陽鷹灼と”挨拶”

「灼、次だよ」


 そう肩を揺すられて目が覚めた。


 柔らかくてふわふわした優しい声。

 そうだ……。


 デートしてたんだ。


「おはよう」


 微笑んだ彼女の優しい挨拶に私も返した。


 夫婦のルール、挨拶は絶対する。


 ルールは良い。

 分かりやすいし、つながりを感じる。


 挨拶するだけで私たちは夫婦なんだって確認が出来る。


 この揺るぎない関係性が私には心地いい。

 恋愛とか、駆け引きとか、そんなものを通り越した安心が出来る関係性。


 今まで恋愛の電波に晒され続けて苦しかったけど、この夫婦という関係ならもうそれに苦しまなくていい。


 それにプロポーズをしてくれた相手がこんなに素敵な人なんて、私は恵まれている。


 苦しむ自分を連れ出してくれた聖が好きだ。


 感謝と愛で背中が熱くなる。


 電車が私の最寄駅についた。


「……」


 静かに見つめると、聖は不思議そうな顔でこちらを見る。

 彼女の綺麗に染まった茶髪は、車窓から差し込む茜日によって亜麻色にキラキラ輝いていた。


 それを手で梳いて……もっと聖を感じたくなるほどに綺麗だった。


 正直に言うと、もう少し一緒にいたい。

 けど……行く場所もないから私は立ち上がった。


「またね」


 そして別れの挨拶をして、電車を降りた。


 ここは少し夫婦らしくない。

 夫婦なら同じ家に帰るはずだし。


 でも……他所の家に上がるのは怖いから仕方ない。

 私は侵略者になりたくないのだ。


 だから今は少しだけ距離を感じてしまうし、お互い不安かもだけど、このまま積み重ねていこう。


 私はあなたにプロポーズをされて救われたのだから。

 あなたがくれた関係性を大切にする。


 本気で、夫婦として。


 私は空井聖さんと、これからの人生を歩みたいと思っているから。

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