第6話 黒羽さんとフルーツサンド
「……平日の夜はお客様が増えますから、少し早い時間にご来店されるとゆっくりおくつろぎできますよ……」
土曜日の早朝。喫茶店に足を運んだ真澄は黒羽から助言を受けてその通りだと思った。
料理がおいしいのは嬉しいけれど満席の状態でどこかせかされるように食べるのはどうにも落ち着かないので、これからは日直のときには行かないほうがいいかもしれないと真澄は考えた。すると、傍に立っていた黒羽が目を伏せて言った。
「……あの、大変失礼なことをお訊ねしますが……お金が大変ではないですか……?」
自分の懐事情にまで気を遣ってくれる黒羽の優しさに感激しながらも真澄は首を振って。
「自炊の分をこっちに回しているから大丈夫。仕送りもお小遣いもあるし」
自立という意味では失格かもしれないし甘えすぎている節はあるが、両親からの仕送りがあるからこそ喫茶店での憩いの時間を満喫できているのだ。彼女の話を聞いて黒羽は笑みを深めた。
安心したとでもいうように胸を撫で下してから冷水をテーブルに置いて。
「……本日のご注文は何になさいますか……?」
「フルーツサンドをお願いしようかな」
「……かしこまりました……」
やがて、運ばれてきたフルーツサンドに真澄は目を見開いた。
たっぷりのホイップクリームに大粒の苺のスライスとミカンが挟まっている。スーパーなどで売られている小さめの苺ではなく食べ応えのある大粒のもので、サンドを一口かじると果汁が溢れてくる。ホイップクリームの軽い口当たりもいい。
苺は薄くスライスされているので口を大きく開ける必要がなく食べやすい。
丸ごと使って食感を重視するか薄くして食べやすさを優先するか。
細かい気遣いが作り手によって違いがでる。
真澄は四つのフルーツサンドを食べきって「ほう」と満足気な息を吐いた。
「……食後のコーヒーをお飲みになりますか……?」
「うん。お願い」
「……ホットとアイスのどちらになさいますか……?」
「今日はアイスにしようかな」
深めのガラスの入れ物にアイスコーヒーを注いで黒羽が持ってくる。
「……ミルクとお砂糖です……お好みでお使いください……」
「ありがとう」
最初は冷たいコーヒーをそのまま飲んで苦さを味わってから少しずつミルクと砂糖を入れていく。
くるくるとストローでかき混ぜながらコーヒーをすすり、窓に映る景色を眺める。
外は少しずつ明るくなってきている。喫茶店の通りを歩いている人が見えた。
客が自分ひとりだけという優雅な、けれど限られた時間を大切に思いながら、ゆっくりとコーヒーを味わっていると、ふと疑問がわいてきた。
「黒羽さんはどんな飲み物が好きなの?」
カウンターでコップを磨いていた黒羽は手を止めて微笑した。
「……私はココアが好きです……コーヒーの香りは落ち着きますが、飲むのは少し苦手で……三日月さんはコーヒーがお好きなんですね……大人っぽくて素敵です……」
不意に告げられた『素敵』の言葉に真澄は視線を泳がせた。
何気ない会話から黒羽の意外な好みを知ることができて真澄は嬉しくなった。
そしてもしも今度黒羽と公園かどこかで飲み物を飲む機会があったら彼女にはココアを飲ませてあげたいと心から思うのだった。
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