなあ。

何もなければ適当にインスタントのラーメンで済ます。

料理は出来るが今日は面倒だ。


物置に道具をしまい、鍵を掛けて、その鍵を職員室へ返しに行く。

それから昇降口に向かう途中で、確認した携帯端末に着信の履歴があった。

薫?

何だろう、晩飯の相談か?


履歴からかけ直してみるが、繋がらない。

不意に妙な予感を覚えて胸がざわついた。

―――今朝の、あの夢。

いや、あれはただの夢だ、何を意識している、そもそも現実的にあり得ないだろ。


一度切ってもう一度掛けなおしてみるが繋がらない。

何度か試して、諦めて端末をバッグにしまおうとした瞬間コール音が鳴り響いた。

うおっ! なんだよ唐突に!

画面に表示されている発信者は薫だ。

やっと気付いて掛けなおしてきたか、それにしてもどんなタイミングだ。


「薫か、着信あったみたいだけど、どうした?」


訊ねるが返事はない。


「薫?」


繰り返し呼びかけると、間があって『ケンちゃん』と返ってきた。

どうしたんだろう、何かあったのか?


「どうした、何かあったか、大丈夫か?」

『あのね』

「おう」

『今、ちょっと動けなくて、来て欲しいんだ』


動けない?

ただごとじゃないぞ、一体何だ?


「動けないってどうして、今どこにいるんだ」


薫は訳を話さず、ただ居場所だけ俺に告げる。

いつの間にか動悸がしていた、薫、すぐ行くからな!

一旦通話を切って駆け出す。

薫の身に何かあったのかもしれない、急げ!


酷い怪我をしていないといい。

怪我以外の可能性だってあるが、とにかく無事でいてくれ。

走って、走って―――やっと辿り着いた。

息を切らしたまま教室の扉に手をかけた瞬間、不意に記憶が蘇ってくる。


あれ?

これって今朝の夢と、同じ?


いや、そんな馬鹿な、たまたまだ。

あの夢も学校だったし、単に似た光景だから錯覚しただけ、それだけだ。


でも手が止まる。

何故か動けない。

おい、どうした、この中で薫が俺に助けを求めているんだぞ、早く行かないと。

そうだ、急げ、バカなことを考えて躊躇っている場合じゃない!

所詮は夢だ! ドアを開けろ!


「薫!」


勢いよくドアを開く。

夕暮れに染まった教室、開いた窓、揺れるカーテン。

窓辺に佇む姿。

そして、唐突に鼻をつく生臭さと、床に倒れた幾つもの姿。


えっ?

これ、夢?

俺はまた夢を見ているのか?


「ケンちゃん」

「薫」


倒れているのは同じクラスの虹川、清野、愛原。

別のクラスの霜月、杉本。

そして同じ部の朝稲と、先に帰ったはずの星野。


「あっ、ああっ!」


夢、夢だよな、これ。

ありえない、だってこんなこと、あり得るわけがない。

全員ピクリとも動かない。

辺りは血の海。

皆、死んでる?

薫が殺したのか? まさかそんな、だって薫は。


「あああッ、ああああああああッ!」


後退りしかけるといつの間にか傍に薫がいる。

ハッとなった直後、脇腹に焼けるような痛みを感じた。


「うぐッ、あッ」

「ちゃんと来てくれたんだね、有難う」

「か、おる?」


俺を見上げた薫は涙をポロポロ溢す。


「でも、ちょっと遅かったよ」

「なんッ、で?」

「ごめんね」

「薫」

「これはケンちゃんのせいだよ」


だって君は嘘吐きだから。

―――またそれか。

嘘って何だ、そんなもの吐いた覚えねえよ。


膝から崩れ落ちて、脇腹に目をやる。

ナイフだ。

柄の部分までブッスリ刺さっている。

これアレだな、死ぬな? ハハッ、ちょっとヤバいくらい血も出てるし、痛すぎて涙が止まらない。

やっぱり夢か?

夢だったらよかったんだが、こんなに痛くて夢もへったくれもないな。

ああ、目の前が暗くなってきた。

なんで俺は薫に殺されるんだ。

嘘ってなんだよ、俺のせいってなんだ、分からない。

薫、どうして。


視界に映るのは、血の海。

薫の上履も真っ赤に染まっている。

ああ、赤い、痛い、赤い、赤い―――


ケンちゃん、と、呼ばれた気がした。

倒れながらどこかくぐもった水音を聞く。

俺、こんな―――薫に殺されるなんて、なんで―――

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