大好きな幼馴染の背後霊をしていたら、「悪霊め! 祓ってやる!」と霊能力者が言ってきた
坂井そら
第1話
それは死んでからも同じ。
私は今も、美優の隣にいる。
《…………綺麗だなぁ》
思わずそう呟いてしまった。
だけど、その声が聞こえる子は、この教室内にいないだろう。
美優にも、もちろん聞こえていない。
明日から始まる夏休みに期待を膨らませる一年一組のみんなが、終業式の後、ワイワイと騒いでいて声が掻き消されたから……ではない。
この呟きを発した私、笠臣奈津が幽霊だからだ。
幽霊の声は普通の人には聞こえない。
おっと、足は付いてますよ?
ただしタップダンスをしても足音は無し。
今の私は、梁本美優の背後霊。
美優が通う高校の制服を着た姿をしているが、これはイメージを自分の体に投影しただけ。そもそもこの学校に私、今も昔も所属していない。
この状況になってからだいたい三カ月ぐらいだろうか?
四月のとある日、私は霊体となって美優のすぐ後ろに突如出現した。
その日はちょうど、私の命日。
その一年前に、私は死んだ。
死因は歩道橋の階段から足を滑らせたため。
風邪を引いて熱を出していたのだけれども、美優にどうしても会いたくて、無理をして中学校に向かっていたのだ。色々と用事が重なってあの時、私は美優に一週間会っていなかった。学校で一目美優を見たら後は保健室で一日寝てしまおうと算段していたのだけれど、見通しが甘かった。階段を登っていたら急な眩暈が……。
美優を悲しませてしまったと思う。
それがとても辛い。
今も美優は私の写真を自室に飾っている。
時々それを眺めては、とても寂しそうな顔をするのだ。
その表情を隣で何度も見た。
ああ、私は取り返しのつかないことをしてしまった。
私は、なんてことを。
《……だからこそ! 美優のためにがんばらないと!》
さてさて。
私はすぐ近くでおしゃべりをしている女子グループへ、接近する。
グループの位置は、自分の席に座っている美優の右斜め前だ。
適当な女子の頭を両手で掴む。
これでも普通の人は、私の存在に気づかない。
そのまま彼女の頭を左へ120度動かす!
美優へ視線を向けさせる!
「!!!!!!!??????????」
いきなり自分の視界が大きく動いた女子は、声も出せずに大混乱。
体が固まっている。
つまり、美優を見続けている。
「えっ、えっと……どうしたの?」
美優もちょっとびっくりしながら、私が頭を掴んでいる女子へそう言った。
よし、今だよ美優!
夏休みに映画を見に行く女子グループに混ざるチャンスだ!
声を掛ける切っ掛けは作った!
このまま夏の思い出を増やそう!
「あ、あはははは……ごめんね梁本さん、驚かせちゃって。寝ぼけていたのかな? そういえば昨日寝るのが遅かったっけ」
「ああ、うん……」
女子は苦笑いをしながら視線を元に戻してしまった。
そしてグループの他の子たちとの談笑に戻る。
むむむ。頭は掴んだままだから、もう一度美優の方へ120度しても良いのだけれど、さすがに怪しまれてしまうか。
しかたない。作戦失敗だ。私は女子の頭から手を離した。
背後霊になってから気づいたのだが、美優はどうも周りから少し距離を取っているというか、取られているというか。
あまり他の人と交流を持つ機会が少ない。
私が生きている頃はこうではなかったのに。
名前通りの美しい優しさで、美優は周囲を温かな雰囲気にしていたのだ。
美優と接する人間はみんな、朗らかな表情になることが出来た。
それが私の思い出の中にある梁本美優の姿。
《周りの連中も美優にもっと声を掛ければいいのに。こんなにも、優しい美しさを持つ子を、友達に欲しくないのかね?》
さっきの呟きの続きにもなるのだが、美優はとっても綺麗だ。幼馴染の贔屓目なしに。
美優の美しさを簡素に言い表すなら、それは許容の美。
春の野花のように。
秋の紅葉のように。
人々を優しく受け入れる。
つまり、穏やかさに満ちた美しさなのだ。
あー、もう。セミロングの黒髪も良く似合ってる~。
私はうっとりとした表情で美優の髪を眺め続けた。
すたすた、と。
誰かがこちらへ向かって歩いてくる気配がする。
《うん?》
腰までの長い髪はボサボサ。
その顔は俯きがちで、表情が見えにくい。
女子、である。
えーと、誰だっけ?
確か一年一組のクラスメイトで……。
「あの………………………………ちょっといいですか梁本さん」
「葦原さん?」
そうだ、葦原つみれ。
教室の廊下側、後ろの一番端っこの席でいつもよく分からない本を読んでいる子だ。
美優の言葉で名前を思い出せた。
というか、どうした?
この子が美優に話しかけるなんて、そう何度もなかったと思うのだが。
「とても、とても重要な話なんです……信じてもらえないかも、しれませんが……」
なんか滅茶苦茶ボソボソと話す子だな……。
美優の耳元まで来て言葉を続けている。
「ええと、葦原さん。それって」
「……梁本美優さん。あなたには悪霊が憑いています」
《……………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?》
ちょっと待て。
こいつ、なんて言った?
「私には霊能力が備わっています。霊を見て、そして霊に干渉することが出来ます。梁本さんと同じクラスになってからの三ヵ月、ずっと私は貴方に憑いている存在を感知し続けてきました」
「あ、葦原さん。わたしには何が何だか……」
「そして数日前、自分の中で結論が出たのです。あれは梁本さんに仇なす悪霊だと。私に任せてください。必ずや貴方の背後にいる邪な霊を討ってみせます……!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて葦原さん。とりあえずゆっくり話を聞かせて。いきなりそんなことを言われても、頭が混乱しちゃうよ」
ああ。
美優が、困っている。
美優が、苦しんでいる。
助けないと。
私が助けないと。
「……な!?」
葦原つみれが驚愕の表情をこちらに向けた。
どうやら私の姿が見えることは確からしい。
私の体から黒い靄のようなものが噴出し、瞬時に教室を覆った。
クラスメート全員の体に、それは触れている。
私の意思一つで全ての首を絞めることも出来る、という確信があった。
まあ、やらないけど。
思わず怒りが溢れ出してしまった。
怒りを向けるべき相手は、葦原つみれ唯一人だ。
私が悪霊だと? いきなり何を言い出すんだこの女は?
それに美優を困惑させたことも許せん。
どうしてくれようか。
……とある記憶を思い出す。
私と美優が初めて友達になった時のこと。
あのとき二人はまだ5歳、幼稚園の時期。
美優は何人かの男の子にイジメられていた。
私はそれが許せなくて、男の子たちに殴りかかった。
最終的に先生が喧嘩を止めて、私と男の子たちを説教した。
あれが私と美優の友達としての始まり。
大丈夫だよ、美優。
今度も私が守るから。
「ここまでの邪気を出せるとは……恐るべし」
葦原つみれは小さくそう呟いた。
額に冷や汗らしきものが見える。
私に恐怖を感じているのか? ざまあみろ。
「だけど、負けない」
《おおん?》
「どのような手段でも使ってやる……! 我が血に流れる霊力よ、猛き叫びを上げろ……!」
「あ、あの葦原さん? わたしの話を聞いて……」
「安心してください梁本さん。確かに相手は強大です。しかし私は決して屈服しない……!」
《まったく威勢のいい言葉だね!》
どうやらこいつ、私の声は聞こえないようだ。
だがそれでも、どこに顔があるのかは分かるらしい。
葦原つみれは私の顔を決然と睨みつけた。
そして、言う。
「悪霊め! 祓ってやる!」
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