ハルヒによろしく
フリオ
ガラスと野良猫 編
第1話 プロローグ
瀬島朝日はクラスメイトから宇宙人と呼ばれている。
もちろん、宇宙人というのは単なるあだ名であり、地球外生命体などでは決してなく、日本で生まれた日本人だった。そんな彼が宇宙人とあだ名されるようになったのは、小学校六年生のころである。急にいきなり宇宙人として覚醒したというようなことではなく、朝日は生まれたときから宇宙人としての才能があった。宇宙人と呼ばれる以前というのは、単に朝日の周囲の人間が、彼を的確に表現する語彙力や表現力を持っていなかったというだけのことだ。
朝日が宇宙人とあだ名される原因はいくつかある。小学校六年生の夏休みが明けた直後に突然転校してきたから。金髪でカッコいい男の子だから。運動神経が抜群だから。天然キャラだから。そして、日本語がカタコトだったから。
「史上初! VTuberによる芥川賞受賞という快挙!」
「15歳ということですが! 本当でしょうか!」
「そもそも! VTuberとはなんでしょうか!」
宇宙人だった朝日が芥川賞を受賞したのはVTuberになってすぐのことだった。芥川賞というのは、純文学の新人賞であり、日本語を最も上手に操ることで受賞できた。日本語が拙かったはずの朝日が芥川賞を受賞するには、ちょっとした奇跡が必要だった。
いくつかある奇跡のうちの一つ。六年生の夏に転校した先の小学校で、宇宙人だった朝日は一人の少女と出会う。少女の名前は恩田詩音。詩音は史上最年少の12歳で芥川賞を受賞した、文系ギフテッドの女の子。つまりは国語の転生だった。それまでの憂鬱な朝日の人生は、日本語が日本一上手な女の子によって、一変することになる。
都内某所にある有名なホテルの会場で芥川賞・直木賞の受賞会見が行われていた。朝日は別室にいたのだが、目の前にあるモニターで会場の様子を見ることができていた。会見には大勢の記者さんが押し寄せていた。記者さんたちは、自分たちの失礼を勢いでかき消すかのように、大量のフラッシュを焚いていた。
記者さんたちによって焚かれたフラッシュは、会場の中心に向けられていた。そこには一台のモニターがあり、一人のVTuberが映っている。VTuberの口元には、三本のマイクが伸びていた。しかしそこから声が出るわけではない。三本のマイクは、マイクとしての機能を果たしていなかった。役割のことを考えると、口元に伸びているこれはマイクではなく、優しさだなと朝日は思う。
そして別室にいる朝日の口元にも、マイクがあった。
もちろん映像だけでなく、会場の音声も朝日の耳に届いている。VTuberによる芥川賞受賞が史上初の出来事であるとか、朝日の年齢について尋ねるものとか、そもそも、VTuberとはなにかを問うてくるが、朝日はその質問に丁寧に答えていく。
「バーチャルユーチューバーとはノンフィクションです」
ノンフィクションというのは、事実や実話など、現実の出来事や人物を題材として書かれた物語や作品のことだ。つまり朝日はVTuberというのは実在の人物を題材にした物語だと言っている。フィクションのアニメや漫画やライトノベルに似ているから勘違いされがちだったけど、VTuberはノンフィクションだった。
けれど、それはおかしいと、この会見を見ていた多くの人は思っただろう。朝日の言う通りVTuberがノンフィクションだとするなら、なんで、ライトノベルを読むようなオタクたちが、現実よりも二次元に魅力を感じるヘタレが、物語に生きる希望を与えられる日本人が、現実の存在であるVTuberを好きでいられるのか。
その答えを朝日は知っている。
「ですがバーチャルユーチューバーには、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいます」
もし、みんなの隣の席に座った友達が、アニメや漫画やライトノベルのなかにあるとびきり素敵で、不思議で、人生の退屈なんて簡単に吹き飛ばしてしまうだろう物語を求めている涼宮ハルヒのようなクラスメイトだったなら、筆談でも、耳打ちでも良い、とにかく方法はなんでも構わないから、よろしく伝えてほしい。
きっと、退屈はさせないから。
VTuberがこの世に生まれて。
世界から憂鬱はなくなった。
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