第二章 暗躍する男達①
ミレニエは、門番に会釈してメイソンと連れ立って屋敷を出た。
グレフェスト侯爵家の屋敷が立つ区画は閑静だが、少し離れれば途端に道行く人が増え、王都のにぎわいが戻ってくる。
「ルーフェルが王女殿下の近衛騎士に連行されるようにして現れた時は、どうなるかと思ったが……。王女殿下に取材を申し込む機会を得られるとはよくやったな!」
会見が終わって緊張が解けたのだろう。ミレニエと連れ立って歩きながら興奮した様子でメイソンがミレニエの肩を
「はい! 社に帰ったら、すぐに編集長に相談します! 編集長が私に行ってもよいと許可を出してくださったんです」
「なるほど。なんで突然ルーフェルがと驚いたが、編集長の差し金だったんだな。編集長はそういうところの目端が利くからなぁ」
メイソンが納得したように頷く。四十歳手前のメイソンは、ゴーディン新聞社の創立当時から勤めており、何度も一面を飾っているベテラン記者だ。
とはいえ、ミレニエとはいままでほとんど接点がなかった。
日中は取材で外を飛び回っていることが多いし、編集部にいる時は記事を書いたり、他の社員の相談に乗ったりと忙しそうで、なかなか話しかける機会がなかったのだ。
ミレニエも相談したいと思ったことは何度もあるが、ただでさえほとんどの男性社員に隔意をいだかれているため、つい
「あのっ、メイソンさん。よかったら、取材のこつなどお教えいただけませんか?」
機会は社外にいるいましかない、と頼み込む。他の社員のように『女なんかに教えてやるようなことはない』と言われることも覚悟していたが、メイソンは「そうだなぁ」とミレニエの歩調にあわせて歩きながら腕を組んだ。
「こつと言われても……。相手の話をちゃんと聞くのはもちろんだが、たとえば、最初はお互いに緊張しているから、相手が答えやすい質問から始めるとか、相手の話に応じつつ自分が聞きたいことはしっかり聞けるようにいろいろ質問を用意しておくとか、そのくらいか。相手の話にうまく合いの手を入れて広げられるかどうかは、経験を積むしかないしなぁ……」
「ちょっと待ってください。いまメモを取りますから!」
あわてて肩にかけた鞄から鉛筆と手帳を取り出そうとすると、メイソンが笑い声を上げた。
「あんまり気負いすぎるのも緊張のもとだぞ。必要なら、後でおれが取材した資料をいくつか貸してやるよ。そうだ、資料室に保管してる古い新聞と見比べたら、どんな質問をしてどんな記事になったのかわかって参考になるんじゃないか?」
「なるほど、見比べてみれば参考になりそうですね。ありがとうございます、とても助かります!」
資料まで貸してもらえるなんてありがたいことこの上ない。
はずんだ声で感謝を伝えると、メイソンが思わずといった様子でこぼした。
「ずいぶん熱心なんだな。周りから『貴族のお嬢様のお遊びだ』とかなんとか聞いていたが……。もっと早く、ちゃんと話してみるべきだったな」
「メイソンさん……」
やはりメイソンも自分のことを軽んじていたのだと思うと哀しくなる。だが、悔やんでいるようなメイソンの表情を見ると責める気持ちが消えてゆく。
誤解されていたのは悔しいが、これから変えていけばいいのだ。
「私、本気で一人前の記者になりたいと思っているんです! 実家とは絶縁したようなものですし……。お遊びで働いているつもりはありません! どうか、これからもご指導をお願いします!」
勢いよく頭を下げると、「おう」と頼もしい声が返ってきた。
「おれだって、やる気のある後進は望むところだ。けど、悪いな。今日はこれから別の取材が入ってるんだ。もちろん、戻ったらおれからも編集長に話はしておくが、先に社に戻って報告しておいてくれ」
「わかりました」
じゃあまたな、と小太りの身体を揺らすようにして別方向へ去っていくメイソンを見送ったミレニエは、乗合馬車の停留所を目指そうとしたところで、街路の先にひとりの男の姿を見つけて息を
鳥打帽をかぶり、くたびれた服を着た男は、侯爵邸に行く時に見た子ども達に指示を出していた男だ。
男がどんな意図で子ども達に投石させたのかはさっぱりわからないが、ミレニエの記者としての勘が、事件の匂いがすると告げている。もし、男が何らかの犯罪に関わっているのだとしたら、それを明かせば一面を飾る記事が書けるかもしれない。
ミレニエは鞄の肩ベルトを
人を尾行するなんて初めてだ。緊張に
ミレニエには長い時間に思えたが、実際はほんの数分だっただろう。ふらりと人混みから外れるように、男が建物の角を曲がって細い路地に入る。
あわてて追いかけたミレニエは、
路地に入ってさほども進まないうちに男が足を止め、ミレニエはとっさにそばに乱雑に積まれていた木箱の陰に身を隠した。
どうしたのかと疑問に思っていると、待つほどもなく別の男の声が聞こえてくる。どうやら、誰かと待ち合わせしているらしい。人目をはばかった待ち合わせなんてますます怪しいと、ミレニエはごくりと
ミレニエが潜んでいることに気づかぬ様子で、新たにやってきた男が問いかけた。
「首尾はどうだ?」
「へえ、言われたとおり、子ども達に小銭を払って、
「屋敷の反応はどうだった? 警備は厳重そうだったか? 投石に反応して、記者達が出てくる様子などは?」
「記者は出てきませんでしたぜ。門番が怒鳴ってましたが、追いかけてまではきませんでした。どうやら、
「近衛騎士も出てきたのか? ……反応が素早いな」
「ああいえ、子ども達が石を投げる前に、先に門番と
自分のことが話題に上がって驚く。ミレニエは気づいていなかったが、男はどこかに潜んでミレニエや子ども達の様子を観察していたらしい。
「女? どんな女だ?」
「きれーな金髪をひとつに束ねた美人で……。けど、門番とやりあっている様子を見るに、ありゃあ、絶対気が強いですぜ」
「お前の感想などどうでもいい。その女もマルラード王国の女狐に敵意を抱いている様子だったか? もしそうなら仲間に引き入れてやらなくも……」
吐き捨てるようにラナジュリアを
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