「私はこの人と結婚するんだ」と直感した相手が隣のクラスの変な女子だった話

鳩見紫音

空井聖は運命を見つけ出す

第1話

 私、空井聖そらいひじりはこの人と結婚する。


 その直感は数ある可能性の予測でも、現状からの推測でもない。


 カーテンから漏れ出る光も、黒板消しクリーナーの雑音も……。

 色んな要素が五感を刺激したはずなのに、私の視線は彼女に吸い込まれた。


 嫋やかな黒髪が、鋭い視線が、穏やかな動作が、私の人生を縫い留めた。

 ラプラスの悪魔が決まった未来を囁いたみたいに、自然と脳裏に浮かんだ運命。


 そうして私は、その囁きが導くまま彼女に声を掛けたんだ。


「ねぇ、私と結婚しない?」


   ⭐︎


「んー。なんか違うんだよね。ビビッと来ないっていうか」


 夏休み明けの駅前、高校の始業式が始まる前に彼を呼び出した。

 私は2学期に持ち込まないために残しておいた人間関係を片付ける。


「だから私達は今日でおしまい。別れよ?」


 私は単純作業を切り上げるような調子で気軽に告げる。

 目の前にいる金髪の大学生は整った顔を引き攣らせて、こちらを見下ろした。


「は……? いや、おいちょっと」


 そして踵を返して学校へ向かおうとするところで、手首を掴まれて体がグイッと引っぱられた。


「なに? 私もう学校行きたいんだけど、始業式始まっちゃうし」

「いやそれは俺もなんだけど……てか、昨日も一緒に映画行ったりしただろ! なんで急に別れるんだよ!」


 彼は大声を上げると、周囲が歩きながらこちらを見ていく。


 そんなこと大きな声で言われてもなぁ……。


 私と乾鷹斗いぬいたかとは夏休みの間、つまり昨日まで付き合っていた。


 ライブ目当てで応募した単発のイベントバイトで知り合って告白され、そこからデートとかを重ねたけど……。


「なんかしっくり来ないんだよね。恋って難しいじゃん?」


「いや、いきなりそんなこと言われてもこっちだって……俺、なんか怒らせることしたのか?」


「あー鷹斗が悪いわけじゃないから大丈夫だよ。きっとあなたならピッタリくる運命の人見つかるって!」


 それは本音だった。

 鷹斗は背も高いし、見た目も綺麗で性格もいい。

 大学生なのもあって余裕もある。


 ただ、私がこの人と一緒になる未来が見えなかった。

 性格が合わないとかそんなんじゃなく……ただなんとなく。


「私の方にさ、もっとこう……ビビッと来なかったんだよね。なんか燃えないというか」


「じゃあ俺はどうすればよかったんだよ……」


 悲しそうにこちらを見る。

 どうしようもないよ。でもそれを言っても伝わらないだろう。


 そんな目で見られても私は別に変わらない。

 別れ話をするときは大体こうだった。


 歴代のどんな彼氏も私にはなんか合わない。

 リスペクトは出来るけど、頭にビビッと運命を感じる電撃みたいなのが走らない。


 そんな人とズルズル一緒にいても、きっと幸せになれないから、私はキッパリと振ることにしてる。


「だからどうしようもないんだって。それじゃ私行くから、じゃあね鷹斗」

「あっおい!」


 これ以上お喋りを続けても意味がないから、私はそう告げて学校まで走る。


 夏の日差しが私の髪の毛を焼くように照らす。

 夏休みは明けても、残暑の残るジリッとした暑い日だった。


   ⭐︎


「えっ? 別れたの?」


 窓際真ん前の席に座る鶴巻梨々香つるまきりりかは、椅子ごと体をこちらへ向けて驚いた。


 始業式明けの教室の喧騒に彼女の声が溶けながら私に届く。


「うん」

「早くない? 高校入って何人目よ」


「んーっと……5人?」


 指をパーにして彼女に向ける。


 すると梨々香は私の手を見ながら口を開けてこちらを見た。

 ショートボブを後ろで束ねた涼しそうな髪型にポロシャツという爽やかな様子だけど、こちらに向けている視線はジトッとしている


「高一の夏休みまでで5人かぁ、さすがに凄いなぁ……」

「あ、夏休み入れたら7人かも」

「うぇっ!? マジ?」

 

 黒目の周りが全部白目になるくらい梨々香の目は大きく広がった。


 信じられないものを見る目でこちらを見つめている


「ヤバぁ……モテ女じゃん」

「モテ女って……まぁ友達からみたいな関係でもあるし」

「でも付き合おうって言われて一旦付き合ってるなら一緒でしょ。男子の中で変な噂立てられてそう」


 梨々香は眉を片方吊り上げて、こちらを見つめる。


「そうかなぁ」


 そんな視線をかわしながら考える。

 私はあくまで恋愛においては運命の人を求めてるだけ。


 だから彼氏を取っ替え引っ替えしてるように見えても、違ったら別の人って切り替えてる。


 告白されたらとりあえず付き合ってみて、違ったら別れる。


 網を海に投げて、目当ての魚が揚がるのを待つ感じ。


 稚魚、カサゴ、フグ。


 いろんな魚が掛かるけど、結局目当ての魚は私にもよく分かってないから、ただ「なんか違う」で放流を繰り返す。


 ……たしかに噂を立てられてもおかしくないかも。


 でも恋するなら「この人がいい!」ってなった人じゃなきゃ嫌だし、仕方ない。


 私の理想は芸能人がよく言う「この人と結婚すると思った」ってやつ。


 そんな直感でビビッと付き合えたら絶対幸せ。


 だからビビッと来ないなら時間の無駄だし、お別れしたほうがいい。


「そんだけ男変えてんのに手すら握ってないんでしょ?」

「だって手とか握ったら逃げられなくなりそうだし」


 恋人のつもりだとしても、そういう気がないのに手を繋いだりすると変に運命が固定されちゃいそう。


 運命の人がどういう相手なのか説明してって言われたら私にも無理だけど。

 違うものをそうだとは思いたくない。


 私はそんな気持ちでずっといる。


「まぁ聖が何を探してるのかはよく分かんないけどさ、聖って感覚派って言うの? バー! って直感で動いちゃうんだから気をつけたほうがいいよ。」


「うん。まぁでも、大丈夫だよきっと」


 理由は分からない。

 まぁでも大丈夫な気がする。


 別にスピってるわけじゃなく「なんとなくこうしたほうがいいな」って方に気を向けてるだけ。


 今までもずーっとこうやって直感で生きてきたけど、間違ったなって思うことはなかったし。


「大丈夫かねぇ……友達としては心配になるよ」

「梨々香みたいな恋人に巡り逢えるといいんだけどなー」


 梨々香は幼馴染の彼氏と小学校の頃から付き合っているらしい。


 ずっと一緒にいるからもう運命とかそういう感覚もないって言ってたけど、きっとそれは運命的に2人がビビッと巡り合ったからだ。


 私の両親も運命的に直感が働いたみたいで、出会ってすぐ結婚した。


 良いなぁ。羨ましい。


「私もなんかないかなぁ……」


 あくびをしながら背もたれに体を預けて教室の天井を眺めると、梨々香がふと周囲を見て漏らす。


「……てかさ、今日ずっと騒がしくない?」

「……? たしかに」


 私も見回してみる。教室はたしかに騒がしい。

 話し声の騒がしさというより、教室の出入りが多くてザワザワとしてる。


「なんなんだろ」

「男子のことだし、女の話でしょ」


 するとそんな梨々香の呆れた声に反応するように、男子生徒の話し声がこちらにも聞こえた。


「でもそんな風に見えなくね? 普通に芋っぽいっつーか地味じゃん」

「予備校の夏期講習で見たやつがいるんだって! 男と揉めてたらしいんだけどさ、その時さ、眼鏡外しててめっちゃ可愛かったらしいんだよ!」


「へー」


「とりあえず隣のクラス見に行こうぜ! このクソ暑い夏でもあんなスカート長かったのあいつだけだし絶対そうだって!」


 興奮した様子でそんな話をした男子は教室の外へ向かっていく。

 その声を聞いた梨々香はため息を漏らして肩を落とす。


「なんなのかねぇ男子のそういうセンサーってさ。眼鏡外したら可愛いってドラマじゃあるまいし」


 男子ってしょーもな。と梨々香は吐き捨てる。


「……でも噂になるほど可愛いんだね」


 そんな可愛い子、いたかな?


 あまり記憶にない。今年の1年生はレベルが高いって鷹斗の何人か前に付き合っていた先輩が言ってた。


 だからその中でも話題になるってよっぽどだな。

 私は爪を眺めながらそんなことを思った。


「うーん……」


 梨々香は顎に手を置きながら男子の流れを目で追う。


 すると彼女は体を乗り上げ、机の上から顔をこちらに近づけた。


「あのさ、見に行かない?」

「えっ?」


 なにを? そう返す前に彼女は立ち上がっていた。

 グイグイと手を掴んで引っ張っていく。


「絶対面白そうだから! 歴代彼氏獲得数が学年トップの聖とどっちか可愛いか比べてみよう!」


 言う間も与えず梨々香はグイグイと私を引っ張りながら背中越しに伝えてくる。


 というか彼氏の数と可愛さって別だしそれに……


「可愛いって言われても、私の見た目自体は別に普通でしょ」


 普通に髪を巻いて、普通にメイクして、普通に気を遣ってるだけ。


 学年の他の子よりかは見た目のキャラが出来てるだけだし、なんなら梨々香の方がよっぽど綺麗で可愛い。


「またまたー、ゆるふわガール空井さんも結構有名なんだよ?」

「そんなこと言ったら梨々香もだよ」


 とはいえ梨々香が幼馴染の彼氏と別れたって噂が流れても、男子はここまで色めき立たないと思う。


 私でも同じ。別れたからといってこんな周囲はざわつかないし、高校入っても見た目で話題になることはなかった。


「じゃあそんなあたしたちを凌いで話題になったその子を偵察に行こう!」

「いや……えっ、ちょっと!」


 梨々香は私の手を強引に引いて「レッツゴー!」と声を上げる。


 私もここまで来るともう従うしかなかった。

 梨々香と私は似ているのだ。とにかく直進。


 とはいえ梨々香に連れられながら、私も少し気にはなっていた。


 そんな漫画みたいな女の子、本当にいるのかな。

 

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