第28話 副団長、任務に赴く

副団長、任務に出る

「――副団長、今日の任務の確認をお願いします!」


「はいはい、今日も一日がんばりましょう」


レオンは柔らかな笑みを浮かべて、手をひらひらと振った。

春の風のように穏やかで、どこまでも無害そうな雰囲気をまとっている。


……だが。


詰め所に詰めていた若手団員たちの表情は、なぜか固い。

その目は笑顔ではなく、その“中身”を、警戒していた。


(……おかしい。どう考えても、あの笑顔は天使の皮を被った修羅)


(“はいはい”とか言ってるけど、昨日、山賊十人を一瞬でミンチにしてたじゃん!?)


(風斬り? 理由が“なんか空気の流れ変だったから”? ちょっと何言ってるかわかんない)


(剣を抜いたの見た覚えがないんだけど……いや、見えなかっただけか?)


若手の一人が、横にいた同僚にこっそり囁く。


「なぁ……副団長って、“力を隠してる”んじゃなくて、“力の加減を諦めてる”人じゃないか?」


「むしろ、どれだけ隠してもあふれちゃうタイプだと思う……あれ、もう人じゃない……」


「こわ……!」


背筋に冷たい汗を流しながらも、誰一人として、レオンの優しげな微笑みには逆らえなかった。



---


 本日の任務は、「王都近郊の森に出没した小型魔物の掃討」。


……そのはず、だった。


「――っ!? な、なんだあれ!? ツノゴリラ!?」   前衛の一人が悲鳴をあげた。


「あれ、山岳地帯にしか棲息しないはずの魔獣だろ!? なんでこんな森の中に――っ!?」


「数もおかしい……五体……いや、あそこにも!? 六体……七……いや九体か!?」


わらわらと現れる異様に鍛え上げられた肉塊ども――角を持ち、全身を鎧のような筋肉で覆った「ツノゴリラ」。

その一体ですら中級騎士数名がかりでようやく倒せるレベルだ。


「全員、武器を構え――っ!」


叫ぼうとした矢先。


レオンがふと前に出て、首を傾げる。


「あれ……? おかしいな。こんなとこに彼らが出るなんて。ねぇ、君たち、こっちじゃないでしょ」


語りかけるような口調で、魔物に対して手をかざす。


「……ちょっとだけ、数を減らそうか」


その言葉の意味を理解する前に――


「――風斬り」


空気が、唸った。


次の瞬間。

重厚な風の刃が、音もなく九体のツノゴリラの胴を水平に切り裂く。


斬られたことに気づく間もなく、巨体が一斉に崩れ落ちた。地面が、ずしん、と沈む。


一拍遅れて、風がそよいだ。


「……あ。ちょっと力入りすぎちゃったかな。ごめんごめん」


レオンが後ろを振り返り、困ったように頬をかく。


その瞬間、背後で――


「「「副団長ぉぉぉおおおおおおぉぉ!!」」」


地面に膝をつき、地面に頭を擦りつける勢いで若手団員たちが叫んだ。


「な、なに? え? どしたの!?」


「副団長の“ちょっと力入った”って、そういう意味だったんですね!? この前の訓練中の“ちょっと疲れた”も、他の団員全員意識失ってましたもんね!」


「我々、未熟で副団長語を理解できず!! まだまだ勉強不足でした!!」


「だからやめて! 勝手に“副団長語録”を作らないで!?」


レオンは本気で困惑していた。

だが、その困惑すら団員たちには“深謀遠慮の演技”に見えていた。



---


 広がる草原を、夕日に照らされながら騎士団の一行がのんびりと帰っていく。任務は無事に終わった。だが、誰もが心の中では首を傾げていた。


「……副団長、やっぱり今日の魔物、なんかおかしかったですよ」


 背が高く、鎖骨まで伸びた髪を風になびかせる槍使いがぽつりと呟く。


「うむ。あんな場所にダスクワームが現れるとは……地図を百回見直しても納得できん」


 鋼色の瞳をした大柄な男が腕を組み、唸るように言う。


「そもそも、あの群れの数ですよ? 普通に辺境ですら見ないレベルの規模でしたって!」


 小柄で、短めに切り揃えた金髪が特徴の若い騎士が、魔獣の血を拭いながら肩を落とす。


 その中央にいるのは、どこまでもいつも通りな副団長、レオン・アーディルだった。


「うん、たしかに多かったね。珍しい魔物もいたし」


 レオンはどこかのんびりした声で、頷きながら草を踏みしめる。


「……珍しいどころじゃないですって!」


 金髪の騎士が思わず声を張り上げた。肩にくっついた粘液を雑に拭いながら、ほとんど泣きかけだ。


「あれ、図鑑でしか見たことないですよ!? 《赤雷の牙》なんてA級討伐クラスの魔物ですよ!? それが三体とか……何の間違いですか……」


「しかも、副団長が一人でそいつらと戦ってる間に、他の魔物が一斉に逃げてましたよね……あれ絶対、リーダー格を倒されたから……」


「副団長……まさかまた、軽く流すみたいに本気出してませんでした……?」


 レオンは首を傾げる。


「えっ、いや。普通に“風斬り”と“雷斬”で倒しただけだけど?」


 何が“普通”なのか、誰かに説明してほしい。

 その口ぶりはまるで、「昼にちょっとパン買いに行った」くらいの気軽さだった。


 ――沈黙。


 三人の騎士たちに、風も吹いていないのに冷たいものが走った。


「……もうだめだ。俺、いつか副団長が実は魔王でも驚かない自信がある」


「わかる……でもそのとき、『やっぱり』って言う自信もある……」


「むしろ、魔王が副団長を警戒して人間界に来ない説ないですか……?」


 どこか遠い目をしながら語り合う三人。

 だが、心の奥では皆、確かに思っていた。


 ――この人がいれば、何があっても何とかなる。


 多少の魔物の異変や、常識外れな現象など、もはや日常の延長だ。

 信頼なのか、信仰なのか。もはや自分でもわからない。


 当の本人はというと、そんな空気も気づかず――


「今日は帰ったらシチューがいいなぁ。あ、でも肉切らしてたっけ。んー、明日も晴れるといいねぇ」


 夕焼けの中を、のんびりと歩いていく。


 その背を、三人は無言で見つめた。畏怖と尊敬と、ほんの少しの現実逃避を混ぜながら。

 

――――


 任務を終えた夕刻。

詰め所に戻ると、補佐官のシリルがすぐにレオンに声をかけた。


「……副団長。今日の魔物の出現――明らかに異常でしたよね?」


レオンは苦笑を浮かべる。


「うーん、やっぱりそう思う? ちょっとだけ、変な気配あったんだよね。でも、確証はなくて……」


「副団長の“ちょっと”ほど信用できない言葉はないんですけど……」


「ひどい……!」


「任せてください。私が正式に調査を進めます。――副団長の“ちょっと”は、国家規模の異変の前兆ってことで」


「え、やだなぁ……そんなことないってば。たぶん……たぶんだけど……」


(……やっぱりこの人、ただの副団長じゃない)

(なんで平然と“災害”みたいなことやって、ケロッとしてるの……?)


シリルは遠い目をしながら、そっと報告書に“要警戒”と書き加えた。


 

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