蜂蜜記者と珈琲騎士 ブリンディル王国事件録

綾束乙/角川文庫 キャラクター文芸

第一章 隣国から来た王女の記者会見①

「編集長! お願いですっ! 私もラナジュリア王女の記者会見に行かせてもらえませんかっ!?」

 ミレニエが勢いよく頭を下げて頼み込むと、来週発行する新聞の記事の確認をしていた編集長のローレンが、顔を上げてため息をついた。

「ルーフェル。記者会見には、ベテランのメイソンがすでに行っている。記者になってまだ半年の新人のきみが行っても意味はないだろう?」

 ローレンの後ろのキャビネットのガラス扉に、金髪を振り乱さんばかりにローレンに詰め寄る自分の姿が映る。

 そんなミレニエをにやにやと嫌な笑みで見つめる同僚達の顔も。

 だがミレニエはかまわずローレンに懇願した。

「私が新人なのは承知の上です! ですが、ラナジュリア王女については、いつか記事にしたいと、以前から私独自で調べてきたことがあります! ぜひ、記者会見でそれを確認したいんです! ラナジュリア王女の取材に行かせていただけたら、必ず一面を飾る記事を書いてみせますから! お願いします!」

 ミレニエが住むブリンディル王国の南に位置する隣国、マルラード王国の第一王女・ラナジュリアは、他国の王女でありながらもブリンディル王国の新聞でよく話題に取り上げられる人物だ。

 華やかな他国の王女の記事を載せると売れ行きがよいということで、ミレニエが勤めるゴーディン新聞社でもたびたび一面を飾っている。

 新人記者のミレニエにとって、話題性のある人物は絶好の取材対象だ。ましてや、以前からいつか取材したいと調べ続けてきた人物なのだ。いままでは他国の王女ということで直接取材することはかなわなかったが、いまならラナジュリアがブリンディル王国を訪れている。絶対にこの好機を逃すわけにはいかない。

 一面を飾れる記事は、のどから手が出るほどミレニエが欲しているものなのだから。

「どうかお願いします! この取材に行かせていただけるのなら、挿絵の仕事もいままで以上に頑張りますから!」

 ミレニエは新聞記者として雇われたというのに、実際に与えられている仕事は誰かの取材に同行して、挿絵を描くことばかりで、実際の記事はほとんど書かせてもらえない。

 たまたま幼い頃に絵を習っただけで、自分がなりたいのは画家ではなく記者なのに、とこれまで不満に思っていたが、ローレンを説得するためなら、何だって交渉材料にしてみせる。

「きみの熱意はわかるが……」

 茶色の髪に何本か白髪が交じり始めたローレンが、困ったようにまゆを寄せる。穏やかな人柄で社員達からも慕われているローレンならば、言葉を尽くせばうなずいてくれるかもしれない。

 説得するべくミレニエがさらに口を開こうとしたところで。

「編集長~、こんなに言ってるんなら、行かせたらいいんじゃないっすか?」

 同僚のひとりの若手記者がからかうように口を挟む。

「どうせ社にいたって、たいした記事を書くわけでなし、変なところに取材に行かせて問題を起こされたらたまったもんじゃないですし……。遊ばせて騒がれるくらいなら、手伝いに行かせたらいいんじゃないっすか?」

「メイソンさんが手伝いを欲しがるかと言ったら疑問だけどな!」

 まぜっ返した他の記者の言葉に、編集部に残っていた同僚達から笑い声が上がる。

「まっ、相手は王女サマなんだし、お嬢様なら礼儀作法だけは文句なしだろうからな。悪い取材先じゃないだろ?」

「他社にお嬢様がお遊びで来たって侮られる可能性は否定できないケドな」

「はっ、ちげえねぇ! ルーフェルも一緒に記事になったらお笑いぐさだな!」

 遠慮のない笑い声を上げた同僚達に、ミレニエは唇をみしめる。

 悔しさがようがんのように湧き立つ。貴族出身で、まだ二十歳でしかない上に、編集部で唯一の女性である自分が、周りから浮いているのは自覚している。けれど、『お嬢様記者のお遊び』なんて言われたくない。ミレニエは日々、自分なりに真剣に記者の仕事に取り組んでいるつもりだ。

 だが、まったく結果を出せていない現状では、ミレニエがなんと言い返そうと同僚達はさらに馬鹿にしてはやし立てるだけだろう。

『これだから女は』

『お嬢様がかんしやくを起こしたぞ』

『誰か言ってやれよ。この程度のことも耐えられないなら、おとなしくお屋敷に帰ったほうがいいってさ』

 そんな幻聴が耳の奥でこだまして、ミレニエはさらにきつく唇を嚙みしめる。

 嫌だ。決してルーフェル伯爵家には帰らない。それくらいなら、あざわらわれようとここで夢にしがみついているほうが百倍ましだ。

「ふむ……」

 記者達の言葉に、ローレンが腕を組む。

「確かに、取材対象がラナジュリア王女なら、同性のルーフェルが行くのは目立って興味を引くかもしれないな……」

 ミレニエがゴーディン新聞社に勤めてからまだ半年足らずだが、事務員として雇われている女性はいても、記者として働いている女性は、他社でもひとりも見かけたことがない。

 少しずつ外で働く女性の数が増え、女性の社会進出が進んできていると言われてはいるが、まだまだつける職業は限られているというのが現実だ。

 だからこそ、ようやく手に入れたこのチャンスを何があろうとものにしなければ。

「編集長っ! お願いします……!」

 もう一度、深く頭を下げて頼み込むと、ローレンが仕方なさそうに吐息した。

「わかった。若手に機会を与えるのも上席の務めだからな」

 喜びを浮かべかけたミレニエに、ローレンがすかさず注意する。

「だが、メイソンの邪魔は決してしないように。それと、取材に行くからには、ちゃんと成果を持って帰ってきてくれ。貴族出身のきみなら、庶民にはない知識があるだろう? ラナジュリア王女が滞在しているグレフェスト侯爵家の屋敷の様子もしっかり見てきてくれ。グレフェスト侯爵は国王陛下の覚えもめでたい有力貴族だが、貴族の屋敷にうちの記者が入れる機会なんてめつにないからな。小さい記事くらいなら書けるかもしれん」

「はいっ、わかりました! 編集長、ありがとうございます!」

 勢いよく身を起こし、感謝を述べたミレニエは、ローレンの気が変わる前にと急いで上着と帽子を身に着け、鉛筆や手帳、名刺などが入った取材用のかばんを肩からかける。

 王女に会うのに、身だしなみに変なところはないだろうかと急いでチェックしたが、シンプルなブラウスとスカートにはちゃんとアイロンがあたっているし、編み上げブーツも毎日磨いている。動きやすいようにひとつに束ねている金の髪も乱れてはいない。メイソンが社を出たのは二十分以上前だ。急がなければ。

「行ってきます!」

 勢いよく編集部を飛び出し、小走りに廊下を進んで玄関へ向かう。

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