陽鷹灼と”キス”

 駅でお別れ。

 ホーム越しに手を振ったりなんかして、頭は熱を纏ったようにボーッとしていた。


 ————キス。


 そう言われても、嫌悪感が走らなかった。

 

 キスをしたいと思っても自分を許せる気がした。


 そんな私の感情が、とっても嬉しかった。


 私からキスをすれば良かったかなって少しだけ後悔する。

 少しだけ……少しだけ……勇気を出せば良かった。


 聖は反応こそ初々しい感じが凄いけど、流石にその辺は元カレと経験してるだろうし、心配いらなかったかも。


 きっと聖はして欲しかったはずだ。

 そして彼女から求められたと感じても、私は今も胸は高鳴っている。


 それがとっても嬉しくて、この小さな胸が苦しくなるほど好きで溢れそうだった。


 私のネジくれた性意識でも、それを受容できるならやっぱり聖は私にとって理想の相手だ。


 —————好きだ。


 好きで好きで仕方がない。


 間欠泉のように強い勢いで吹き出した感情をどうにも抑えられない。

 つい靴音を鳴らしたくなるほどに、居ても立っても居られない。


 こんなに居心地の良い人と出会えて嬉しい。

 心から飛び跳ねたくなる気持ちというのは、こういうことを言うんだ。


 きっと今の私なら高跳びで陸上部にも勝てる気がする。


 ただ……少し気になることもある。


 聖の様子がおかしかった。


 噂を聞いてから、少し表情が曇って見える。


 きっと……きっとだけど、まだ関係に悩んでるんだと思う。


 ただ突然キスの流れになったし抵抗を示す気持ちは分かるけれど、それ以降の浮かない顔は気になる。


 まだ信頼が足りないのかな……。

 もっともっと好きだって言わなきゃいけないのかな。


 それとも愛情を前に出しすぎた?

 聖の求めてるものに合わせようとしてるのがバレてしまってるのかも。


 それが逆に嘘臭く見えたかもしれない。


 聖はきっと私が分からなくて不安なんだと思う。

 正直に向き合って、お願いされたら私なりに応えよう。


 昔の事とか、聞かれたら答えられる用意をしておこう。

 勘違いを生んでしまうかもだけど、なんとか言葉を選んで……。


 うん、そうしよう。


 それで私の好きが伝わるなら、あなたへの信頼や愛が伝わるなら……キスでもなんでも私は出来る気がする。


 けど、それをどう証明したらいいんだろう。

 私には分からない。


 聖も不安なんだ。

 私が見えなくて、関係性が見えなくて。


 大丈夫、大丈夫。

 今までいっぱい口でも行動でも愛情表現をしてきたし、分かってくれるはず。

 

 そんな祈りを込めて、私は先に来た聖の電車を見送った。

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