第2話 呪い
「あなたを探すために、あなたがいそうな……つまり静かで人目につかない場所を全部回ってみようと思ってたんです。その最初がここでした……運が良かったんですね。一発であなたを見つけられたんですから……」
プラが語り始めた。
プラはアンネビネを背負って洞窟へ入っていった。
洞窟の入口は狭かったが、中は思ったより広かった。
「ホルノさんがいそうなあの廃屋に行く前に、まずこのあたりを調べたんです。あなたを見つけて、それから何をどこでどうするかも大事ですから……」
「聞いた話では、50年前までは誰でも地図を持てたらしいんですが……今は王族しか持てないから、捜索を始めたときは少し手こずりました……」
「とにかく、さっきの話の続きですが………僕を殺そうとしたあの男は、何というか、神話に出てくる悪魔のような存在でした……あいつがいた場所では、奇妙な病が流行っていて……僕の住む村でも最近、妙なことが起きてるんです。……食料は十分あるのに、みんなどんどん痩せていくんですよ……。食べても食べても体がやせ細っていく……そんな病気が流行ってるみたいなんです。僕自身も、つい最近まで少しだけその症状がありました。で、昔あの男が盗賊を殺した村――僕が旅で立ち寄ったあの村を訪ねてみたら、封鎖されていました。近くの村の人に聞いたら、『そこに入るとおかしな病気にかかって、人が干からびて死ぬ』って……その時点ではただの偶然だと思ってたんですが、あの田舎の野生動物や、あなたの様子を見て、あの病には共通点があると感じたんです。僕を殺そうとした……あの金髪の男が通った場所には、みんなその痕跡があったんです……」
!?
アンネビネは思った。
『ラシクがここに来たって? いや、それよりも……なんでアイツがここに来たって思ったんだ?』
アンネビネは、その思いと同じ内容をフラに尋ねた。
プラが答えた。
「うーん……ちょっと変な言い方になりますが……“カン”というか……。あいつ(ラシク)が僕を殺そうとした時の、あの時の気配……その感じが、そこにあったんです。病が広がっていた場所に……」
プラ・クッキーは、突然現れて呪いだの、カンだのと口にしている。
だがアンネビネは、なぜかその話に納得していた。
本来の彼女なら、そんなことを簡単に信じるはずがない。
だが、プラと十体の死体に刻まれていた傷は、武器でつけられるようなものではなかった。
革命軍の四人の将の一人として長年戦ってきたアンネビネでさえ、一度も見たことのない傷だった。
そんな傷をつけられるのは、ジュダサ・ラシクの拳だけだ。
もしラシクに権力欲しかなかったなら、初代英雄たちでさえ打ち倒していたかもしれないほどの――
天賦の、誰にも真似できない、生まれ持った破壊力だった。
その強すぎる破壊力ゆえに、痕跡があまりにもはっきりと残るため、
盗賊と戦う時など、普段は彼を連れて行かなかった。
そんな唯一無二の攻撃痕を、八年ぶりに目にしたアンネビネは、
プラの語る呪いや病などはともかく、ラシクが生きていることについては確信を持った。
「……その兵士が誰か、知ってるようですね。その顔を見ればわかります……」
フラが言った。
「……………たぶん、私の思ってるヤツで間違いない。あの男の名前はジュダサ・ラシク。私の記憶では、革命軍で身長2メートルを超える金髪の男は、アイツしかいなかった」
アンネビネが言った。
「………そいつがなぜ人を殺したのか、知ってるか?」
「わかりません。私を含めた数人が村の裏山を登っていた時、アイツが突然背後から現れて、何も言わずに攻撃してきて、また姿を消しました」
今の時点では、ジュダサの攻撃の理由は不明だった。
プラが言った。
「万が一、その兵士の存在が国に知られたら……私もあなたも、皆殺しにされかねません。……だから、ジュダサってヤツを殺すしかないんです」
「アイツを殺せば、私は私と家族を守れるし、ホルノさんも、安定した……平和な生活を送れることになりますから」
「……その“平和な生活”ってなんなんだ?」
「私の家で暮らしていただくことになります」
「あなたが八年間暮らしていたあの廃屋よりは、ずっとマシですし……もちろん、隠れて暮らす必要があるから外出は難しいかもしれませんが……今よりずっと安全で、上品な生活ができますよ。……浮浪者から一般市民レベルの生活になりますから」
「私の家族が住んでいる家の近くで一人暮らしをしているので、私以外の人を気にする必要はありません……誰かが訪ねてこようとしても、私が止めます。……もともと誰かを家に入れるのが嫌いな性格なので、他人に変に思われることもありません」
「で、アイツをどうやって殺すつもりだ? 銃とか爆弾を盗めば大ごとになるだろう?」
「そうなんです……だから、農具や工具をいろいろと用意してきました……」
プラが、荷車の死体の間を掘り返しながら言った。
それを見て、アンネビネが言った。
「見た目はちょっとカッコ悪いけど……仕方ないわね」
「じゃあ……そのジュダサってヤツを探しに行く前に、ちょっと土に埋めてから行きましょう」
プラはそう言って、アンネビネを連れてさっきの廃屋に戻った。
プラは廃屋から二人の兵士の遺体を引きずり出し、地面に埋めた。
「そういえば、お前の村の人たちは、お前とあの十人が襲われたって知ってるのか?」
もしそうなら、事はかなり厄介になる。
それにプラが答えた。
「知ってます」
!?!?!?!?!?
「でも、ご安心ください……」
「私たちの村は地形が険しく、狼のような猛獣がたくさん住んでいるので、私が“猛獣に襲われた”って言ったら、みんな信じてくれました……」
それなら、事態はそれほど面倒にはならない。
「それは助かったわ……でもお前、けっこう怖い性格してるね? 廃屋のドアを壊したのもそうだけど、隣人たちにも平気でウソつくなんて……」
「最初、あなたを探しに来た時は、自分のために汚いことをしているこの自分の“悪さ”にあなたが拒絶するんじゃないかって、少し怖かったんです。でも……死体を見る目……死体を埋めている私を見る視線……それに、人を殺すことに何の迷いもない様子を見て、確信しました」
「ホルノさんは……あるいは初代英雄たち全体が……童話に出てくる“正義の味方”なんかじゃなかったんだと」
「人々は王政に立ち向かうあなたたちを英雄と呼びましたが……実際はそんな立派な人格ではなかったんですね?」
「民の代表ではなく、自分たちに被害が及んだから王を倒すために、民を兵士として利用した……そんな感じですね?」
「不快に思わなくていいですよ……私だって、ついさっき村人全員を平気で騙したことを話したばかりですし……」
プラの言葉を聞いて、アンネビネが答えた。
「……ふむ……推理力があるな。いや、運がいいのか?」
「えへへ、どうでしょうね……でも、その反応を見る限り、私の話は当たっていたんですね?」
「正解。ちょっとズレてるとこもあるけど、まあ“初代英雄”なんてのは、人々が勝手にそう呼んで崇めてただけさ」
「とにかく、この田舎から出よう。正直、今もさっきみたいに体に力が入らないんだ。さっきお前が言ってたように、呪いの範囲から離れれば病も治るってことか?」
「その通りです」
「じゃあ、ひとまずお前の言葉を信じてみるよ。なんか……気に入った。妙に信用できるっていうか」
プラはアンネビネを荷車に乗せ、動き出した。
彼はアンネビネにマントで顔を隠すように言った。
二人は丘を登っていた。
「……!? ちょっと待て、あの十体の死体はどうした?!!」
「ああ……全部、埋めました」
「いつの間に?」
「ついさっき……あ、まだ体がしんどいようですね……とにかく話は、呪いから抜け出してからにしましょうか」
「……そうだな」
プラ・クッキーという男、その行動はかなり恐ろしい。危険だ。
だが、アンネビネは彼から恐怖を感じなかった。
なぜだろう。
まだ病の影響で思考が鈍っているせいなのか。
それとも、こういう光景に慣れてしまっているのか。
この二人の冒険を見守らなければ、それはわからないだろう。
アンネビネとフラは、田舎を離れた。
近くには、小さな宿泊施設があった。
田舎からは出たものの、完全に離れたわけではなかったため、
お金さえきちんと払えば、荷車ごとアンネビネも客室に入れることができた。
システムはしっかりしていなかったが、だからこそ、今のところすべてが順調だった。
「とにかく、まずは服を着替えましょうか……」
フラがクロスバッグから何着かの服を取り出した。
「好きなのを選んでください。もし気に入るものがなければ……すみません。でも、今よりはずっとマシで、自然に見えるはずです!」
「では、私は少し外に出てますね」
プラは一度、部屋の外に出た。
アンネビネは服を着替える前に、浴室に入りシャワーを浴びた。
全身が真っ赤になるほど、石鹸を何度も体に擦りつけて洗い流した。
ようやく体の悪臭は消えた。
アンネビネは先ほどまで着ていたボロを遠くへ放り出し、
フラが用意していた服を見渡した。
「下着はないのね……」
アンネビネはその中で一番厚手の服を選んだ。
オレンジのハーフトレンチコート、黒いストッキング、アプリコット色の毛糸帽、そして茶色のブーツ。
髪を整えた。
顔は……記録抹消刑の影響で、彼女を知る者はもうほとんどいないはずだ。
仮にフラのように粛清を逃れた者がいたとしても、
アンネビネの顔はこの八年間で痩せて、より大人びた印象になっていたため、
正体がバレる確率は低かった。
プラはカンが良いから、私を見抜けたってわけね”とアンネビネは思った。
「もう入っていいよ!」
キィィイッ……
プラがドアを開けて入ってきた。
「わぁー!素敵です!」
プラが力なく拍手しながら言った。
強そうに見えたかと思えば、弱々しくも見える……まだよくわからない男だ。
だが、それでもやはり、アンネビネはプラに対して不思議な信頼を感じていた。
なぜだろうか?
少ししてプラは外からパンと牛乳を買ってきた。
それらを食べて、二人は冒険の準備がほぼ整ったようだった。
「……で、ジュダサはどうやって探すつもりなんだ?」
「うーん……あの男が通った場所だけに漂う、あの気配を感じる場所を探すしかありませんね……」
「ホルノさんも、あの田舎とここで……何というか……気配の違いのようなもの、感じませんでしたか?」
確かにアンネビネも、田舎を出てから体調の回復を感じた以外に、
心が少し軽くなったような、以前まであった不安が消えたような、そんな感覚があった。
プラも、アンネビネも、今はただ自分たちの“勘”に従って動いているにすぎなかった。
だが、お互いにその行動を疑いはしなかった。
なぜなのか。
一度“呪い”を経験した者同士には、通じ合うものがあるのかもしれない。
ジュダサ・ラシクと呪い――
それとは何の関係もない一般人には、決して理解できないことだろう。
アンネビネとプラは、荷車に武器(大ハンマー、鎌、ハサミ、ドライバー、槍、包丁など)を載せて、冒険へと旅立った――。
To Be Continued...
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