第五話 贖罪
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蛇を祀る村の大火災は、大々的に報道されました。古い因習に囚われた村の異様な祭礼。その詳細を世間は興味本位で消費しました。
村の大人達の殆どが法の裁きを受け、村長は逮捕前に自死。関与しなかった人々も村を去り、地図からあの村の名は消えました。
……けれど、それが僕にとって、何の慰めになるでしょうか?
僕を助けるために全身に火傷を負った父は、感染症で亡くなりました。目を覚ました時には、骨と遺影だけがありました。何度呼んでも返事はありません。少なくとも父は、僕のせいで死にました。
あの日の僕の行動は罪に問われませんでした。
年齢も知識も、そして悪意もなかったからだと。
しかし僕は、自分を、許せずにいます。
そして、彼女達……。
夏夜子と麻夜子。
一人は櫓の崩落に巻き込まれて亡くなりました。
もう一人は抱きかかえられるようにして片割れに守られ、一命を取り留めました。けれど、生き延びた彼女は昏睡状態に陥り、長い間、眠り続けていたのです……。
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――そして、事件から十年。
彼女が目を覚まし、面会を求めているという知らせが、僕の元へ届きました。
差出人は、病院関係者になっていて、内容は代筆されたもののようでした。
届いた封筒を開けるまでに、数日を要しました。
……怖かったのです。僕が余計なことさえしなければ、被害はもっと小さくて済んだ。
彼女は、僕を――恨んでいるはずだ、と。
それでも、僕は病室へ向かいました。
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病室のドアを開けると、彼女は窓辺に立っていました。
気づくと、痩せた身体でゆっくり振り向き、目を見開きます。
「亮平くん……?」
顔には火傷の痕、白髪がまばらに揺れています。
けれどその瞳は、あの頃と変わらない深紅。
罪悪感と郷愁が胸を押しつぶしましたが、僕には、泣く資格さえないと思い、唇を噛みしめました。
「来てくれて、ありがとう」
明るく響いた声に、あの夏の記憶が一気に蘇りました。
ロリポップを分け合い、笑い合った時間。
そして――火の記憶。
「急に呼んでごめんなさい。……聞きたいことがあって」
「……うん。なに?」
彼女は、静かに問いました。
「私のこと、夏夜子だと思う? それとも、麻夜子?」
息を呑みました。
どちらが、生き残ったのか。
警察も、医師も、誰にも分かりませんでした。顔は焼けただれ、意識のないままでは見分けようがなく、幼かった頃、僕が二人を見分けられたのは、〝笑顔の作り方〟の違いだけ。
「きみは……〝夏夜子〟じゃないのか?」
戸籍上、彼女は暫定的に〝夏夜子〟として扱われています。
彼女は、ふっと笑いました。
「……村の人たちも、お祖父様も、お父様も……本当は、私達を愛してなんかない。きっと、真っ白な髪と赤い目で生まれた私達を、気味悪がってたんだわ。
でも、亮平くんだけは違った。
一人ひとりをちゃんと見てくれた。たわいない話をして、笑ってくれて……。
あの時間が、どれだけ、どれだけ、宝物だったか……。
櫓の上から、亮平くんの姿が見えたとき、本当に嬉しかった。
助けに来てくれるんだって思った。
でも、だから……あのときね……」
小さく口を結び、そして呟くように言いました。
「……私達、どっちも亮平くんのことが好きだったのよ」
それから彼女は、笑いながら泣き始めました。火傷の痕が残る頬に、大粒の涙が伝います。
「ねえ……どうして私が生き残ったの?
亮平くんに好かれていたのは、私じゃなかったのに」
彼女の真っ赤な眼差しが、真っ直ぐ僕を射抜きます。
「夏夜子? 麻夜子?
……答えてくれる?
本当は、どっちに、生きていてほしかった?」
炎のように揺れる瞳。
カァカァと鳴く烏の声が、胸を突き刺します。
僕は、答えられませんでした。
僕は、彼女の病室から、逃げ出しました。
「……っ!」
僕は、途中で、つまずき、当て所なく走りました。息を切らしながら、無様に転びます。そのとき、さびれた商店街が目に入り。思い出したのは、学校で聞いたあの噂。
罪を告白すれば、救われる場所があるという――。
胡散臭いことは、わかっていました。
誰かに、話を聞いてほしかった。
救いが、欲しかった。
「はっ……はっ……」
けれど、彼女の問いはまだ胸に残っている。
炎よりも熱く、鋭く、僕の心を焼き尽くす――あの言葉。
だから僕は、今……、
どうか、教えてください。
僕は、彼女になんと答えればよかったのでしょうか……?
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管理記録:顧客番号 No.1445094707-01〜04。
データ入力完了済。
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