第27話 副団長、会議の後にクラリスに誘われる

銀扉の間・会議後


王族や高官たちが次々に部屋を後にし、重たい会議の空気が少しずつ霧散していく。


レオンもグラハムと一言二言言葉を交わしたのち、銀扉の外へ向かおうと踵を返した。


「レオン様」


ふいに背後から、やわらかな声がかけられる。


「少し……お時間をいただけますか?」


振り返ると、クラリス王女が裾を持ち上げ、静かに近づいてきた。

その面差しは柔らかかったが、どこか思い詰めたようでもあった。


「えっ、俺ですか? ……あ、もちろん、大丈夫です。何か、ありましたか?」


「いえ……少し、お話したいことがあって。ここでは落ち着きませんし……中庭の方へ、よろしいですか?」


「は、はい。……えっと、道、こっちでしたっけ?」


クラリスは小さく笑い、先導する。


何度もお茶を交わした仲であるというのに、レオンはどこかぎこちない。

それは不器用さというより、彼が“自分の立場”や“他人の感情”に、いまいち自覚を持っていないせいだった。



---


王城・東庭 中央テラス


やわらかな風が吹き抜ける石造りのテラス。

小さな噴水の音が静けさを満たし、二人は並んで腰をかけた。


レオンはそわそわと落ち着かず、指先で鎧の留め具をいじっている。


「会議、お疲れさまでした。……少し、言葉が強くありませんでしたか?」


「え? あぁ……あれ、怒ってましたかね、俺」


「ええ。普段のレオン様なら、あんなに鋭く言葉を放つことはありません」


レオンはぽりぽりと頬をかいた。


「いや、なんか……こう、カッとなって……。  グレイスのことを“膿”なんて言われたら、流石に……うーん……うまく言えないですけど、腹が立ってたんだと思います」


「……そうですね。私も、同じ気持ちでした」


クラリスは目を伏せ、そっと息をついた。


「……あの時のあなたの声。会議にいた誰よりも、まっすぐで……痛いほど、強かったです」


「え、俺? ……そんな立派なこと言ったかな……」


レオンは完全に他人事のような顔で首を傾げた。


「正直、俺、自分がどう見えてるのかよく分からないんです。  いつも周りが助けてくれてて、グラハム団長とか、シリルとか。  だから、俺はただ、“できることやろう”ってだけで……。それだけなんですけどね」


クラリスは彼の横顔をじっと見つめた。


それはまさに、グレイスが“届かなかった”真っ直ぐさ。

無自覚のまま、誰かを突き動かしてしまう、不思議な重さを持った言葉だった。


「……グレイスは、あなたに嫉妬していたのかもしれませんね」


その言葉に、レオンは目を瞬かせる。


「え? ……俺に?」


「はい。騎士団の誰よりも誠実で、力があって、皆に信頼されていて……」


「そ、そんな大したもんじゃないですよ。俺なんて、ドジばっかで……」


「……でも、“そういうあなた”を、きっと彼は許せなかった。自分では手に入れられないものを、あなたは自然に持っていたから」


クラリスの声は、静かで、優しく、それでいてどこか寂しげだった。


「私は……気づいていました。彼の視線の奥にあるものに。  でも、見て見ぬふりをしていた。責任を負うのが怖くて……」


レオンはそっと頭を下げた。


「……俺も、気づけなかった。というか、気づくのが遅すぎた。副団長なのに……」


「あなたは、誰よりも彼を信じていた。だから、見えなかったのです」


ふいに、クラリスが微笑む。


「それに……レオン様は、そういう方ですもの。  気づかぬまま誰かを救ってしまうような、……そういう、ずるいところがあるのです」


「ずるい……ですか?」


「ええ。そうです。……ずるいくらい、優しい人」


レオンは、ぽかんとした表情で笑うしかなかった。


――――――――

 

 深夜。王都の一角にそびえる壮麗な館。その最上階――

そこは政敵を陥れ、王族すら手駒とする“影の中枢”、ヴェルム公爵の私室だった。


重厚な扉の向こう、薄暗い室内で、公爵はひとり椅子に身を預け、手にした紅ワインを静かに揺らしていた。


「……グレイスも、失敗か。王女にでも尻尾を振る安い駒だと思っていたがな」


浮かぶのは怒りでも、落胆でもない。

ただ、軽蔑と倦怠の入り混じった冷笑だけがその唇に宿る。


「社交会では刺客があっけなく敗走、今回は副団長補佐が魔人と化して敗走。これで個人の力による排除は難しいと見ていい」


ワインを机に置き、公爵は立ち上がる。

その手は、机の上に広げられた一枚の地図へと伸びていった。


「……となれば、第二段階に移行する他あるまい。“外”を動かす。あの愚かな魔族どもでも、導火線にはなれる」


広げられた地図には、王都を中心に赤く囲まれた複数の地域が示されていた。

いくつかの地点には、“魔物の巣”と書かれた黒い印が付けられている。


「混乱の最中にこそ、国は脆く、崩れる。英雄が国を救う? ならば、その英雄を――“災厄”に仕立て上げればいい」


ヴェルム公爵は再び笑う。今度は薄く、愉悦を含んでいた。


「レオン・アーディル。英雄気取りの凡庸なる者よ――お前は私の盤上で、ただの駒に過ぎん」


窓辺の蝋燭の炎が、静かに揺れる。


その揺らめきを見つめながら、公爵は静かに告げた。


「……全ては、“玉座”を我がものとするために」


 


 

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