恋心と理由
第19話
今日は喫茶店のバイトで灼と一緒に帰れなかった。
あれからまた何日か経って一緒に帰ったり、土日にデートしたり2人で過ごしたけど、どこか心ここにあらずで覚えてない。
楽しかった……とは思う。
灼への気持ちは変わらない。
好きって気持ちとドキドキは失われていないけど、それの出元が分からない。
「ねーねー俺たちやり直さないー?」
そんな考え事を引き裂くように無遠慮な声が飛んでくる。
「やり直さない」
「2週間なんてお互いのこと全くわかんないじゃん! もうちょいだけ」
「しつこいんだけど。てか仕事したら?」
「今日店長いないしちょっとくらいサボっても大丈夫っしょ」
ハァ……かなり萎える。
カウンターでカップの整理をしてるのを一切無視して、元カレが話しかけてくる。
煩わしい。
こうなるからシフトをズラしてたのに別の人と変わって入ってきた。
女ウケのいい顔と子犬みたいなキャラ、どんなに愛嬌があっても今の私には逆効果すぎる。
「ね? よくない?」
「てか私もう別の人いるし」
「えっ、マジ? もう?」
「だから無理」
「別れてすぐそれ? そりゃないってさー」
別れた後にしつこく食い下がるのも正直ないと思うんだけど。
あなたの後にもう1人いるし、食い下がるには遅すぎるから。
その言葉を飲み込んで無視した。
会話するだけでも喜ぶタイプだし、下手したら男の親友とかを気取りかねない。
ないない。親友なんて。
「じゃあなんかあったら相談してよ。相談乗るから」
「相談なんてしないから」
「マジかー」
ハハハと笑いながら冗談めかして私の言葉を流した。
今までの彼氏の中でもかなり面倒くさい寄りで少し気が滅入る。
まぁでも、そっちに頭が働くだけ悩まなくて済むからマシなのかな。
家とか授業中とか、1人になると答えの出ないことを無限に考えちゃう。
今になって梨々香に言われた言葉が効いてきてる。
「夫婦って感じしない」
それがジワジワと内出血みたいに頭の中に広がってる。
結局私のプロポーズを受けた灼はどんな気持ちだったのか。
ただ流れでそれを受けて夫婦の役割を演じてるだけで、気持ちがないんじゃないか。
私の直感は間違いない。結婚すると思った。
けど灼が近いものを感じてくれたから一緒にいるのだろうか。
運命というのなら、私がそういう相手を求めるなら、灼の気持ちは絶対に尊重しないといけない。
そんな灼抜きでは結論の出ない堂々巡りの思考を、元カレという余分な情報でかき消してる今の状況のがマシかも。
「ん? なんだろアレ」
すると裏に戻らず隣で喋る彼が、何かを見つけたような声を出す。
とは言え私は気にしない。わざと無視した。
付き合ってた時から構ってもらいたがりというか、そうやってこちらの気を引こうとする時があった。
それが鬱陶しくて別れた。
別れた後もやらないで欲しいんだけど。とため息を漏らして何も言わずアピールする
鬱陶しいなぁ。
「あの制服って聖ちゃんと同じ高校じゃない? 知らない?」
「……」
「ほらあれっ見てよ」
「あーもう、なに? どれ……」
ただでさえ元カレに鬱陶しく絡まれてるのに、誰だか分からない人のことなんか知らないよ。
けれど同じ高校なら無反応もその子に悪い気がしたから、見るだけ見て考えようと顔を上げた。
「あれだよ。あのメガネの子、同じ高校じゃないの? 変なのに絡まれてるけど」
「どれよ……えっ?」
彼の指先を見るとお店の前で肩を掴まれて絡まれてる女子をガラス越しに見つけた。
眼鏡で、スカートが長くて、黒髪で、細い女の子。
いやまぁそれだけ言ったら他にも候補はあるのかもしれないけど、私には一瞬で分かる。
灼だ。
灼が男の人に肩を掴まれて困った様子で揉めてる。
絡まれてる相手にも心当たりがあった。
あの時に電車で灼との関係性を聞いてきた男の人だった。
「灼……! ごめんちょっと見てて」
「えっ!? まぁいいけど……やっぱあの子知り合い?」
「うん、私のお嫁さん」
「ふーん……はっ?」
エプロンを彼に渡してそのまま私は表へ飛び出した。
☆
「灼!」
「聖……っ? こんばんは」
「こんばんはって……」
こんなときに呑気に挨拶なんてして、灼は私を見てから目の前の彼を見直す。
「お前あの時の……っ!」
「とりあえず離しなよ。灼が嫌がってるじゃん」
灼を掴んでるその手を無理やり小指から引き離す。
そこから灼の手を握って背中側にかくまう。
「ごめん聖、ちょっと覗くつもりだったんだけど」
「いや、そんなことより誰なの? 私もこの前絡まれたんだけど」
「えっ……?
灼を見ると今までにない鋭い視線をメガネ越しに目の前の男にむけている。
誠也……? 名前呼びが気になる。
「灼と手繋いでたの見たから、どういう関係か聞きたかったんだよ」
「恋人で夫婦。はい、終わり」
灼の言葉を聞いて、その男は今度をこちらへ視線を飛ばす。
「はぁ……? どういうことだよ……!」
「いや、そのままの意味だけど……」
こちらを睨む勢いについたじろいで語尾が弱まる。
視線を逃すように周囲を見ると少しずつ野次馬が集まってる。
これはよくない……。
「うん、聖にプロポーズされたから受けたの。もう誠也には関係ないよ」
「はぁ……!?」
周囲を気にせずキッパリと宣言するように灼は言った。
背中側からぐいっと隣に立つ。
私がこの前濁してしまったことをはっきりと。
「だからもう構わないでよ。聖にも手を出さないで、夫婦のルールで浮気は絶対禁止だから」
そしてケロッとしながら繋いだ手を前に出して見せつけると、目の前の彼の顔も分かりやすく歪めていた。
「マジかよ……」
分かりやすく片手で顔を覆って呆れて見せた。
灼の気質を理解したというか思い知ったというか、そんな感じの反応だった。
「あのー僕ここの店長なんですけど、これ以上揉めるなら……警察呼びますよ?」
すると中でサボっていた彼が何故か店長を名乗り扉から顔を出した。
その調子でさらに言葉を続ける。
「君たち2人、バイトの面接の子だよね。中で面接の用意してるから入って」
「えっ……あっいや私は」
「灼、行こ」
「えっ……? あぁうん。分かった」
強引に私は手を引いた。
せっかく気を使ってパスを出してくれたんだし、乗っかろう。
呆然と立つ誠也という男子を目だけで見送ってお店に戻る。
「それじゃ誠也。さよなら」
「……よく分かんないけど……分かった。もういい、じゃあな」
灼の言葉で何かを悟ったように彼がそう言って、その場を離れていくのが振り返ったときのドア越しに見えた。
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